思い出の品
少しだけ寝不足気味で気だるい朝。ありえないくらい元気いっぱいの乙女たちの朝支度に若干ながら辟易しつつ俺は目を覚ました。エシャーティの部屋は広いが、さすがに5人もいると普通の入院部屋のように感じる。
「ふーむ、エシャーティも神獣も髪が長いからちゃんと朝から手入れしないともったいないぞ」
「みゃん、神獣じゃにゃくてアグニャっていうキュートな名前があるミャ。はやく毛を整えろミャ」
「それはすまなかったな、アグニャ。お詫びに尻尾を梳かしてやろう」
「ニ゛ャッ、そこは敏感だから触らにゃいで……」
「イブ〜、ヘアゴムってどうくくるの?」
「やれやれ、まるで子供の相手だよ」
イブよ、誠にご苦労さまである。アグニャは今まで俺が入浴後にクシを入れてはいたが、特にやり方を調べていない我流だったので雑だったのだ。それにエシャーティもせっかくの長い髪をただ垂れ下げているだけで常々もったいないなと思っていた。たまには結んだりすればいいのに、とかね。
それを俺たちの前に現れた圧倒的まともな女性ことイブさんは、身支度一つできないこの二人の女たちによく世話を焼いてくれて大助かりだ。
「アダム、よくぞこの世界へイブを連れてきてくれた。お前は神だ……」
「いやな、実はイブは昔はガサツだったらしいんだ。けどとある出来事でそのガサツさを反省することにしたらしい」
「へぇ〜! どんな出来事なんだろう。あのイブにそんなデカい影響与えるなんてよっぽどだぞ」
「なんかな、故郷を破壊した二人組にブスだの失せろだの言われてから身だしなみに気を使うようにしたらしい」
「……へ、へぇー!!!!!!!!!!」
おい! それってよ!!
第8話で俺とアグニャが女騎士ことイブに吐き捨てたセリフじゃないかよ!!
ごめんイブ……俺たちが何気なく言った言葉でそんなに深いキズを負っていたなんて知らなかったよ……
「どうしたエリミネーター。なんだか目が泳いでいるが」
「き、き、気のせいだよ。それよりアダム、今日もゴロの迎えに行くか!?」
「おおっ、行く行く!」
「そうだよな〜、そうこなくっちゃな!」
後でイブには誠心誠意謝っておこう。もちろん一緒にボロクソ言ったアグニャも謝らせないとな。ちなみに第8話でイブをブス呼ばわりしたけど、それは人智を超えた美少女ネコミミおニャンコことアグニャちゃんがあまりにもかわいすぎるから、敵対心を持つ女は問答無用で俺の目にはブッサイクなツラに見えただけなんだ。
なので実際イブはなかなか凛々しい顔付きとアグニャやエシャーティとは違う体格の良さから成るスタイリッシュな出で立ちが綺麗な美人さんだぞ。
それにブス呼ばわりした当時より身だしなみに気を使ったと言うだけあって、全体的に女の子らしい雰囲気が覗いていて非常に魅力ある女の子だ。アダムめ、羨ましいぞ。
「ねえ、あたしたちもそろそろ元気になったし車に乗せてよ」
「それはいいニャ〜。今のピッピーはデッカいからみんにゃ乗れるミャ」
「お城のような車なのだろう? ああ、わくわくするなぁ」
「ちょっと待ってくれ、エシャーティとイブは急に体調が悪くなると俺達じゃどうしようもないし、ゴロに確認してからでいいか?」
「心配性なんだから……そうだ、ちょっと待って」
エシャーティは何やら自分のベッドの脇に並ぶ装置類をいじってメモを取り始めた。一通り機械に目を通すと今度はイブの様子を観察し、ほっそりとしたウェストなどを手で触れたり押したりしながらまたメモを取る。かわいい女の子がかわいい女の子にお腹を押されてうめいてるの可愛すぎるだろ!
