セントラル・マウンテン
今度は山だ! あの胸クソ悪い村の先には何やらセントラル・マウンテンなる大層な名前の山があって東への進路を塞いでいた。どう考えても超えるしかないので、俺たちはロクに登山の準備もしないまま山登りを決行することになった。まあ何とかなるよ。
「こうして自分の足で山を登るのは初めてだな」
「そうにゃんね。いつもピッピーだったみゃ」
「そうだな、アグニャと山に出掛ける時はピッピーだったもんな」
「ピッピーはこの世界にはにゃいのかにゃあ」
「文明の程度は民度と比例するし、絶対無い」
「みゃあ」
ちなみにピッピーというのは車の事だろう。俺達がよく自然浴に来ていた山は道路こそ敷かれていたが警笛鳴らせ、の標識が置かれるくらいには狭かったので、よくピッピーとクラクションを鳴らしていたからアグニャと山へ行く時はピッピーしに行くか、と話しかけていたのだ。それをアグニャは勘違いして車の事をピッピーという名前だと思いこんでいたのだろう。おじちゃんも知らなかったよ。
とはいえ今の無限に力が湧いてくるありがたい肉体ならば、車に頼らずとも山の一つや二つ難なく超えられるだろう。意気揚々と初めて自力で山を登るアグニャも辺りに広がる自然を楽しみながらトコトコと歩いており、人間さえいなければ世界はかくも美しいのかと考えてしまう。悪意や邪気、不安や絶望だけでなく文明の発展の末に汚れていった自然と違い、この世界はかくも美しい。
「おじちゃん! あれおいしそうにゃ」
「かくも美しい……」
「おじちゃん?」
「ブツブツ」
「まあいいにゃ、食べてみるみゃ」
「はっ……いかーん、拾い食いはご法度だ!」
「うにゃ〜! 返せミャ!」
「ダメダメ、お腹壊すよ」
危ない危ない、ボケッとしてアグニャから目を離してたらなんか変な木の実をもいで食べようとしてたよ。そりゃ確かにブルーベリーみたいで美味しそうだし食べられそうだけど、もしかしたら毒があるかもしれないし……そもそもアグニャはこういう植物を食べた事がないし。
「……あ、逆に食べた事ないから気になるのか?」
「うみゃ!」
「そうか。うーん、まあ死にはしないだろうし食っちゃうか」
「みゃあ〜! ありがとにゃん!」
毒があったとしてもたった一粒だけだったらまあ死なないだろう、という素人判断で俺たちは赤々と熟れたクワの実みたいなモノを口に含んだ。恐る恐る噛み砕くと果実特有の酸味が鼻をついたが、甘みもあって普通においしかった。
「思いのほか普通だったな」
「にゃあー! うみゃうみゃ」
「はっはっは、口に果汁がついてる」
「ぺろぺろ」
「あ、なんかネコっぽい」
クシクシと手を舐めながら毛づくろいするように口を拭く様子はまさににゃんこ。そのままアグニャはついでにと言わんばかりにストンとその場に座り込み、大胆な開脚を披露しながら太ももなどをぺろぺろと舐め始めた!!
「おわ、さすがにネコだからやわらかいな」
「にゃん〜、おじちゃんも毛づくろいするにゃ」
「無理無理、腰をイわすよ」
「みゃあ、じゃあ少し待っててにゃ」
「ごゆっくり」
まあよしんば俺の体が柔らかくてアグニャみたいに太ももとかを舐められたとしても、いくら自分の体とはいえ40のおっさんの汗が滴った臭え足なんか舐めたくないんだけどね。
「ふぅ……終わったにゃ」
「ご苦労さん」
「それじゃ行くみゃボォォォォ」
「あー、毛を吐いちゃった……」
髪の毛なんかを飲み込んでいたらしく、ゲボをビシャシャシャと吐き散らしてしまった。うんうん、こういうのもネコっぽくて大変素晴らしい。しかしかわいい女の子の姿で吐瀉されると、元々ネコだったと分かっていても不安になってしまう。だって今のゲボの中にさっき食べたクワの実とかも混じってて生々しいんだよ。うっ!?
