ゴロファミリー
いつも過ごしている病室でうとうととした午前を過ごしていたら、エシャーティたちが手術を終えたらしく戻ってきた。その顔に陰りは見当たらず結果がどうだったのか物語ってくれている。
「いやー、あたしと同じくらいの子だからやりやすいってモンよ」
「はっはっは、キミよりだいぶ年下だよ。でもホントにありがとう……やあみんな、おまたせ」
「お疲れさん二人とも。手術はどうだった?」
「失敗するわけないじゃない! あたしとゴロよ!」
「嫁も子供も少し入院が必要だけど、特に後遺症なんかも残らないだろうし安心だよ」
「そうか! ケガをしたのは大変だろうけどさ、とにかく無事に終わってよかったよ」
まあこの二人は自称ではあるけど世界的名医と名乗るだけあって腕は並以上にあるだろうしな。それに自分の家族ともなれば一層真剣に手術へ向き合うだろうし。ホント命に別状がないみたいで本当によかったなぁ。
一通り事を説明したゴロは、今度は事故についてまず俺に謝罪をしてきた。その内容はもちろん……
「まずはキミの大事な車をどんな形であれ壊してしまって本当にごめん。嫁もキミにキチンと謝りたいと言っているし、よかったら会ってくれないか」
「いやいや、事故を聞くにゴロの奥さんは完全に被害者だから謝る必要はないって。俺こそあんなボロを貸したせいで大ケガになっただろうしごめん」
「そんなことないよ、あの車は非常に良くできたベーシックカーで、嫁も壊れた部分をキチンと直してまた乗りたいって言ってたよ」
「あんなの直すより同じの買ってきたほうが安いぜ!?」
「とにかく! 色々と話したいから会ってくれるね!?」
「ゴロもこう言ってるし会ってあげなさいよ」
若干話が逸れそうになったが本線へ戻された。まあ俺も奥さんにはミニバンを借りた身であるから一言お礼を伝えたいと思ってたしちょうどいいか。
それとゴロのお子さんがどうやらネコを触ってみたいそうなので、ネコ化したアグニャも同伴することになった。もう最近はだいぶ大人しくなっているアグニャだが、この子は本来人見知りであまり懐かないネコだから少々不安だけど、まあ今さら子供相手に引っ掻いたりしないだろ。
「ごめんねアグニャちゃん、まさかキミが人見知りだなんて初耳だったよ」
「う、うみゃー」
「はっはっは、露骨に緊張してるぜ。まあエシャーティよりは撫でるの上手いだろうし、少しだけ我慢してな」
「みゃあ……」
まるで犬の散歩のように俺たちの後をションボリしながら付いてくるデカニャンコ。病院内を闊歩するその風変わりな光景は、道行く患者や看護師たちの目に強烈な印象を残していったみたいだ。
「キャー! おっきい猫がお医者さんの後をついてってる!」
「かわいい〜、あの、触ってもいいですか?」
「あー、ごめんね、この子はちょっと人見知りだそうで……」
「フシャァァァァァ! ぴょいん!」
「グキッ」
「ひゃー! 見た見た!? 全身がモサってしてあっちのおじさんの頭に乗っかった! パシャパシャ」
「だ、大丈夫かい、キミ」
「いてぇ〜、首がもげそう」
「にゃあ〜!」
「なにがスタイリッシュだから重くない、だよ。アグニャよ、お前は世界最大級のマッシブネコだぞ」
「みゃっ?」
ちょっとした騒ぎがあったが何とかゴロの奥さんと子供が入院している部屋へとやって来れた。ゴロはもう俺が来ると話を通してると言うので、俺たちは一緒にその中へと入っていった。
エシャーティの部屋と同じくらいの病室に二人の親子がいて、どうやら楽しく談笑している最中だった。奥さんは結構若そうで大人しそうな人であり、子供はわんぱくそうな見た目の少年だがいっちょ前にスマホを持って母親と動画かなんかを見て笑っている現代っ子だった。
「二人とも体の調子はどうだい?」
「あっ、お父さん!」
「あら、そちらの方はもしや」
「どうもはじめまして。あの、毎度お車をお借りしている者です……」
「みゃん〜」
「わっ、頭にネコ乗っけたおじさんがいる!」
「お、このデカニャンコに気づいたか。なかなかやるじゃねえか、行けアグニャ!」
「うにゃぁ~ご!!」
「わっはー! めちゃくちゃデカーい!」
「ペシペシ」
「も、申し訳ありません、うちの子が馴れ馴れしい態度を……ほら、挨拶しなさい!」
「はーい。初めまして!」
「気にしませんよ。それより奥さん、この度はあなたの車を借りたばかりに、こちらの古びた車をあなた方に使わせてしまい申し訳ございませんでした」
少年も奥さんも手術の直後でまだ体に包帯などが巻かれていたり、ギブスで固定されている箇所もあったりして非常に痛ましい姿であった。もし俺のオンボロの軽じゃなくて、いつも乗っているクソデカいミニバンだったら少しはケガの程度も小さかっただろに……
けれどゴロの奥さんはとても気を使った返事をしてくれて、すっかり辟易してしまっていた俺の心を安心させてくれた。
