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爆走


 約束の時間の数分前。ちょうどゴロが家の中から出てきて豪邸の門を開放するところに俺たちは到着した。我ながらジャストタイミングだ。もしや専属運転手としての才能があったりするのかもしれない。


 俺は車から降りて色々な荷物を持っているゴロのためにトランクを開けて一緒に詰め込みながら朝の挨拶を交わした。


「ありがとう。キミ、元運転手だったりする?」

「この顔じゃ人相手の仕事はできないぜ? ささ、お乗りくだせぇ」

「そんなことないよ……あれ?」

「みゃんみゃん!」

「ふぉっふぉ、おはようなのじゃ」

「そうだった、おまけもいるんだった! すまんゴロ、車変えるか?」

「いや、ちょうどいいよ。ボクもこの車の後ろに乗りたいと思ってたんだ。今まで機会が無かったからね」


 そう言うとゴロは運転席のシートを倒して後ろの席へと乗り込んでしまった。なんてことだ、この車の持ち主をそんな降りにくいところへ押しやってしまうなんて! これはいけないぞ!


「すまんアグニャ! 悪いけどゴロと席を変わってくれないか?」

「オッケーだみゃ。ぴょいーん!」

「えー、ボク前の席は何度も乗ってるから後ろが良いよ」

「本当か? 俺たちに気を使わなくて良いんだぞ」

「ホントだって。ね、マキマキおじさん。後ろだって快適だよね」

「そうじゃよ〜。ほれ、ココを押すとケツがあったまるぞ」


 マキマキおじさんよ、お前の隣に座っている人はこの高級車の所有者なんだぞ。この車の機能くらい全部把握しているのよ。


 けどゴロは気を使っているのか、マキマキおじさんと一緒になってサンバイザーを上げ下げしてみたり窓を全開したりして遊んでいる。その楽しそうな表情は紛れもなく、買ってから初めてこの車の後部座席に座ってみたオーナーの顔そのものだ。


「はははっ、いやー走ってからが楽しみだねこれは。どんな乗り心地かな〜」

「それじゃそろそろ病院へ向かうか。ちなみに安全運転コースとお急ぎコース、あとエリミネーションコースがございますが」

「エリミネーションコース!? なんだいそれ、おもしろそうじゃないか」

「こちらこの付近の警察の徘徊状況を把握した私個人の経験と、このお車の御威光をフルに発揮することでのみ見れる限界領域の片鱗を体験できます」

「おじちゃん、にゃんか早口だみゃ〜」

「ふふふ、それはいいね。人さえハネなければ何でもアリのコースか。もちろんそれで!」

「了解ィ!」


 と同時に、俺はこの車の最大の売りである超人的な電子制御類や事故回避のための安全装置類を全て無効化した。


 未来的な印象を受けるフル液晶メーターには煌々と赤い文字で”SafetyDevice……Elimination!”と表示されるが、そもそも俺は普段から電子制御の類いをただの一つも装着していないオンボロピッピーに乗っているのである程度はどういう挙動をしてもリカバリーできるはずだ。それにコイツの素性は昨日の夜に僅かながら理解した。というわけで……


「コォォォォォ……バグダッ! カァァァァァァァァァン! バグダッ……ピロロロ!!」

「みゃみゃ〜!? お、おじちゃん、ちょっと早いミャ!!」

「ぬがァ! 体が全然動かせないほど揺さぶられておるのじゃ!」

「うっはぁ〜! すごいよキミ!! この大トルクマッスルエンジンで、よくぞ踏み抜けるね!」

「くぉぉ、すごいジャジャ馬だけどさすがの傑作スポーツカーだぜ! いい買い物しましたね、オーナーさん!」

「ヒュー! ポニー・キラーの名は伊達じゃないだろう!?」

「おじちゃんたちはニャにわけのわからみゃい事言ってるんだミャ……」


 ふはははは! やっぱゴロはスピードに魅せられている人間だったか! でも安心してくれよ。この車の持つ圧倒的操縦性は俺の持つ技量を大きく超えているから、どんなに俺がラフプレイをしても破綻しない懐の深さを持っている。だから俺もこんなオラツキ自己中クソドライブを提案したのだ。この車ならば油断さえしなければどれだけでも飛ばせると直感したからな。


