回るお寿司は盛り上がります
平日だし昼飯時も完全に過ぎているからか、回転寿司屋は非常にすいていてのんびりと食事を楽しめそうだ。
テーブル席に座ったエシャーティたちは初めて見るものに圧倒されっぱなしで、腹が減っていることを忘れたかのようだ。
「なにこれなにこれー! ねえ、ハコの中にハシが山盛りよ!?」
「にゃんで醤油が何個もあるんだみゃ?」
「アチーチーチ、あ~ち〜!! なんじゃこれは! 回すと熱湯が出おったぞ!」
「ちょっと見てよ、ハシだけじゃなくてファークやスプーンも山盛り!」
「みゃあ〜、このツボに入ってる黄色はあんみゃりおいしくにゃいミャ」
「ほっほ〜! 熱湯掛かったお肌をこのお手拭きで拭くとヒリヒリするのじゃ!」
ちょっと読者のみなさんがドン引きしそうなくらいはしゃいでるけど、実は俺も内心ではウッキウキなのを懸命にこらえていたりする。けど誰か一人ぐらい進行役がいないとこのページで一度も寿司を食わずに終わる可能性あるからな。そんくらい盛り上がってますよ。
しかし今の回転寿司って回ってないんだな、寿司が。なんかタブレットで注文して席に召喚するスタイルに完全に置き換わってて、俺の中で半ばロマンと化していた”わんさか流れる寿司たちからあえて変わり種を取ってみる”という遊びができなさそうで悲しいよ……
「さて、そろそろ注文しよう。ほらほらこれ使って」
「タブレットから頼むのね! ハイテクじゃないの〜」
「すまん、ワシ使い方が分からんから代わりに頼んでもらえんかな」
「みゃん〜! さかな! さかななら何でも喰うにゃ!」
「うふふ、あたしがあなたたちのを見繕ってあげるわ!」
「エシャーティがタブレットを使えるとは……なんか珍しいから俺のも適当に頼むわ」
「あのね、あたし世間知らずってワケじゃないよ……あ、ほたて! おいしそ〜! 4貫っと」
おぉ〜、海外在住なのにちゃんと寿司は4貫って数えるんだな。見た目は完全に外国人だから寿司の単位なぞ一個とか一皿で数えると思ってただけに、ネイティブな感じで4貫が出てきて感動した。
でも開幕でホタテをチョイスするのは謎だ。おいしいけどハデさが無いし、そもそも初めて寿司を食べるマキマキおじさんやアグニャにまさかの魚類ではなく貝類を与えるというズレ……やっぱどことなく世間知らずだよ、エシャーティ!
……あ、もうホタテ来た。ずらりと4皿連なってレーンを滑走してくるのは中々おもしろい光景だな。
「にゃん〜、ここから流れてくるとは驚きだミャ」
「ほえ〜、これが夢にまでみた日本食、しかも寿司……!」
「おじさーん! これ勝手に取ってもいいの!?」
「わ、わからん、でもタブレットにはご注文が席に来ます、って出たし取ってもいいのか?」
「ええい、この席で止まったしあたしたちのよっ! いただきまーす!」
「みゃっ、こっちにも回すにゃ!」
「はいはい、待ってな」
ここにいる者の全員が回転寿司に来るの初めてなので、全ての動作がモタモタしてしまう。けれどその度に場は笑いに包まれ驚きに沸く。
外食自体は初めてではないのだが、いつもは一人ぼっちで母親のまずいメシを食いたくない一心で適当に食べていた。しかしこうして気の知れた人たちと食べると、何とも言えない喜びと共に空腹が癒やされていって幸せを感じる。
「エシャーティ! 今度はサーモンだみゃ! サーモンは間違いにゃいみゃ!」
「はいはい。あら、意外と鮭って種類があるわよ」
「ほほう、それじゃ海のエキスパートたるワシがどれが美味いのか判定しよう」
「鮭は川で生まれるんだけどな」
