最初の村
窓から差す朝日に照らされながら眠るアグニャを眺めながら、久しぶりに良い休息がとれた40の老体をゆっくりと起こした。思えばアグニャは躾のなっている大人しくて賢い子だったから、俺が眠っていたらバカみたいに騒ぎ立てることはなかったのだ。
スヤスヤと気持ちよさそうに眠っているアグニャを起こしサクッと朝食を済ませ、さあ酒場から出発しようと外へ出たら村人たちが包囲していた。昨夜ぶち殺した酔っ払いどもがいつまで経っても帰ってこないから、家族の者が心配になって酒場へ迎えに行ったらすごい惨状になってて、村人総出で取り囲んでいたワケか。朝っぱらからご苦労様ですけど、アグニャが怖がっているからあっちいってね。
「貴様……旅の男が言っていたエリミネーターか!!」
「ほぅ、俺にはそんなあだ名がついたのか」
「一体なぜこんなむごい事をしたんだ!」
「シャー! フシャー!!」
「おっと、それ以上騒ぐな。アグニャが怖がる」
まったく、見てわかる通りアグニャは元々ネコだったんだから警戒心が強いことくらい分かってほしいもんだよ。お前たちが不必要に強く当たってこなければ俺だって話し合う姿勢を大事にしようと思っているんだぞ。
「村長、どうします!?」
「かまわん、矢を放て!」
「アイアイサー!」
「オラくたばれ!」
「その薄い頭を吹っ飛ばす!」
「遺伝的な劣性を感じます!」
「生きる汚物!」
「ぎにゃー!!」
「あいててて!」
バシバシと矢を射りまくり俺とアグニャに当てまくってくるも、意外とそんなに痛くないので拍子抜けした。それどころか、アグニャに至っては痛くないと気づいた途端にまるでおもちゃで遊ぶかのように矢を追いかけ始めた。
「にゃっ、みゃっ!」
「ひぃ、あの神獣、矢を見切ってます!」
「う、撃つべし撃つべし!」
「ふにゃ! えいにゃ!」
「うわアグニャかっこいい」
「ほんとにゃ!? うれしいみゃ!」
アグニャは段々とヒートアップし矢を取る動きがどんどんキレを増していくのに対し、村人たちは装填が間に合わなくなっていき、遂には村人が矢を放ってくるのをアグニャが待つという謎の状況が生まれた。俺だったらアグニャがそわそわと待つ時間を生み出さないのに、と焦れったくなったので村人たちに喝を入れてやろう。
「早くせんかァァァ! アグニャはあったまってんぞ!」
「にゃあ! 早くこいこい棒を投げるニャ!」
「くそぉ、くそぉ、矢が!」
「矢が、矢がもうないんじゃあ!」
「ああ、そうだったの? じゃあ拾えよ!」
「す、すまんな、ではちょっと失礼する」
めちゃくちゃビビリながら俺たちの周囲に転がっている矢を回収し、再び村人たちは俺たちから離れ矢を放ち始めた。もう最初の諍いが何だったのか曖昧な状況になってきているが、念の為俺にも矢を射って攻撃しようという意志は感じる。よくよく考えたら俺たちはこの村人たちの家族、仲間の命を奪った張本人だから、こうして必死に攻撃しているのにまるで遊ばれるかのような対応をされては怒りが収まらないはずだよな。
「うーん、アグニャ、少し話をしてあげようか」
「ふぅ、ふぅ。わかったにゃ」
「おーい、俺たちも悪気は無かったんだよ、村人さん」
「うるさい、凶悪なエリミネーターめ!」
「人に化けたモンスターだ、耳を貸すな!」
「油断すると俺達もあの凄惨な殺され方をされちまう」
「そうだそうだ、話し合い反対!」
「だいたいその出で立ちは生きてるだけで犯罪だ」
あー無理。なんなのこの世界。少しも分かり合おうとしてこなくて面白くないんだけど。前の世界の方がまだマシだと感じるレベルで酷いよ。俺を見るなり酔っ払いは煽ってくるわ、話し合いをしようと提案すれば悪口で返すわ、救いようのない頭の悪さがイライラしてくるんだけど。
「ふぎゃー、どうするにゃん」
「なんかもう、どうでもよくなった」
「にゃん〜」
「しかし毎度毎度エリミネーションっていうのも芸がないし、ちょっとステゴロで戦えるのかやってみようと思う」
と、会話の最中に何気なく発したエリミネーションの影響か、いきなり村人たちの持っていた矢が全て土くれへと変わり果てた。すげえなエリミネーション、武装解除もできるのか。おかげで村人たちは弓を捨ててナイフや斧を手にし、俺とアグニャへ襲いかかってきた。アグニャは俺の意向を汲み取ってくれたのか、持ち前の剛脚を活かし襲いかかってくる村人たちを逆に翻弄している。さて、俺もやりたいことをやってみよう!