「コォォォォ……バグダッ! ギャギャッ」

「うみゃみゃ〜!! ぐわんってニャったみゃ! ぐわんってニャったみゃァァァ!」

「おろろろ、シートベルトが締め付けてきて変なキブンじゃ……」

「すごい……! 警察と出くわす数秒前に、まるで全てが分かっているかのようにスピードを落としきる……! まるで人間レーダー探知機じゃないか」


 フッ、そんなに褒められると照れるぜ。俺はただ、この市内の警察どもの動向をおおよそ覚えてるだけなんだけどな。あとは警察はどこを見て違反を決定しているかとかも知っていれば、まあ飛ばし続けても意外と捕まらないものだ。

 

 どこを見て違反を決めるか……例えば一時停止のネズミ取りだと警察は基本的にタイヤが回っているかどうかで一時停止しているのかを判断しているとかな。実はこれを誤魔化せちゃえる運転方法があったりするのだが、それはナイショだ。みんなは安全運転して、違反しないようにするんだぞ!


x x x x x x x x x x x x x x x


 予定より相当早く病院へ着いた俺たちは、それぞれ無駄に疲労した身体を伸ばしながらヨタヨタとエシャーティの待つ部屋へ向かった。スポーツカーの性能をガッツリ引き出したら、運転者だけでなく同乗してる者まで体力を使う。故に”スポーツ”カーなのだ。


「ふみゃ……にゃんかいつもの古いピッピーが恋しいみゃ」

「そうかのぅ? 途中からワシは楽しくなったぞ」

「ボクもすごくいい気分で後ろの席を楽しめて大満足だよ」

「いやぁ、我ながら高級車をなんて乱暴に運転したんだと今さらヒヤヒヤしてきた。あー、こわ」

「いやいやお疲れさま。ぶつけなかったし結果オーライだよ」


 ワイワイとさっきのドライブの感想を各々語りながらエシャーティの部屋へ入ると、下着姿でベッドに横たわっているエシャーティがギョッとした顔で俺たちの方を見てきた。ほほーう、お着替え中だねこれ。異世界ではお子様っぽい下着をつけてたけど、こっちの世界では結構そういうの着けるんだね。うんうん、ほうほう。さてさて。


「ヤ、ヤァ! ご機嫌麗しゅう、エシャーティ!」

「な、な、な……なんでこんな早く帰ってくるのよ! こっち見ないでよ! あっちいって!」

「わわっ、ごめんよエシャーティ! ボクたちおいとましまーす!」

「ワシ、金龍くんと話したいだけなの! ね、入っていい?」

「アグニャ以外は出てって!」

「にゃあ〜ご。そもそもエシャーティはにゃんでパンイチで寝転がってるみゃ。看護師はどこみゃ?」

「そ、それは……」


 そういえばエシャーティが一人で動けるわけないのに、部屋に看護師の一人もいないのはおかしいぞ。華奢で真っ白な肌を恥ずかしげに晒す絶世の美女の下着姿に見とれていた男衆とは違い、アグニャは冷静に状況を見ていたようだ。


「……あの、笑わないでよ、アグニャ」

「みゃ〜。なんなんだにゃ」

「実はもごもごもご」

「にゃあご〜」

「もうっ、恥ずかしい! ちょっと男たち、いつまで見てるの! 着替えるまでこの部屋に入んないでって!」

「すいませんでしたー」


 いったいエシャーティはアグニャに何を耳打ちしたのだろうか。俺たちにも後で教えてくれるのだろうか。いや、あの様子だと絶対に教えてくれないだろうな。


 アグニャにだけは教えるようなことか……も、もしかしてエシャーティ、おしっこ漏らした!? あいつ確か尿瓶使いだったよな!?