「それよりどれにするのよ〜。炙りってなあに?」
「みゃ……玉ねぎが付いてるやつは本能がヤバいって叫んでるミャ……」
みんなでワイワイと次の注文を相談するのってこんなに楽しいんだな。
食べた物の感想を言って反応をもらえるのってこんなに嬉しいんだな。
ずっと心が欲していた時間を、幸福を、俺は40歳になってようやく手にした気がする。うめえよぉ、うめえよぉ。安っぽい茶がこんなにうめえのは初めてだよ。
「はぁ〜、マジで茶がうめぇ」
「ねえおじさん、おすすめのお酒ってある?」
「なんだ藪から棒に。まさかお前……未成年飲酒するのか!?」
「失礼ねー! あたしこれでも成人よ!?」
「……あ、そういえばそうだった。あのネコのぬいぐるみの製造年が」
「ストップ。それ以上は秘密よ」
「は、はい」
でも未成年じゃなくてもエシャーティは体がまだまだ体力不足だろうから、あんまりお酒を飲ませるのは気が進まないぞ。
無論自身が医者であるからどれほど飲酒してもいいのかなんて、自分の体調とかと相談して正確に分かっているんだろうけどな。それでも気乗りしないものだ。
「なによ、もしもの時はマキマキおじさんに何とかクァァしてもらうから大丈夫よ」
……いや、人任せかい! そりゃこのサーモンかじってるヒゲ面のおっさんに頼めば急性アル中になっても事なきを得るだろうけどさ! でもなんかダメだろ、そういうの!
けど初めての外食だろうし、お酒を飲むのも初めてだろうから気になるのは分かるのもまた事実。まったく、少しだけだからな。
「はぁ、ホントにやばそうだったら飲むのをやめるんだぞ。ほら、アルコール類ならこれとかいいんじゃね」
「日本酒ね〜、やっぱお寿司とあうのかしら」
「みゃ〜、おじちゃんは飲まにゃいのかみゃ」
「おいおい、俺はあんまり酒は飲まないだろ。何年も一緒に住んでるのに知らなかったのかよぉ……」
「うにゃ! だっておじちゃん、前世で死ぬ時にピッピーの中でしこたま飲んでたミャ!」
「……お前、あのとき意識があったのか!?」
忘れもしないあの絶望。息絶えたアグニャにおやつを供えてあげ、俺は海を照らす朝日が昇ってくるのを睨みつけながら浴びるように酒を飲んで意識を失った。あの時アグニャは完全に死んでしまったものだと思っていたが……
「みゃん……実は辛うじて生きてたミャ。というかおじちゃんが先にくたばったミャ」
「え、マジ?」
「最後に聞いたのは……にゃんかピッピーのラジオだったミャ〜」
「へぇ〜、結構覚えてるのね。どんな放送だったの」
「えっと……この地震によるツニャミの心配はにゃいとか、病院で死者が一名確認されたとか言ってた気がするみゃ〜」
「それあたしじゃない! ほぼ名指しよそれ!」
「な、なんだそれ……じゃあ俺、無駄死にどころかまだ生きてるアグニャを道連れにしたってことかよ……」
何もかも……俺のやることは何もかもが裏目に出る運命なんだ。その呪いは俺の折れそうになっていた命を最後の最後まで支えてくれていたアグニャにまで及んでいたのか。
……いや、そうやって自分の責任から逃れて違うモノのせいにするのがいけないんだ。俺はもっと自分の行動に重みを感じなければいけない。
「気がついたら灼熱だったし、おじちゃんはお酒を飲みすぎて意識を失ってるしで、一生懸命に外へ出ようとしたんだミャ」
「うっ、お酒飲むのはやめよっかしら……」
「暴れてたらにゃんかラジオのボタンを押したみたいで、プツン! って音がしたのにビックリして死んじゃったミャ……」