「ふぐっ、くすぐったいな」
「はーいありがと。だいぶ調子がいいみたいね!」
「おお、触るだけで分かるのか。なんだか恥ずかしいな」
「大丈夫よ、便秘とか無さそうだから胸を張りなさい! あ、あなたにはコレ。ゴロと電話するときにこのメモの通りに伝えたら大体様子が分かるから」
「なるほど……頭いいな!」
「むぅ、エシャーティに勝手に恥部を探られた気分だ……」
受け取ったメモには機械から読み取ったであろう謎の数列や、イブの身体から読み取ったであろう謎の単語が可愛らしい字でズラリと並んでいる。
そういえばエシャーティの字を見るのはこれが二度目だ。初めて見たのは異世界でなぜか真っ二つになってた木に貼られた書き置きだったか。
あの時のメモも可愛らしい字と一生懸命に描いたパン屋までの地図がエシャーティの女の子部分を垣間見せてくれたなぁ。
そういえばあの書き置き、捨てるのがもったいなくてずっと上着のポケットに入れっぱなしだったけどどうなったんだろう? ちょっと確認してみるか……
「ゴソゴソ」
「探しものかミャ?」
「ちょっとな……あ、あった!」
「なになに、何が見つかったの? あたしにも見せて〜」
「いいけどエシャーティから貰ったものだぞ。ほらコレ」
「あっ……こんなもの、まだ持っててくれたんだ」
「当然だろ。こんな大事な思い出の品、一生の宝物なんだから」
「なんだ〜? まさか二人の馴れ初めの紙か? おいイブ、あいつら結構進んでるな!」
「そうだなアダム、しかも書き置きだなんてキュンとするじゃないか。くぅ〜、アツいね〜」
「うっさいわね! もう、急に変なもの見つけるからからかわれちゃったじゃない! ほら、捨てなさい!」
「やだね! それに今もらったゴロへ伝える紙もこれと一緒に保管するもんね!」
「ぐっ……新手の嫌がらせね……」
だってこの書き置きは俺が人生で初めて女の子から貰った俺宛の紙なんだもん。それにアグニャが生まれて初めて俺と離れ、エシャーティとちょっとした冒険をした証でもある。
だから今もらったこのメモも、きっといつか美しい思い出となってくれるはずだ。いつか長い年月を生きるうち、なにか辛い事がもしあったときに楽しい時間を過ごした時の品が苦難を乗り越えさせてくれるはずだ。
それこそ……もしこの中の誰かがいなくなったとしても、みんなで過ごした時を証明するこのメモを眺めたら少しは慰めになってくれるだろう。
「きー! そもそもあたしがゴロに電話すればいいじゃない! やっぱりそのメモは要らない! 捨ててよ!」
「ミャ! そうはさせニャイ! おじちゃん、パス!」
「おう! ほらアグニャ、行け!」
「みゃん〜! ズドドドド」
「で、こっちはアダムに預ける! オラよ!」
「了解した! スタタタタ」
「ちょっとー! どこに持ってくの、渡しなさい!」
ふっふっふ、頭はいいが体を動かすのが苦手なエシャーティは追いかける対象が二手になるとどうすればいいか分からずに行動停止してしまうようだな。そもそもアグニャとアダム相手に追い掛けっこで勝てるわけがないしな。
が、どうやら俺の想像以上にエシャーティの頭は切り替えが早いようで、弱々しい足腰にムチを打ち部屋から出ようとするではないか。そうはさせるか!
「プルル、プルル……ガチャ! もしもしゴロォ!? ちょっとエシャーティに変わるねェ!」
「あっ、ちょっ、急にそう言われても……あ、もしもしゴロ? うーん、声が小さいわね」
「ぶふー!! エシャーティ、お前それ……スマホの裏表が逆だよ!」
「へぇっ? だってだって、画面を顔に近づけるの汚くない?」
「き、きたない!?」
「もしもーし? ゴロ、ちゃんと大きな声で話して! 聞こえないよー」
「おおっ!? 見ろエリミネーター、あのスマホとやらの表面に医者の顔が出ているぞ! すごい!」
「あっ、変なとこ押してテレビ電話になってる」
こちらへ向けられた画面の中のゴロもいったいどういう事かいまいち分からず、とりあえずテレビ電話なので俺たちに話しかけてきてややこしい事になってる。そしてそれを自分に話しかけられたと勘違いするエシャーティが返事をしてアベコベだ。
朝の一時間にも満たない瞬間ですら、色々な事が起こって俺に幸せを実感させる。きっとこれからはずっと今の幸福をみんなで分かち合いながら生きていくのだろう。
考えただけでも、俺は幸運に恵まれた弱者男性だと実感する。さ、そろそろ場を取りなして迎えに行くとするか!
マキおじ「昨夜の夜更かしが祟ってしまい、つい長く眠っていたようじゃ」
マキおじ「それはまあワシの過失として」
マキおじ「みんなワシを置いてどっか行っとるのじゃ!」
マキおじ「ヒドイ! ワシ、結構ストーリーの重要アクターなのに!」
マキおじ「メソメソ!」
おじ「ふぅ、上着の中を探すときに財布と免許を置いてそのままだった。あっぶね……うわ、マキマキおじさん、泣いてる!?」
マキおじ「連れてくのじゃ〜! ワシを……置いてくな〜!」
おじ「分かった! 分かったから抱きつくな!」
ガイア(まあっ! オっくんたら大胆!)