「なあゴロ、まさかエシャーティは漏らしたんじゃ……」

「あ、それはないね。エシャーティはおねしょしないし、もししたとしてもシーツとか色々無くなってるはずだよ」

「それもそうか。じゃあ看護師が病衣だけ脱がせてどっかいったのは一体どういうことだろう」

「うーん、主治医としても気になるし看護師たちに聞きに行こっか」

「そうこなくっちゃな!」


 というわけで俺たちは看護師たちが待機する詰め所へと向かった。ゴロが詰め所に入ると看護師たちは一斉に作業を中断してどうかしたのかと駆け寄ってきた。部屋の中には様々な資料や薬品、そしてエシャーティの使うであろう日用品がずらりと置いてあり、さらには常にエシャーティの状態が分かるよう遠隔表示された心電図的な画面とかがいっぱいあった。


「ゴロさん、どうかしたのですか? こちらでは現在エシャーティさんの移動の準備を進めておりますが」

「さっき病室に入ったらエシャーティが下着姿だったんだけど。あれは一体どうしたのさ」

「あー……そ、それはですねぇ」

「大事な手術の前だっていうのに身体を冷やすような状態で放っておかないでよ。キミ、名前なんていうんだい」

「あ、あのあの、先ほどエシャーティさんのお部屋に伺ったのはそっちの者でして!」

「うん。で、名前はって聞いてるんだよ」

「ゴロさんよ、ちょっと怒りすぎじゃない? 何もそんなブチギレなくても」

「……そうだね、ごめんごめん。で、なんでエシャーティはあんな姿に?」


 この人は普段は気さくだけど意外と怖いタイプだな。でも医者としたら受け持っている患者があんな下着だけの姿で放り出されていたら、そりゃあ杜撰も杜撰な仕事だし怒りも湧くよな。


 しかもエシャーティは普通とは違って自分で動くことすらできないほどの重病人で、さらには今日これから大きな手術を控えている身だ。もしこの看護師たちが適当な事してエシャーティの体力を消耗させたとしたら、少なからず手術にも影響は出るだろう。


 そう思うと俺も腹が立ってきた。なんなんだこの看護師ども。のんきに仕事してんじゃねえぞ、ボケ。お前らもパンイチにしたろか。


「えっと、私がエシャーティさんのお着替えを先ほど担当しました。最初は荷物の支度に入室したのですが、実はその際にこんな物をベッドで拾って……」

「これは……アグニャちゃんのごはん?」

「う、うむ、これは昨日の夜にエシャーティの部屋でアグニャが食べたパウチフードだな」

「こちらの中身がエシャーティさんの服についていまして、これじゃ気持ちが悪いだろうと思いまずは脱がせてあげて、私は替えの着替えを取りに部屋を出たのです」


 そういうことだったのか。確かに昨日の夜にエシャーティがアグニャにパウチフードをあげていたとき、手元がおぼつかなくて少しこぼしてしまったのでティッシュで拭いてあげた記憶がある。


 というか元を正せば俺とアグニャが悪いじゃねえか! すまんな看護師さん。さっき心のなかでボケとか脱げオラとか言っちゃって申し訳ない。お詫びと言ってはなんだが、俺が脱ぎます! え、脱ぎたがってるだけだろって? そ、そんなことないですよ。


「なるほど。いやぁ、こっちも取り乱してごめんね。おっと、それじゃボクたちがキミを引き留めてるといつまでもエシャーティは着替えができないね」

「は、はい、ですので私はこれで……」

「うん! それじゃお着替えおねがいね!」

「失礼します!!」


 替えの病衣を持った看護師がパタパタと急ぎ足で詰め所から出るのを見送った俺たちは、エシャーティの着替えが終わるまで自販機でジュースを飲みながら時間を潰すことにした。お互いに言いたいことは分かりきっていた。それは……


「なあ」

「ねえ」

「お、なんだよ」

「キミこそなんだい」

「いや、あの車さ〜」

「おやおや奇遇。ボクもその話をしたかった」


 人生で初めて同じような趣向を持つ男友達との小話に、俺はしばしの間花を咲かせるのであった。



エシャーティ「……あの、笑わないでよ、アグニャ」

アグニャ「みゃ〜。なんなんだにゃ」

エシャーティ「実は昨日の夜あなたが食べてたパウチフード、あまりにも美味しそうだから余ってた一つを勝手に食べちゃったの。そ、それでさ、ハデにこぼしちゃって……」

アグニャ「にゃあご」

エシャーティ「もうっ、恥ずかしい! ちょっと男たち、いつまで見てるの! 着替えるまでこの部屋に入んないでって!」

ゴロ「すいませんでしたー」


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