「あ、それ分かる! あたしも最期の瞬間、延命装置がザザー、ブツンって音して心肺停止したもん。あれびっくりするよね〜」
「みゃん〜、さすがエシャーティだみゃ。死ぬ音はデカすぎてビックリするみゃんね〜」
死因トークで盛り上がれる女子はたぶんこの二人だけだろう。
しかし情けない話だよ。俺は自分の死の瞬間すらも恐ろしくて直視しようとせず、酒に溺れて意識を失ってる間に終えたというのにな。この二人はその選択すらも得られないのに、真正面から受け入れて記憶に留めているんだぜ? 敵わないよ、ほんと。
「ごめんなアグニャ、俺がもっとちゃんとアグニャを見てたら殺さずに済んだのに……」
「おじちゃんのせいじゃにゃいミャ! どのみち弱りきってて死ぬのは時間の問題だったニャ」
「そうよ! それにみんな一緒に死んだからこそ、こうして色んな出会いがあったわけだし」
「そうじゃよ。天界で色々そなたらを見てたら知ったのじゃが、本当に三人とも同時に死んでて感心したワイ」
あ、そうなのか。アグニャと俺はまあ灼熱の車中にずっと一緒だったから同時に死んでてもおかしくないが、エシャーティはてっきり地震で延命装置の電源が切れた直後に死んだのかと思ってたよ。つまり俺たちの一日前に死んだのかと。
でも今だからこそ分かるが、恐らくゴロが帰った後に延命装置が壊れたんだろうな。それがちょうど朝日の昇る頃だとしたら、まさに俺たちと同時に死んだって言うのも納得である。
「ま、とにかく今は今、昔は昔よ。だから今に感謝し、今を楽しめばいいのよ!」
「……そうだな! それじゃま、なんか記念的な雰囲気があるし酒飲むか!」
「そうだった、結局何飲むのがいいの?」
「おじちゃんはいつもビール飲むみゃん」
「ビールね! うんうん、定番らしいしそれにしましょ! ポチッ」
「あ、おい待て、ビールは初めて飲むには苦いと思う……え、4ジョッキも!?」
「みんなで飲むのよ! イェ~イ!」
「みゃん〜! 飲んでやるミャ!」
「うひょひょ、ワシビール大好き」
「あーあー、はしゃいじゃって」
合間合間に頼んでいた寿司たちを各々食べながら、店員が持ってきたビールを受け取りジョッキの重みに感動する。うひょひょ、マジで大ジョッキ頼みやがった。嬉しい重みだぜ!
あ、飲酒運転になるけどフィクションだからマネすんなよ。こういう場に身を置くと弱者男性は我が弱いから流されるんだよ。許して。
「それじゃみなさん、ジョッキをお持ちください」
「はーい!」
「みゃん〜」
「ほい!」
「では死ぬほど苦しんだ思い出は酒で流しましょうや。かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
ゴロ「アダムくん、キミは異世界で馬車に乗ってたんだよね」
アダム「うむ。本業は警備兵なのだが、実家が馬の調教をする家業でな。それで馬を扱う事が多かった」
ゴロ「じゃあさ、これ……乗れるかい?」
アダム「乗るのはもちろん造作もないが……なぜ何十頭も並べて走らせているのだ?」
ゴロ「これは競馬という娯楽でね。まあ詳しいことはその内話すけど、トラックを買う資金源にできそうなんだ」
アダム「おお! それはありがたい申し出だ! 俺に出来る事ならどんな事だってやるぞ!」
イブ「なんだか怪しいニオイがするけど大丈夫なのか?」
ゴロ「す、鋭いねぇ〜。実は闇取引そのものなんだけど……やる?」
アダム「やってやるさ! せっかくの提案、蹴るなんてとんでもない!」
イブ「アダム……私、応援するね! がんばって! えいえいおー!」
ゴロ(アツい。アツいね〜!)