「ヌガァァァァァァ、くたゔぁれエリミネーター!」
「さすがに効かないとはわかってても刃物で刺されるのは怖いな」
「イィィィィィィィ、この化け物ォ!」
「うるせえ! だれが顔面凶器じゃ!」
「あぶ!!」
勇敢にもナイフで俺の腹を刺してきた男の頭をゲンコツでガァン! とぶっ叩いたら、恐ろしいことに地面へデコを打ちつけた後ワンバウンドして、遥か遠くへとハネ跳んでいった。あまりの破壊力に俺も村人たちもドン引きしている。
いけないいけない、俺はこいつらをぶちのめさないと。みんな逃げていくが、俺は無慈悲に殴る蹴るぶつドつく投げ飛ばすの限りを尽くした。そうそう、こうしていると昔受けた理不尽な暴力を思い出すぜ。
それは春先のちょうどシーズン真っ只中の引っ越しバイト先でのこと。元々俺は運転はしない契約だったのに、どうしても時間がおしてきたので渋々社員からの圧に負けてトラックを動かす事になって、うっかりというか閉め方を知らないトラックの荷台のアオリ(フタみたいなパカパカ出来るアレ)を降ろしたまま発進してしまい、テールランプ類がアオリで塞がれたまま公道へ出てしまったのだ。
そして運の悪いことに警察に見つかってしまい、そのまま会社の杜撰な行動を労基へ報告されてめちゃくちゃ大事になってしまったのだ。警察や労基は良かれと思ってやったんだろうけど、そのせいで俺はバイト先の人ら全員からボッコボコに殴られまくったんだ。やれと言われて素直にやって、アオリが閉められないのでどうすればいいか聞こうとしたらうるせえ文句言うな時間がないで一蹴され、挙句の果てには正義マンのせいで痛い目にあった。あーくそ、イライラが溜まってきた!!
「ああああああああああ!!!!!!」
「テメーらみてえに集団で女々しく力をかざす奴らが、俺は大嫌いなんだよ!!!!!!」
「いつもいつも俺ばっかり!」
「俺の言葉には耳も貸してくれない!!」
「俺の苦労には何も気を掛けてくれない!」
「はァァァ!! エリミネェェェェェェショオオオオオオン!!!!!!!!」
「結局それで決めるみゃん……」
少々村人たちにとってはとばっちり気味な怒りだったが、イライラしたんだからしょうがないじゃん。それに話を聞こうとしないのは村人たちも一緒だし。
俺の怒りの号哭を経て発されたエリミネーションは、地面を大いに揺さぶり村の建物を崩壊させていく。すると俺やアグニャに襲いかかっていた奴らは血相を変えて各々の家や店へ向かい、己の築いた財産が為す術なく崩れ去っていくのをただ呆然と見ていた。
「そ、そんな、家には親の形見の仕事道具があったのに……」
「うちには留守を守っている番犬が……!」
「かあちゃあああああああああん!!!!!」
「イヤァァァァ!! やっと生まれた赤ちゃんがァァァァァ!!」
「うみゃあ、阿鼻叫喚にゃ!!」
「も〜、俺の話を聞かんからァ」
そんなに嘆かれると俺も人の心があるからよォ、ちょっとやりすぎちゃったって後悔してくるじゃねえか。ほんと、いつもそうだ、俺がキレてやり返すとみんなして俺を悪者扱いするんだ。俺だけずっと損ばかりして、ずっとずっと我慢して、それでも上手くいかないから少し反撃したら必ず俺が嫌な思いをするんだ。だからもう迷わないって決めたんだ!
「……エリミネーション」
「にゃひー、残ってた村人もみんにゃ地割れに飲まれたにゃ!」
「こんな俺を軽蔑するか? アグニャ」
「するわけないにゃ。悪いのはあいつらだったみゃ」
「そうか、そうだよな、ありがとな」
「にゃん〜」
やっぱり俺にはアグニャしかいない。前世でも今世でも、そして来世でも俺の荒んだ心にはアグニャだけが癒やしをもたらしてくれるんだ。さぁ、こんな胸クソ悪い村はさっさと立ち去るとしよう。俺はアグニャのために海へ行かなきゃいけないんだから。
アグニャ「こいこい棒だけ何個か持ってくにゃ」
おじ「そうだな。これとか矢じりが残ってて良い感じじゃないか」
アグニャ「羽、ふさふさにゃん〜」
おじ(ちなみにこいこい棒とは猫じゃらしの事だ。アグニャを来い来い〜ってする棒だからこいこい棒と俺たちは呼んでいる)