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お医者さん、ブチギレる


 しかしホントにあの車は修理するよりも新しいのを買ったほうがいいのは事実。なのにゴロも奥さんもヤケに意地を張って修理すると言って聞かないが、何故だろうか?


 エシャーティの部屋へ行く道すがら、世間話の感覚で俺は決してバカではないはずの友人へ疑問をぶつけた。


「なあゴロ、なにも修理にこだわらなくていいって。どうしてもあれが良かったんなら、俺がどっかからほぼ同じのを探してくるよ」

「それなんだけどね。ボクたちはお互いの車を使うに当たって短期保険を掛け合ってたじゃないか」

「おう、コンビニで申し込んだあれか。ゴロがああいうのも詳しいから俺も安心して高級車を乗り回せるよ」

「今回は保険屋を言いくるめてあの軽の新車価格まで引き出そうと思うんだ」

「ええ〜!? そりゃ無理だよ、無理無理!」


 だって俺のオンボロピッピー、もはや20年落ちどころか30年落ちが見えてきてるレベルだぜ。俺の元に来るまでに何人ものオーナーを経て、その間にエンジンからシャシーまでオーバーホールされてるから程度が良かったとはいえ、新車価格を払い出しさせるのは絶対に不可能だよ。


 それこそかなり高額な保険を掛けておいて、こちらが保険屋を言いくるめられるほどの前提知識と口の達者さがあって、さらには裁判社会の国が原資の外資系保険屋ならあるいは……って、もしかしてコイツ、役満なのか!?


「おいゴロ、保険関係はお前に全部任せていたがもしかして……」

「ようやく気づいてくれたか。お、話をすればなんとやら。電話が来た!」


 ゴロは呼び出しを告げるスマホに応答し、自販機でコーヒーを買ってイスに座り込んだ。どうやらこの場で保険屋と話し合いをするつもりらしいので、俺もコーヒーを買って様子を伺うことにした。


 気を利かせてスピーカーフォンにしてくれたので、俺も近くの看護師からメモ帳とペンを借りてゴロに渡した。ここ最近、俺も気が利くようになったと思わんか? え、自惚れるな? す、すいません……


「ああ、はい。そうです。あの車両は確かに平成初期に製造されたものですよ」

「お客様、車両保険を最大まで掛けてくれてますが、当社でそちらのお車の評価を概算したところ、言いにくいのですが値がつかず……」

「へぇ〜。ちゃんと同じモデルを見て、触って、動かしたのかい? まさか評価マニュアルやウェブの販売サイトを見ただけで評価したとは言うまいね」

「申し訳ございません。こちらはあくまで概算という事で、」

「おい、あんたさんの名前はなんてんだい。軽々しく申し訳ないとかいう人と相手するヒマないんだよ。申し訳ないって言ったなら、一つくらいこちらの言い分聞いて責任とりなよ」


 ヒェー、出たよゴロの怖い部分。なんなのこの人、初対面の人に電話越しで怒鳴れるタイプなの。普段はあんなに大らかで当たり障りがない人で、事なかれ主義の集大成みたいな性格なのに。


 俺の頭の上で寝ていたアグニャも何事かを感じて耳をピンとゴロへ向けて事情を察している。でもゴロはこちらへニコリと笑いかけながら電話相手を貶しててこわいよぉ……


「あのね、なにも無理難題は言ってないですよね。全く同じ車の同じ製造ロットの、さらに同等の改造をした車を用意しろって言ってないじゃん。違いますか? ねえ、違います? ボクは何かおかしなこと言ってますかね?」


「す、すみません、上の者へ話を繋げま」


「ていうかさ、まずボクの車見に来たの? あの車は友人が貸してくれたんだけど、ホント丁寧な整備がされてるよ。純正品より良いエレメントつけて、わざわざ最新のハロゲンを付けて、バッテリも原付き並のでいいのにアイスト対応品つけてさ」


「それらはその、査定には響かないどころかマイナスになる可能性もありまして」


「どうしてだい? キミさ、当該車両のリコール情報すら見てないのか? あれは初年度にオイル食いの持病が見つかったので有名じゃないか。純正品のシールつけてるほうがマイナスだよ? ほら次はなんだい? 難癖つけるのもいい加減にしろよ。こっちは高額保険をマンスリー契約してんだぞ。ちゃんと乗る前に車両全体の写真とか走行距離撮ってんだからね」


 今のゴロはどうみてもヤクザ。たぶん治療と称して危ないおクスリを打つし、手術と言いながら小指をちょん切っててもおかしくなさそう。医者ってストレス溜まるお仕事なんですね、お疲れさまです……


