遂にペットショップへ
さて、色々とやることが山積みなので一度整理しよう。まずは実行することが簡単な事から挙げていって少しでも消化していかないと、いくら時間がたくさんあるとはいえキリが無いからな。
・アグニャの母親に会う
・みんなで運転をしてみる
・トラックを用意する
・アトランティスへ人を送る
・俺の両親へ復讐する
順序が逆なほうがいいかもしれない要件もあるが、概ねこの順番でやる事を済ませていくのが分かりやすいだろう。というわけで俺たちはいったん異世界転生についての準備は置いておき、アグニャの母親がいるペットショップへと向かうことにした。
「それじゃ俺とアグニャとエシャーティでペットショップへ行ってくる」
「了解だ。あまり馴染みのない私達が着いて行っても感動に水を差しそうだしな」
「にゃんだか緊張してきたミャ」
「そうでしょうね、あたしももし親が生きてて会えるってなったらすごくドキドキしそうだもん」
そういえばエシャーティはどういう生まれでどんな経緯があって孤児になり、その身の上でこんなに手厚い医療を受けられているのだろう。女の子の過去を聞くのはあんまり感心しないことだとは理解しているが、さすがに謎が多いので気になっちゃう。
さっきのやりたい事リストのどっかに”エシャーティについて聞く”のを挟もうか悩むが、まあこういうのはいつか話したい時が来たら話してくれるだろ。そういうもんだからな、人生って。
アダムからいつも乗っていた黒いスポーツカーの鍵を受け取り、俺たちはすっかり慣れた身のこなしで乗車し……おっと、何してんのエシャーティさん?
「よいしょ、よいしょ!」
「あの……なんでトランクを開けて入ってるのかな?」
「え? 車って後ろで横になる乗り物でしょ。救急車で移動するとき、いつもこうしてたよ」
「おいおい、それは救急車だけだよ。ていうか白いミニバンに乗ってたときは普通に座ってただろ」
「アダムの運転でここに来たときは、イスの倒し方が分からなかったから後ろに乗ったんだけど」
「あー、そうか。アダムにシートの倒し方も教えればよかったな……」
「それよりこの天井を閉めてちょうだい、乗り終わったわよ!」
「とりあえずトランクスルーしてやるから、せめて後ろに座ってくれ」
リアハッチに付いているボタンを押すと電動で後部座席のシートが倒れ、トランクにへばりつくようにして入り込んでいたエシャーティは驚いて頭を打った。ああ、こういうドン臭い仕草がめっちゃエシャーティっぽくて懐かしい。
「いっつぅ……」
「あのね、トランクに人を乗せて運転したらホントはダメなんだ。あ、トランクって分かる?」
「みゃっ? おじちゃんの車でたまにトランクに乗せられたけど、あれはいいのかみゃ?」
「アグニャはケージに入ってる時に限り許される。それにアグニャをトランクに乗せるときは今みたいに後部座席を倒してただろ?」
「ややこしいわね〜。まあ何でもいいわ! この倒れた席の横に座ればいいのね……よいしょ」
「座ったか? それじゃイス戻すぞ〜」
ボタンを再び押すとゆっくりと倒れたシートが起き上がり指定のポジションまで帰ってきた。うーん、めちゃくちゃ贅沢な装備だな。
スポーツカーとは思えない荷室の広さも驚くばかりだが、席を戻すときにいちいち助手席とかを倒し、後ろへ身を乗り出して無理な体制をしつつトランクスルーを元に戻す面倒くささすらオーナーに煩わせない気遣いには恐れ入る。こんなトコまで電動化してるからバッテリーが何十万もするんだぞ。
「それじゃ出発するとしようか。アグニャ、トイレは大丈夫か?」
「さっき済ませたミャ〜」
「よーし、それじゃ行くとするか!」
「へぇー! ドアが2枚しかないから後ろは狭いと思ったけど、色々あって快適じゃない」
「はっはっは……みんなそれ言うなぁ」
もはやスポーツカーの呪縛とすら思える言葉だ。この車のように後部座席が広大とは言わずとも、前の席より快適に設えてある車だって希少ではあるが存在するのだがなぁ。分からんかなぁ〜、この敢えてのロマンが。分からんか、ネコと女には。
まあでも女性二人を乗せてこのようなエレガントスポーツカーを乗り回せる幸福の前には、あらゆる悩みがふっ飛ばされてハイになる。今日はゴロがいないので満場一致で安全運転遵守となったが、ゆっくり走るだけでも俺の心に充足感を与えてくれる。
「フンフンフフーン……ほいっ!」
「みゃん〜、おじちゃんは大人しく運転すると丁寧に乗れるんだから、飛ばさにゃいでほしいニャ」
「アダムもだけどさ、よく車を運転できるわね〜。なんで道路に何本も線が引いてあるの? あの赤とか青の看板の意味って全部覚えてるの? ねえねえ〜」
「ああいう道端の看板は数百種類ってあるから全部は覚えてないけど、まあ感覚でどういう意味かは分かるもんだよ」
