ギミック満載ピッピー
久しぶりに使う文明的な作りをしたベッドの上で迎える朝はとても気持ちのいいものだった。思えば俺は異世界ではほとんど地べたに寝転がって眠っていたので、こうしてクッション性あふれる寝具に包まれるのは久しぶりだ。しかも清潔だしクソうぜえ両親と顔を合わせる事もない。ああ、至福。
「っと、幸せを噛み締めてる場合じゃなかった。ゴロを迎えに行かないと」
「みゃ〜、一緒に行くみゃ〜」
「ワシもワシも! ピッピー乗りたい!」
「……言うと思った」
案の定この二人は送迎のお供をしたいと言ってきた。ゴロから借りた車は2ドアスポーツカーではあるが4シーターだし、しかも後部座席の乗り心地がとてもいい車ではある。けどこいつらを高級車に乗せるのは……
「怖いよなぁ……」
「にゃにが怖いんだミャ?」
「いや、今から乗るのはいつものオンボロピッピーじゃなくて、ゴロから借りてる高級ピッピーなんだよ。大人しく乗れる?」
「なんと! 違うピッピーに乗れるのか!」
「ピッピーにゃんて乗りにゃれてるニャ。大丈夫だみゃ!」
「いいじゃない、ゴロは車汚されるくらいで怒らないわよ。連れてってあげれば?」
「そうだよな。よし、それじゃ行くか」
エシャーティは看護師たちと共に色々と移動の準備をしないといけないそうなので着いてこれない。というかゴロがいないとベッドから動かすことすらできない。大変な生活を送ってるんだなぁ。この体でよくぞ世界的難関資格の医師免許を取れたもんだよ。
そんな天才エシャーティちゃんに見送られながら俺たちは病室を後にして、颯爽と病院関係者用の屋内駐車場へとやってきた。黒光りするイカついスポーツカーが鎮座し、主の迎えに参らんと待ちぼうけている。
なんかこうして堂々と専用駐車場を闊歩したり高級車に俺が乗りこむとなると、全てゴロからの借り物であるのに俺が偉くなったのだと錯覚してしまいそうだ。屋外の患者用駐車場から僅かに感じる視線が、なんだか気持ちいい……あ、キモ。俺今めっちゃキモい。早く迎えに行こ……
「ほら、このピッピーだぞ」
「みゃん〜。これタイヤがすごいミャ! 薄っぺらだにゃ〜」
「ほんとじゃのう。これはもはや鉄輪にゴムべりを貼りつけただけでは?」
「高級車ってのはそういうもんだよ」
でも言われてみるとそうだな。これほぼ全部ホイールで一応そこにゴムべり巻きました! ってくらい薄〜いタイヤ付けてるからなんか不安になってきた。なのにあの乗り心地の良さかよ。ハンパねえわ、高級車。
「しかもこれドアが少にゃいニャ。もしかしてイスは2個しかないミャ!?」
「そんなことはないぞ。ちゃんと4席ある。そうだな、後ろには……」
「い、イヤだみゃ、絶対狭いミャ」
「ワシの体を見よ! この巨体を後ろに詰められると思うか!?」
「……よし、マキマキおじさん後ろね!」
「そんな!? おぬしの目は節穴か!?」
あのな、文句を言うんじゃねえよ。それにちゃんと理由もある。マキマキおじさんを助手席に乗せると体がデカいからシートを結構後ろに下げないといけないだろ。そうなると後ろに座ってるアグニャは割を食って狭い思いをすることになる。運転席の後ろに座るのもアリだけど、最も居住空間を広く取れるのはアグニャが助手席、その後ろにマキマキおじさんが座るパターンなんだよ。
アグニャが助手席ならイスはそこまで後ろに下げなくていいし、シートリフターで座高を上げても頭が天井につかないので結果後ろの人は助手席の足元に足を突っ込めるようにもなる。この配置はメリットが非常に多いのだ。
「というワケだ。それにこのピッピー、この見た目で後ろのほうが上座だったりするから侮れないぞ」
「なるほどのぅ。上座ということならワシが座るべきじゃな」
「上座ってみゃんみゃ?」
「年寄りが座る席。このピッピーは左後ろが上座なんだよ」