「いいえ、あなたがお貸ししてくれた車だからこそ結果的にこの程度で済んだんですよ。ね、お父さん?」
「そうだね。あのクラッシャブルゾーンの概念が皆無な車は、停車状態からの急激な追突など特定の条件下に限り、現代の柔らかボディな車に勝っているんだ」
「なるほど……それに俺の車はサイドビームやバンパービームを増設してるし」
「ビーム!? おじさんの車、ビームが付いてるんですか!?」
「はっはっは、付いてる付いてる。今度見せてやろうか?」
「うわぁ、楽しみです!」
「そうだ、あなたの車ですが必ず元の状態に修理してお返ししますから! ほんとに壊しちゃってごめんなさい!」
「ああ、いいですってあんなボロ。ていうか直すより同じ車のより状態良いやつ買うほうがよっぽど安いし」
しかし気を使い合う大人と違って、子供というのはなんて無邪気なんだろうか。ちょっとかっこよさげな単語が出たら目を輝かせながら食いついてきたぞ。中学生ぐらいの少年だがおじさんとも親しげに接してくれるいい子じゃないか。
それに無心で固まってるアグニャをこれでもかと撫でまくってて可愛らしいぞ。アグニャは神妙な面持ちで時が過ぎるのをジッと耐えているが。
「おじさんのネコ、すごくかわいいなぁ」
「ニャ」
「ネコ触ったことないんだってな。君のお父さんは大層な金持ちだからお願いしたら飼ってくれるんじゃないか」
「もう、やめてよ。動物の世話ってすごい大変だから覚悟がいるんだよ。キミみたいに一心不乱に愛せるなら問題にもならないだろうけどね」
「みゃん」
「そうだな〜、飼育は大変だもんな〜。まあアグニャくらいのサイズになるとウンコ一発するたびにデカすぎて笑うから楽しいけどな」
「フシャァァァ」
「ああ、怒ってる……かわいい、お母さんも触りたい」
触ればいいじゃん! アグニャは我慢できる子だから触らせてくれるよ。それに奇異の目や面白半分じゃなくて、しっかりと動物を可愛がる触り方をしてもらえればアグニャだってストレスにならないだろうしね。
事実この人見知りのアグニャが少年に撫でられるのをそれほど嫌がっていないのが、丁寧に触ってくれている事を物語っている。しっかりと手から力を抜いて、柔らかな毛並みをなるべく崩さぬように軽い力で撫でる。
文字にすると簡単だが、実際に巨大なネコを前にするとみんな歯止めが効かなくなってワシャワシャと撫でたくなるものなんだけど、この少年は教えずとも無意識に優しく撫でていて感心だ。
「ほら、お母さんもどうぞ撫でてみてください」
「あ、それでは……ニャンちゃ~ん、かわいいね〜!」
「ミ゛ャ!?」
「わっ、そこはアグニャちゃんが嫌がるトコじゃないかな?」
「う、うみゃっ……」
「おっとっと、お母さん? いきなりヒゲたぶを触るとビックリしちゃうかな」
「ぷるぷる……」
「ご、ごめんなさい、ここがどんな感じか気になって」
ちなみにヒゲたぶとは俗にωと表現されるような(タマじゃねえぞ)ネコのヒゲが生えてる部分の根元の事だ。
ネコを飼っていてもネコが嫌がるのでなかなか触る機会の無いであろうこの部分だが、触ると見た目とは裏腹に柔らかいわけではなかったりする。例えるならグミみたいな感じだろうか。
しかし最初のワンタッチ目でそこを突いてくるとは、この奥さんはエシャーティと同じく触るのがヘタなタイプだな。
「うーん、アグニャちゃんがまた頭に乗っかってしまった」
「ぷるぷる」
「す、すみません、私が変なことしたばかりに……」
「おじさんすごーい、重くないんですか?」
「へっ、おじさんパワー系だから余裕よ。奥さんも気にしないでくださいね、この子は人見知りで大袈裟に驚く子なんです」
「にゃあ」
「それじゃとりあえず挨拶もしたし、そろそろエシャーティたちのところへ戻ろうか」
「そうしようかね」
この部屋へ入ってきた時と同じようにアグニャを頭に乗っけたまま、今度は部屋を去っていく。中々に不審な行動だが俺の隣には他ならぬ院長先生がいらっしゃるので誰も注意してこないだろう。
奥さんも子供もゴロと似て穏やかでまともな人たちだった。事故にあったばかりで大ケガを負っているのに、それほど陰鬱な気分を見せていなかったしとても強い人たちだ。
そんな人たちに俺は少しでも早くケガが治るように祈りながら別れを告げたのであった。
イブ「医者の家族はどういう人たちなのだろうか」
エシャーティ「あたしも会ったことないのよね」
アダム「きっと奥さんはミヨさんで、子供はフミちゃんかジロくんだろうな!」
エシャーティ「もー、ゴロの奥さんだからってそんなネーミングを徹底する? ないない!」
イブ「でも家族で一貫したネーミングはちょっと憧れないか?」
アダム「じゃあ例えば俺とイブの子供ならウィルソンやエリコとかか!?」
イブ「いいじゃないか! いい、イイ!」
エシャーティ「なんでアイウエオ順なのよ……」




