乾杯
「ふぎっ、ふんぎー!!」
「うにゃぁ〜ご! フシャァァァ!」
「っておいおい、二人とも缶を握ってなにを怒ってんだよ」
「これの開け方が分からないのよ! わるい!?」
「うみゃ〜、おじちゃんはいつも上の方をいじってたミャ。たぶんこの部分を引っ張れば……」
「あーもう、開け方教えるから。マキマキおじさん、まだジュースある?」
「シークァァァァァァならいくらでもストックしておるぞ。ほれ」
マキマキおじさんから缶ジュースを受け取った俺は不器用だったり力が弱かったりする女の子たちに缶ジュースの開け方を手取り足取り教えようとした。
が、無知とは恐ろしいもので女性らが手にしていた缶ジュースの引っ張る部分は無残にも千切られたり、変な傷跡が無数に付いている危険な状態になっていた。
「あらら、このフタを取っちゃったのか」
「にゃんとなくしくじったのが分かるミャ!」
「ここに刻まれてる”おこす、もどす”に従いたいのは山々なんだけど、力がないから回してみたの……」
「うんうん、これ意外と硬いしな。まあまずはエシャーティのヤツから開けてやろう」
本来のポジションから少しズラされたフタを正常な位置へ戻し、俺はカシュっと缶ジュースを開けて二人に見せつける。その様子を見た二人はなるほどといった表情でしげしげとフタの開いたシークワーサージュースを見つめていた。
「うにゃっ、こういう感じで動かせばよかったのかミャ」
「これ開けた切り口で唇を切ったりしないの? 薄い金属の缶だし危ない気がするわよ」
「心配しなくても滅多に口を切ることはないから安心しろ。でもな、舌をベロベロ突っ込んだり切り口を舐めたりするとケガするからな」
「みゃあ、そんにゃことしにゃいって」
「そうだよ〜。アグニャがいくらネコだからって心配しすぎよ」
「いや、世の中にはコーンスープの缶もあってな。その中に入ってるトウモロコシを一粒でも食べきろうとして舌をケガする人は意外と多い……」
ちなみに俺も毎年一回はそのようなマヌケなヘマをして、後日ベロのキズが元で口内炎が何故か出来たりと痛い目を見ている。個人的に冬の風物詩となっているのでケガをしなかったらしなかったで寂しかったりもするのだが。
「コーンスープの缶もあるんだ。いつか飲んでみたいわね〜」
「にゃんとゼリーの缶もあるミャ! おでん缶もあるしラーメン缶まであるニャ!」
「すごいわねアグニャ、ネコだから食べれないはずなのによく知ってるね」
「いや、アグニャは意外と色々口にしてるぞ。もちろん甘酒みたいに飲んでも大丈夫な物だけ与えてるが」
「えっ!? ネコって甘酒飲んでもいいの!?」
「ワシも全く同じ感想を先日口にしたばかりじゃ」
ちなみにラーメン缶は汁で麺がのびないようにこんにゃくやしらたきのような素材の麺が使われているので、ネコに与えると消化不良を起こしたり噛み切れずに飲み込んでノドを詰まらせるからあげたらダメだぞ。同じ理由でコーヒーゼリー缶もアウトだ。
そして絶対に発情期を迎えけたたましく鳴いているノラネコに与えたらダメだからな! あいつら何でも食うけどそれで死んでしまったらバチが当たるどころか普通に犯罪になる可能性があるからな!
けれど元気なノラネコは今の時代動物愛護の観点から保健所に連絡しても捕まえてくれない。それどころか地域猫として可愛がったり、近隣の住民たちでお金を出し合い去勢をすることを提案してくるだけだ……
っと、あまりこういう俺個人の思惑を呟くと皆さまに嫌われてしまうな。え、もう既にお前は異世界で好き勝手に暴れてたから嫌い? そ、そんなこと言わないでくださいよ、俺だってホントは人と仲良くできればそうしたかったって何度も言ってるじゃないですか〜。
「オレダッテナ、オレダッテナ……」
「おじちゃん、久しぶりにボケてどうしたミャ?」
「そうよ、急に前触れもなく独り言なんて言ってどうしたのよ。さすがに今のはトリガーが分からなさすぎて不気味よ……」
「ごめんごめん。ちょっと動物愛護について思いを馳せてたら己の下劣さに気づいてな……」
「相変わらずそなたは情緒不安定じゃのう」
「ははっ、ドつくぞ」
「ところでこっちのフタがちぎれた缶ジュースはどうすればいいんだミャ?」
無数の引っかき傷がついてボロボロになっている缶ジュースを差し出してアグニャは問いかけた。すごいなこれ、シークワーサージュースは薄〜いアルミのベコベコな缶とははえ金属だぞ。それをこんなに傷つけられるなんてよっぽど強靭なツメなのだと実感するぜ。
缶のフチとかめっちゃ硬いのにまるでペンチでえぐったように欠けている。そりゃシマウマを捕食できるし数匹までならハイエナにも勝てるわな。まあオスメスとしての勝負では負けてしまったが……あ、アグニャが言うにはあのマウンティングハイエナはメスだったっけ。まあどのみち負けは負けだ。
「ズルイゾバカイヌ……オレモマゼテクレ……」
「うにゃー! おーじーちゃーん!」
「あっ、ごめん! どうやって開けようか考えてたんだよ」
「ホントかにゃあ。にゃんか寝る前にティッシュ敷いてモゾモゾしてる時と同じ顔してたみゃ」
「なになに、ティッシュ? それって何をしてるの? 教えて教えて! あたしもやってみたい!」
「みゃん〜」
何をしてるかって、そんなこと教えられるワケないだろうがよ! アグニャもアグニャでそういえばおじちゃんはそういう習慣があったニャン! って感じで思い出してんじゃねえよ。あー、なんか思い出したら悶々とする! クソッタレェェェェェェェ!!
「ぬんッッッッッ!」
「きゃー! フタに思い切り指を突き刺して開けちゃった!」
「すごいみゃおじちゃん、なんて怪力だみゃ!」
「へっ、なんてことないぜ。ささ二人とも、待望の炭酸ジュースがやっと飲めるぞ」
「こっちは開けてから少し経って炭酸弱くなったからワシが飲むぞ。ほれ、おぬしにはこっちの今ワシが開けたやつをあげよう」
「あら、気が利くのねマキマキおじさん。ありがと!」
爽やかでどこかドライな香りを放つシークワーサーの弾ける缶をそれぞれ手に持ち、せっかくなので乾杯をして頂くことにする。エシャーティが500グラムの重たい缶を一生懸命に両手で持ち上げ、それに俺たちは引き寄せられるように缶を触れさせた。
「「「「かんぱーい!」」」」
コォンという衝突音が響いた後、グビグビと景気のいい音がしばし流れる。ああ、なんて幸福な時が流れているんだ。同じ飲み物を気心のしれた友人たちと共有して味わうという行為がこんなにも人に安心と充足を与えてくれるのか。
なんかこう、弱者男性失格な心情だなァ〜……
※作中に記載しているノラネコに対しての自治体の対応や、ノラネコに危害を加えることに対する犯罪性の有無等の事象については、全て作者が想像で書いた小説においてのフィクションであり、現実に存在する特定の自治体や事件等をモデルにしていません。
現実の実際の法令などと大きく剥離している事実を記載している可能性もありますので、フィクションと割り切りお読みくださいますようお願いいたします。




