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高級外車


 まだ始まったばかりの夜をバックに俺とゴロは狭苦しい軽自動車に男二人ひしめきながら移動する。俺の車は20年落ちで3ケタナンバーに切り替わった最初のモデルではないかというほどのヒステリック・カーであるが、未だ街中ではよく見かけるしゴロも面白がって乗ってくれたので捨てたもんじゃない。


「スヤスヤ」

「おーいお医者さーん、お前んち着いたぞ」

「……あ、寝てたのか。今は何時かなぁ」

「安心しな、子どもが寝る時間にはまだ早いぜ。おら行って来いお父さん!」

「ホントだ。キミ、結構飛ばしたねぇ。でも気を利かせてくれてありがとう」

「おう! 明日も迎えに来ようか」


 素直に褒められて嬉しくなった俺は翌朝の送迎まで申し出る。なんてチョロいんだ俺は。友好的に接してくれる人なら際限なく構ってほしくなるなんてキモすぎだろ。


「うーん、でもキミだって仕事があるだろ。それに朝の渋滞のなかを運転するのは疲れるだろうし」

「実は今無職なんだ。だからあんまり気にしなくていいぞ」

「そうかい? それじゃキミの車ばかり使うのは申し訳ないし、ボクの車を使うといいよ」

「いやいや、それこそ気を張って疲れるぜ。もしぶつけたら、とか考えると……」

「ボク知り合いによく運転してもらうから保険範囲はだいぶ広いし、気になるならそっちでもワンデー保険を追加で掛ければいいよ。そもそもボクは人ひかなければぶっ壊しても気にしないし」

「そこまでいうなら借りようかね」


 というわけでゴロの豪邸そびえる敷地内に車のままお邪魔して、ガレージの前までやって来た。シャッター付きのガレージというだけでもなかなかお目に掛かれないシロモノだと言うのに、中からはさらに数台もの車が主が乗り込むのを今か今かと待ちぼうけているかのようにピカピカの状態で鎮座していてびっくりした。


「さぁ好きな車を持っていってね」

「す、すげえ、まるで医者が乗るような車が何台もある! どれも全然違うタイプの車で、だけどアガリの一台に選ぶようなのばっかで選べねぇ……」

「ボクは見栄っ張りだから車はよく分からないけど高級品を買ったからね」

「その割りには成金にありがちなショーファーカーが目白押し、てワケでもなくて小綺麗なチョイスだな」

「はっはは、そこに気づいたかい! キミ、結構分かる男だね」

「分からいでか。コイツらは男の夢だ」


 まあ俺もメーカーとどのくらいの車格かくらいしか分からないので詳しいわけじゃないけど。だってこんな高級外車なんて雲の上の存在だから詳しく知ろうと思ったことすらねえもん。


 まあしかしゴロが気前よく好きな車を持っていっていいと言ってるし、俺のセンスを見せてやるとしようじゃないか。今回は明日の朝、ゴロの送迎をするからデカいクロカン車は乗り心地や機転の動作のしにくさなどの点でボツ。


 さらには送迎の際にもしかしたらアグニャやマキマキおじさんを乗せる可能性だってあるから2ドア車も不便。かといって重厚で薄らデカいド級セダンはアグニャたちがドアを開ける際に壁なんかにぶつける可能性が高いので(というか俺の車は何度か電柱とかにドアパンされた)そこから弾き出される選択は……!


「……じゃああのクソデカミニバンを借りるよ」

「いやいやいや、もっと他のハデな車に乗ればいいじゃない。ほらこの車、どうやってトランク開けると思う? ほらほら〜」

「こうだろ? ズボッ!!」

「なんだいエンブレムを叩き潰すって知ってたのかい」

「俺だってこの後部座席の方が乗り心地良いって言われる激レアボディのスポーツカーに乗りてえよ。けど送迎を考えると……」

「めっちゃ詳しいじゃん! 嬉しいよオーナーとして! そうそう、そのミニバンは嫁が子どもを送り迎えするのに使う車だから持ってけないよ」

「そ、そうだったのか。じゃあまあ、こっちの4ドアサルーンに……」

「はいはいスポーツカーに乗りたいんだね。使い方は分かるかな」

「……解説書を読みながら何とか動かすよ。ありがとう」


 外車なので色々と勝手が違うだろうけど、とにかく分からなくなったらそこら辺に停めて解説書を読むしかない。もちろん他人の車だから違反運転なんて絶対に出来ないし。はぁ、なんで俺、こんな事になってんだろ。


「それじゃ明日の朝、迎えを待ってるよ。あとエシャーティが体調崩してたりしたら電話してくれ。それじゃおやすみ〜」

「おう、ありがとな〜」


 高級スポーツカーをガレージから出し、代わりにどう見ても場違いな俺のオンボロ車を入庫してガレージから出た。うん、俺の車は野ざらしでいいんだけどな。入れるときに他の外車に当てないかヒヤヒヤした。また出すのが大変だぞ〜……


 まあ今はそんな小さな事は忘れようじゃないか。だって俺が今乗っているのは正真正銘、1000万の大台を超えるようなド級のグランドツアラーそのものなのだから。コイツの機能を目一杯味わうためには、運転席だけじゃ全然足りねぇんだよなぁ〜。さ、とりあえず動かしてみよう! 行け、ブルブルマッスィーン!