「うーん、わくわくするのぅ〜! 早く乗りたいのじゃ」
まあ左後ろが上座なのは本国仕様の左ハンドルの場合なんだけどな……! この車は日本向けの右ハンドル仕様だから上座は正確には右後ろだ。
ちなみにこの車は2ドアスポーツカーではあるが、凄まじい巨体とベースの車格もあって4ドア車と同じ席次が当てはまる珍しい車だ。一般的なスポーツカーの上座は助手席である。まあスポーツカーに上座下座を求めるシーンはそう無いと思うけど。
まあともかくマキマキおじさんを上手く言いくるめたので乗り込むとしよう。さて、ドアを開けてっと……
「えっと、たしかこの肩の部分を引くんだよな。えい!」
「大丈夫かみゃあ……わ!」
「なんか背もたれがへし折れたぞい!」
「大丈夫大丈夫。ほら、抑えとくから乗って!」
「お、おう……おお、すごいぞコレ、想像以上に開放感がある!」
「そうだろう。しかもアグニャがイスの位置を調整したらさらに広くなるぞ」
「みゃあ、にゃんか後ろも座ってみたくにゃってきたみゃ」
「ふふん、この席は渡さんぞ!」
チィィ〜と窓を開けながらマキマキおじさんはご満悦といった表情をする。すごいなこの車、身長190センチは絶対超えてるマキマキおじさんを普通に収容したぞ。これなら助手席にマキマキおじさん乗せても大丈夫だったかもしれない。さすがは1000万超えの高級外車だ。
そんな高級外車に今度は高級にゃんこが乗り込む。美しいクーペのスポーツカーの助手席にちょこんと座った銀髪の映えるエレガントな姿はとても絵になっていた。まるでこの車のカタログ写真に使えるほどの光景。アグニャはスポーツカーが似合うなぁ!
と思って眺めてたら肩の辺りからニュニュニュと伸びてきたシートベルトが大きな尻尾に当たってビクッと後ろを睨んだ。なんかドン臭い仕草でかわいい。
「みゃあ〜、にゃんでこんにゃの生えてくるんだミャ! フシャァァァァ!!」
「おいおいこれは親切装置なんだぞ。威嚇しないの。ほら、座ったらこの伸びてきたやつ着けて」
「うみゃ〜……にゃんか変な感じだみゃ」
「そういう時はこのボタンを色々押してイスの調整をするんだ」
「にゃるほど。でも適当に押していいのかみゃ」
「気になったのは押してみるといい。運転に支障をきたすボタンはないから。けど先にエンジン掛けるね」
「わかったミャ〜」
パワーウィンドウとか電動シートはめちゃくちゃ電力を使う装置なのであんまりエンジンを掛けてない状態で使うとヘタしたらバッテリーが上がってしまう。まあ要らぬ心配ではあるが。
ようやっと運転席へ着席できた俺は慣れない動作でブレーキを踏みしめながらプッシュボタンを押した。すると一呼吸のモーター音が発され、車内にどんどん明かりが灯っていく。エンジンが掛かったのを察したアグニャとマキマキおじさんは早速色んなボタンを押して遊び始めた。
「うみゃみゃ! こここここれれれブルブルブルするに゛ゃに゛ゃに゛ゃ」
「なんじゃなんじゃ!? ワシのケツがぽかぽかするぞ!!」
「うみゃ!? し、尻尾がイスに吸われてるミャ!?」
「すごいのじゃ、このカチカチを動かしたら日除けが上下してきたのじゃ」
「そろそろ動かすからなー」
車内に存在する様々な装置を起動させてはしゃぎまくる二人を見るのはとてもおもしろいのだが、そろそろ出発しないとゴロと約束した時間に間に合わなくなる。二人がきちんと座っているのを確認した俺はソロリソロリと駐車場から出て、穏やかに緩やかにゴロの家へと向かった。
「みゃん〜。このイス体を揉んでくるみゃ。ブルブルするだけじゃにゃいとは恐れ入ったみゃ〜」
「このピッピーは色んなところから風が出てすごいのぅ」
「いや、ほんとすごいよな。こんな高級品を気前よく貸してくれたゴロに感謝しないとな」
「にゃあ〜。わかったみ゛ゃみ゛ゃみ゛ゃ」