「あっ、あっ、あァ〜〜〜〜〜!?」
「ど、どうしたみゃ!?」
「オゲェェェェェ!!!」
「みゃん〜! おじちゃんも、ゲボ!」
「うううおぇっ! カァッ!」
「うるさいみゃ、静かに吐くみゃん」
「えぷぷ、ケロリロ……」
うっ、手強ゲロだ、量がマシマシで俺の巨大な鼻の穴からも追い打ちのように発射される。クソぉ、クソぉ、反射的に涙が出ちゃうじゃねえかよぉ。
「おじちゃん、泣かなくてもいいにゃ……」
「ふぅ、ふぅ、すまんすまん」
「まあその、お水あげるみゃ」
「ありがとう。ああ、プンっ!!」
「ぎにゃっ!! きちゃな!」
「ごめんよぉ、ごめんよぉ」
鼻の奥で停滞していた残りゲロを鼻うがいの要領でバシュって出したら、さすがにアグニャも引いてしまった。いやはや、大変お見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ない。気分を害した方は正常な感性をお持ちなので、ぜひ胸を張ってくださいね。
まったく、アグニャの吐いたブツをじっくり見てたらもらいゲロしちゃって大変な目に合っちゃったぜ。まあでも水で口もゆすいだし、気を取り直して山登りを再開するか……
x x x x x x x x x x x x x x x
昼も過ぎ太陽が俺たちを燦々と照らすも山の標高が高いのでそれほど暑く感じない。疲れを知らぬこの体では一瞬で山頂へと辿り着いてしまい少々拍子抜けしてしまう。本当はこのまま眼下に広がる雲海でも眺めながら、アグニャと一緒に昼寝したりメシでも食べたりしてのんびり過ごしたかったのだが、どうやらそうもいかないみたいなんだよ。その原因は、山頂に建てられた碑の前で佇む変なじいさんにある。
「あのー、そこにいられると気が散るんですけど」
「おぬし……ワシが見えるのか!?」
「うわぁ、電波おじさんだぁ」
「フシャー!!」
「失礼な、ワシは巨神アトラスじゃ!!」
「アトラス……ああ、かかとが弱点の」
「それはアキレスじゃ!!」
巨神とか言う割りには普通のジジィじゃねえか。しかし困ったなぁ、アグニャが怖がっているからどっか行ってくれないとのんびり休憩ができないよ。
「おじいさん、この子怖がってるでしょ。どっか行ってくれない」
「うるさい、ワシはこの山の守り神じゃ、どこにいようがワシの勝手じゃ!」
「フー…ミャア!」
「なんじゃチビ、ワシに歯向かうのか?」
「ぷるぷる……」
「ジジィ、あんまり聞き分けが悪いとお孫さんとこに帰ってもらうぜ」
「ふん、近ごろの若いもんは」
まったく、どうしてこの世界の奴らは揃いも揃って人の言うことを聞かないんだ。こっちが下手に出て腰を低く低く保ってても、なんにも解決しやしねえ。こういうボケ老人の相手をするのは本当にイライラしてくるよ。
思い返せばあの時もそうだった。とある飲料水の工場で重たい水を運ぶバイトをした事があるんだけど、そのバイト先で生まれて初めて俺よりポンコツなジイさんが同期で入っていたんだ。けどそのジイさんは仕事ができないクセに偉そうに「俺は昔ガチガチの現場職をしていた。この工場の外の設備も俺が建てた」なんて意味不明なウソをついて年下の俺にめちゃくちゃ偉そうに接してきた。
しかし俺は事なかれ主義だったので、家で自分のうんこを嗅いで顔を引きつらせているアグニャを思い出しながら何とかストレスを抑えそのジイさんと作業をしていたんだ。しかしそのクソジジイは俺が強気に出てこないのを良いことに、ペチャクチャペチャクチャとウソかホントか分からない武勇伝を延々と語りまくり、ついには「この三流工場では無駄な手順を押し付けているが、俺が昔いた大手の飲料水工場ではこういう効率的なやり方をしてた」なんて言って、勝手に検品作業や清掃作業を省いたりし始めたのだ。
そんなことをするとすぐに社員にバレて大目玉を食らうのだが、その時クソジジイが「コイツの指示に従いました。私はこの歳ですので、出来る若者の言うことを聞いておりました」なんて猫被りをして俺のせいにしたんだ。そんでクビになった後の俺に「お前さんはそこまでの男やったわけだ」なんてクッッッッッソ腹立つ事言ってきて、もう二度とああいうクソジジイとは関わり合いにならないって決心したのだ。
「おぬし、聞いとるのか? ワシはな、巨神アト」
「るっせぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ボケ老人がよォ! 黙ってくたばっとけ!!」
「なーにがアトラスだ、お前の相手してると過労ですがな!!」
「人の話を聞かないクセに何が聞いとるのか、だ!!!!!!」
「エェェェリミネェェェェション!!!!!」
「ほんぎゃああああああああああ!!!!!」
俺の怒号に合わせ口からゴババババババァ! とエリミネーションの波動が発射され、ボケたジジィに直撃したらみるみるうちにジジィの貧相な肉体は石化していき、やがて記念碑と同化してしまった。するとさっきまでビビっていたアグニャが「邪魔みゃ」と吐き捨てながら蹴っ飛ばし、ヒューンと山頂から転落していった。ははっ、ざまあ。
「おじちゃんは最強にゃ!」
「今のアグニャのキックもすごかったぞ」
「みゃん〜、おじちゃんが大事に育ててくれたからにゃあ」
「はぁ〜、かわいいかわいい」
「ゴロゴロ」
かわいすぎるからアグニャの頭にピコンと生えている大きなネコミミの中をホジホジすると、うみゃみゃみゃみゃと気持ちよさそうに倒れ込んでしまった。その様子を見たらなんだかゾクゾクしてきたので、少しずつ、だけど大胆に耳穴の奥をほじくり回す。すると段々アグニャの声は艶を帯びてきて、湿っぽいものになってくる。これ以上するとペットと飼い主の関係を超えてしまいそうなので、スポーンと俺は手を引っこ抜いた。
「ふみゃあ、いくじなしにゃ」
「……いやまって、今さ、手首まで入れてたよな?」
「見えないから知らんみゃあ」
「お、おれはいったいどこを触ってたんだ!?」
「にゃん〜」
「にゃん〜、じゃないよ! ホントに何を触ってたんだろう……」
ふさふさしていたので耳毛だと思ったが、どう考えても手首まで突っ込んだらアグニャの脳まで達するよな……まあ何ともなさそうだし気にしないでおこう。深く考えたら負けだ。
エシャーティ「全身に力が溢れてるばかりか、」
エシャーティ「いくら動いても疲れないわ!!」
エシャーティ「不思議な力も身についてるし、」
エシャーティ「やりたかった事、やんなくちゃ」
エシャーティ「そう、やりたかった事、全部……」