「コォォォォン……バグダッ! コォォォォン……バグダッ! コォォォォン……」

「うわぁ、なんて音だ。それにメーターの針の動きときたら! まるで体重計の上でジャンプしてるみたいな、凄まじい挙動で動いてんなァ! レスポンスおかしいだろ、ええ!?」


 小気味よい針の動きは俺の心にあった”他人の物を扱う不安”をすぐに取り払った。巨大なアルミの剛体を数メートルも動かせば、すぐに俺の心はこの車を楽しむ気で満たされてしまった。


 エシャーティたちの待つ病院まで俺は寄り道を繰り返しながら夜の街を駆け抜ける。まだまだ夜は始まったばかり。たまには一人で高級外車を乗り回してドライブを楽しんでもいいじゃないか。まあ他人の所有物だけど。


x x x x x x x x x x x x x x x


「あら、おかえりなさい。アグニャたちはあなたを待ってる間に寝ちゃったよ」

「遅くなってしまってごめんな。アグニャは何か食べた?」

「あたし以外は誰も夜ごはん食べてないよ。おじちゃんを待つニャ〜って健気に待ってたのに眠っちゃったわ」

「そうか。うーん、起こすのはちょっと心苦しいなぁ」


 少し考えた末、昼ごはんは結構多めに食べさせたし寝ているのなら後で起きたときにあげればいいという結論に至った。ネコの姿でも人間の姿でも食事ができるよう、念の為キャットフードと先ほどコンビニで買ってきた弁当を用意していたがまた後で食べさせよう。


 部屋に置いてある冷蔵庫へ弁当を入れようとしたらエシャーティが興味深そうに観察しているのに気づいたので、俺は弁当を見せながら声をかけた。


「もしかしてコンビニ弁当が気になるのか」

「いや、なんか可愛らしい容器だなぁって」

「テリヤキチキンお重だから確かにちょっと凝った容器だな。ほら、持ってみ」

「いいの!? へぇ〜、ラップでくるんでるのね。それにシールに色々書いてておもしろい」

「これはアグニャの分だけど、まあ開けてもいいだろう。どうだ、今どきのコンビニ弁当って絶品なんだぜ」

「うんうん、病院食よりずっと味がついてそうで美味しそう! 明日の手術が終わって健康になったら、こういうのいっぱい食べるんだから!」


 にこやかに笑いながらエシャーティは希望に満ちた言葉を呟く。以前はこの希望を前にして死んでしまって本当に無念極まりなかっただろうな。でもこうしてまた生を紡ぎ健康を目前にすることが出来たのは、限りなく低い可能性をモノに出来てしまうエシャーティあってのこと。恐るべし豪運。


「そういえば手術はこの病院でするのか?」

「違うよ。ドナーの提供者さんがあたしの元いた病院に来るから、明日また元の病院に戻ってゴロに手術をしてもらうの」

「そうなんだな。俺たちもどうせヒマだしエシャーティの手術成功を間近で祈るために着いてくぜ」

「ふふ、ありがと! みんなが来てくれるなら頼もしいわ」

「せっかくだしマキマキおじさんに絶対成功するよう頼み込むか?」

「ううん、それはいい。これでもゴロの腕は認めてるから絶対にヘマはしないって信じてるし」


 そう断言するエシャーティの横顔は、月に照らされているのもあってとても神秘的でエキゾチックな様相を醸し出していた。そうだな、こんな美女が絶対の信頼を置く医者が執刀するのなら成功するわな。そこへ俺が不躾に神頼みなんかするのは無粋というものだ。エシャーティとゴロの絆の前では第三者の親切心など無粋。


 それよりも俺にできることはゴロがなるべく万全の状態で手術に挑めるよう最高の送迎を果たすことと、明日のエシャーティの活力になるよう少しでも今を楽しませてあげることだ。


 ……ほら、そう決心すれば俺の大事な大事なデカニャンコちゃんは何かを察して起きてくれたではないか。なんてタイミングのいいヤツだ。ちょうど話が一段落してアグニャを必要とする頃合いで起きてくれるなんてな。


「くかか〜。あれ、おじちゃん帰ってきてたミャ」

「ようアグニャ。腹減ってるだろ、メシ食うか?」

「食べるみゃ〜。なにくれるんだにゃあ〜?」

「ふっふっふ、お前のメシは……エシャーティが持ってるぞー!」

「そうよー! ほらアグニャちゃん、おにゃんこになったらあげるわよ〜」

「みゃあ、それはテリヤキチキン! 仕方にゃいにゃあ……ぽんぽん!」


 手をぽんぽんと叩いてネコ化したアグニャはピョインとエシャーティの膝へ乗りテリヤキチキンお重を催促する。それを愛おしそうにエシャーティは撫でながら、テリヤキチキンお重の代わりに超豪華おフランス製パウチフードを開けてあげるのであった。



 ……ゴロを家に送っている間の病室にて。


マキおじ「それでのう、金龍くんは自分の命に値段を付けられる事に少し疑問を呈しているそうなのじゃ」

アグニャ「わかる、わかるミャ金龍くん。同じ高級品種としてそういう目で見られるやるせなさはよくわかるにゃあ」

エシャーティ「まさかアグニャがアロワナと意気投合するなんて想像できなかったわ。さっき食べようとしてたのに」

アグニャ「そ、そそ、それは誤解だミャ〜。あの時はホントに金龍くんを水槽から出そうとしてたミャ〜」

金龍くん「ぷかぷか」

マキおじ「金龍くんは怪しいと言っとるぞい」

エシャーティ「うーん、しかしなんてメルヘンな空間なの。お魚とネコが仲良くしてるなんて」


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