「おじちゃん何気にすごい才能持ってんだミャ〜。じゃあじゃあ、あの青い背景に白い矢印の看板と、色が反転した全く同じ看板は何が違うんだミャ?」
「えっ、なにそれ!? そんな紛らわしい看板あるの? ねえドコ、後ろから見える〜?」
「ミャ〜、あそこだミャ〜」
アグニャの言う”青い背景に白い矢印の看板”は狭い街中で頻繁に目にする一方通行の標識だな。実は一方通行という名称だが、その道中に右左折できそうな道があれば曲がってもいいのだ。
そして色が反転した標識は”左折可”という標識。こちらは国が直々に一方通行と間違えやすいだろうと、わざわざ標識の下に補助標示で左折可と明記されてる。
こいつは交差点とかから高速道路へ進入できる道路で、左折で入れそうな場所に置いてあるのをよく見るな。実は前の信号が赤でもこの標識があれば進行できるが、歩道などある場合は一時停止しないと捕まるぞ。高速入り口ということもあり警察のボーナスポイントだから気をつけよう。あいつら料金所の炉端に停めてジッと見てるからな。
「す、すごいわね、まさかこんな正確に答えるなんて……」
「でもただの一言も意味が分からにゃかったにゃん」
「で、バイクに限った話だが一時停止する際に警察は停止線を跨いでるかどうかを見てるから、実は停止線を完全に超えて止まると見逃す。跨いでるとアウト。意味不明だよな!? じゃあ車もドカーンって止まったろかい!」
「ごめん、ちょっとよく分かんないわ」
「おじちゃんはピッピーに関する事ににゃると話がだるいんだミャ」
「え、だるい……?」
そうなのか。たまーにだるい時もあったのか。おじちゃんちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ泣きそうになった……って、これ前も似たようなやり取りしたじゃねえか!
既視感を抱えてモヤモヤした方は第23話を今一度読めば、今のやり取りと似たシーンがあるのを思い出せよう。
おじさんという生物は基本的に弱者男性とかイケおじとかちょいワルとか関係なく、根本はだるいノリの生物である。身の回りにおじさんがいる人は何となく分かってもらえるのではないだろうか?
あんまりしつこいと女の子たちに嫌われてしまうので、そろそろ大人しく運転に集中するとしよう。でもアグニャの緊張はだいぶほぐれたようでよかった。
これから母親と会うのに、ただでさえ人見知りだというのにそこからさらに緊張してしまうと感動的な再会が果たせないかもしれないからな。おじさんだって一応女の子のために気を利かせてウザオジを演じてるんだよ。ほんとだよ。素じゃない……とは言い切れないが。
「フンフンフフーン!」
「みゃん〜、やっぱおじちゃんは大人しく運転してる方がイカすみゃ」
「そうね〜、それに何かに集中して打ち込んでる時の男って、ちょっとフェロモン感じない?」
「フフン、フン!?」
「わかるミャ。雰囲気が一途というか、にゃんか惹かれるみゃんね〜」
「一生懸命なおじさん、カッコいいわよね! しかもおっきな車を華麗に乗りこなしてキュンとする!」
「それに色んなトコを真剣に見渡して器用だニャ〜。左を向きつつスピード落とすの丁寧だみゃ」
「フフ、ギュプッ、ギュプッ、フヒィッ!」
「コォォォォォォ……バグダッ! ピロロロカァァァン!」
「うんみゃ〜! せっかくいい雰囲気で流してたのに、台無しだミャ!」
「ちょっとちょっと、なんで荒れてるのよ! あたしたち褒めてたのよ!?」
すまんすまん……おじさんってのはナ、おだてられると図にRiding……
だから……あそこのケイサツからRun Away……
それがこの穏やかなエピソードの……紅一点……Only RED girls……に送るEntertainment……
「みゃあ〜!!!!! なにポエミーにゃ事をブツブツ言ってるミャー!!」
「け、け、けいさつよー! あたしたち、追われてるー!?」
「オレたちのルールはシンプルだ……売られた喧嘩は必ず買わなきゃいけねェ……It's Passing Time!」
「あ、バカだみゃ! にゃんでハイビームぱしぱしするミャ! ほらきたー!」
「ウーウー! ピーポーピーポー! そこの成金オラツキ煽りハゲ、止まりなさーい! 光らせるのは頭だけにしなさーい! ピーポーピーポー!」
へっ……生憎オレは……ニ種免持ちさ……
格下相手にゃ……Don' Loose!
されど行き先、PET SHOP!
はい、ごめんなさい、調子に乗りすぎました。あんまりポエミーすぎると”消される”ので今日のお話はここまでにします。それじゃみんな、Good bye!
※作中で登場キャラクターが交通違反をほのめかすような発言をしていますが、当作品は完全なフィクションであり現実とは剥離した法律の設定で描いておりますので、決してマネしないでください。どのような被害が出ても作者は責任を取りませんのでご容赦くださいますようお願いします。