 しかし俺の車をよく調べ尽くしたものだ。確かにゴロのガレージには埋込式のカッコいいリフトもあったから俺のちっさい車の腹下を見たりするくらいなんてことないだろうが、それにしてもよく知ってるものだ。


 きっとこの男は車という物だったらテクノロジーが集約された最新最強のスポーツカーでも、大人数が快適に乗れるように考え抜かれたミニバンでも、どこでも買えるような古めかしい軽自動車でも何でも好きなんだろう。


 だからこそ、保険の担当が一の返答をすれば十の知識と百の頭脳、そして口八丁を用いて万の反論を出来てしまう。ただ捲し立てているだけとも言える。


「さあ、不満があるなら弁護士を立ててきなさい。ボクは口が立つからいくらでも相手するがね」


「ですから、上の者をお繋ぎします」


「キミね、さっきからそればかりだけどさ、敢えて突かないであげたけどその反応は”初期対応は杜撰な知識を持った社員でしてます”って認めるようなものだよ。そちらの会社さんはアメリカに本社があるから、今から偉い人に聞きますわ」


「ええっ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


「自分の名を明かすってことは全ての言葉に責任を持つ、ってことだよ。あんたさん方はボクの個人情報を紙ペラで雑に扱うだろうがね。それじゃお疲れさん、二度と掛けてくるなよ」


 そう言うとゴロは本当に電話を切ってしまい、今度は別のところへ掛けて何やらアメリカ語で電話し始めた。


 こいつホントにアメリカの本社に掛けてやがるよー! 俺の走る公害ことオンボロピッピーを直す足しにするために国際電話使ってるよー! バッカじゃねえの、そういうとこ一周回って好き!


「ニーツァンペンじゃないよ、キミらのとこの日本人社員が杜撰な知識で対応してきたんだよ。は? オーランタンあいぼん? おいコラ、切るな! アッ!」

「みゃ〜、ゴロは何をそんにゃにキレ散らかしてるのかみゃあ」

「まだスピーカーフォンで話してくれてるけど今のは英語で全然聞き取れねえ」

「クソ! これだからアメリカはッ!」

「あ、もう電話切ってたんだ……で、結果は?」

「ボクの保険会社と事故を起こした相手の保険会社両方から新車価格の保証金をふんだくるだけで終わった……」

「えげつなっ」


 こいつサラッと両側から150万を勝ち取ってやがった。鬼かこいつ。


 みんな乗り出し30万くらいで買えるような車をぶつけられて保険会社から300万取ろうと思う? 思わねえよな。でもいたよ目の前に。しかもどう考えても300万なんてはした金に思えるであろう地位の人が小賢しく金を巻き上げて……


 若干ゴロを見る俺の目が変わったことなど知らず、いつもの穏やかな雰囲気で口の回る医者は話を続けた。なんか調子狂うわ。どういう態度で接したらいいの。


「まあでもこれでボクが修理にこだわる理由が分かっただろう。買い替えだと少し不利になるんだ」

「保険関係はホントに分からんけど、ゴロがこういう時に頼りになるのは分かった」

「うにゃっ」

「さ、これを元手にもう一稼ぎしてトラック購入の足しにしようか」

「トラックの足し?」

「アダムくんたちの夢を叶えるために必要なんでしょ、トラック」

「まさかお前、そのためにあんな必死で……」

「たまたまだよ。事故で嫁たちがケガをして腹の虫の居所が悪くてさ。それの犠牲に保険屋がなっただけ」

「こわいミャ〜。医者に向いてにゃい性格だミャ〜」

「はっはっは、そこが短所であり、エシャーティを医者として越えられない壁なんだ。さ、行こっか」


 朗らかに笑いながら缶コーヒーをゴミ箱へ捨ててエシャーティたちのいる病室まで歩き出したゴロ。その手に持っているメモ帳には何にも書かれていないのが、俺みたいな凡人と天才たちとの頭の造りの違いを見せつけられた気がした。



マキおじ「ワシだけゴロの家で待っておるのじゃが、誰もこのスマホとやらに連絡をしてくれなくて寂しいのじゃ」

マキおじ「これはエリミネーターの私物じゃが、いったい何ができるのかのぅ……あっ!?」

マキおじ「な、なんかボタンを押したら画面にアグニャの写真が表示されたのじゃ!」

マキおじ「画面を消したりつけたりする度に別の写真が出てきておもしろいの〜!」

マキおじ「ポチポチポチ……」

マキおじ「寂しい。もう一度家中を回って戸締まりしなおしてこよ……」


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