アグニャも堪能しているこのマッサージ機能は一体どういう原理で揉んでくるのか不思議だ。説明書にはシートに内蔵された無数のエアーバッグへ空気を出し入れすることによって、人間の体に揉まれていると錯覚させているそうだが……
正直スーパー銭湯によくあるコインマッサージチェアの硬いゴロゴロ球を押し付けられるよりも質のいいマッサージを提供してくれてただただ驚きしかない。これ運転席で使えるのやばいよ。運転中に寝ちゃうよ。
「いいのぅ、ワシもブルブル揉んでくるイスに座りたいのぅ」
「あとで席を交代してあげるミャ。後ろも気にニャルみゃ!」
「おお、ありがとなのじゃ! こっちも冷蔵庫とかあったりして面白いぞ」
「え!? 冷蔵庫ついてんの!?」
「なんじゃ知らなかったのか」
だってこれ2ドアスポーツカーだぜ? 確かに高級車といえば冷蔵庫だけど、まさかスポーツカーにそんなもの付いてるとは思わないじゃん。なんかここまで来ると俺が気づいてないだけで、ボタン押すとサイドミラーが超音波振動して雨水を弾く機能とか付いてそうだな……
「ん? こんなスミッコにもボタンがあるぞ」
「みゃん〜、おじちゃんも信号待ちの度に色々探るにゃんて子どもだにゃあ」
「仕方ねえだろ〜こんなギミック満載ピッピーを前にしたら大人しく運転なんてできねえよ」
「のう、あの信号変わったようじゃが」
「あ、いけね。教えてくれてありがと」
うーん、さすが高級外車だ。信号が青になってモタついてもそう簡単には他車からピッピーされないんだな。普段より後ろの車が車間取ってくれるし、車線変更するときは皆そそくさと入れてくれるし……あ!? なんだこれ!?
「なんじゃこりゃ!? ミラーから曇りが取れていく!?」
「みゃん〜、へ、へんにゃの押しちゃったミャ」
「そのボタンは……なるほど、リアデフォッガーと連動してサイドミラーがあったまる機能があるのか……でかしたぞアグニャ!!」
「みゃ、みゃあ?」
ほんとにサイドミラーの雨水とか曇りを除去する機能が付いてて驚きだよ。俺みたいな庶民が想像するような便利機能は全て用意しております、と言わんばかりの用意周到っぷり。おみそれいたしました。
朝の混んでいる道路は車窓からの風景をつまらない物にしてしまうが、アグニャやマキマキおじさんは飽きもせず色んなところを押して移動を楽しんでいた。
せっかく大画面のナビにテレビを流してあげても車の中のほうがよっぽど面白いようだ。それに凄まじい乗り心地や静粛性の良さゆえに、走行中でも普段通りのやり取りが出来てしまうからついつい皆で楽しくおしゃべりしちゃう。やっぱり二人を連れてきてよかった。俺一人だったらこの渋滞がとてつもなく苦痛だっただろう。
それにこの和やかな雰囲気……いつかエシャーティやゴロも交えて味わいたいな。今日の手術が終わってどのくらいしたらエシャーティは自由に動けるようになるのだろうか。1ヶ月か、半年か、それとも1年以上かかるのか……ま、どれだけ時間がかかるとしても俺はエシャーティの支えになると決めたじゃないか。いつかみんなでドライブする日が来るまで、俺はどれだけでも待ってみせるさ。
ゴロ「ふぅ、手術に使う道具はきちんとカバンに入れた。学会に提出する資料もまとまった」
ゴロ「ただの平凡な新人ドクターだったボクの、大きなターニングポイントになってくれた存在……」
ゴロ「エシャーティ。キミには感謝してもしきれないよ」
ゴロ「10年以上前に世界中の医者からサジを投げられていたキミは、微塵も生きる事を諦めておらず美しかった」
ゴロ「そんなキミにボクは無謀にも治療を申し出た事、そしてそれを受け入れてくれた事は今でも鮮明に覚えてるよ」
ゴロ「本当に感謝している。だから今日の執刀は絶対に成功させてみせる。なにがなんでもだ」
ゴロ「……さ、行ってくるとしよう」




