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病床調達


 窓からふと外の風景を見渡せばいつの間にか夕陽が落ち始め一日の終わりを迎える用意を始めていた。朝焼けと違って夕焼けを見るときはいつも穏やかな時を過ごしている気がする。きっと俺は薄暮の持つ不思議な異世界感が好きなのだろう。


「もうこんな時間なんだな」

「キミたちはこれからどうするんだい?」

「うーん、エシャーティの力になりたくて病院まで来たけどゴロがいるんなら俺は要らんよな。一度家に帰って、明日の手術開始の前に応援しにまた来るよ」

「えー、別に病院に泊まればいいじゃない。ベッドくらい用意できるよね、ゴロ」

「そのくらいなら全然用意できるけど……どうするかい?」

「みゃん〜。お家に帰ってもつみゃらにゃいみゃ。ここにいればいいニャ」

「ワシも金龍くんともう少し話したいのぅ」

「それじゃせっかくだしお世話になるか」

「そうこなくっちゃね〜」


 アグニャも他人とあんまり出くわさないこの病院なら伸び伸びと過ごせるだろうし、マキマキおじさんもなんか金ぴかのアロワナに向かって話しかけてるし。それに俺、人生で一度も入院したことないから病院で夜を過ごすって経験に少しワクワクしちゃう。メシとか自力調達だけど雰囲気は病弱少年!


 となればまずは部屋の模様替えをしなければいけない。エシャーティの部屋は本来5人ほどで入院する広さだから、俺とアグニャとマキマキおじさんの分のベッドを増やしても全然問題ないだろう。さてさて、それじゃあ久々に肉体労働をやるとしますかね。


「ゴロよ、お前は指示を出してくれ。力仕事は俺の本分だが俺は要領が悪いからな。お前の頭で効率よく俺を動かしてくれ!!」

「ほう、自分の得手不得手を分かってるようだね。そういうことならボクも気兼ねなく指示を出すよ。まずはテーブルとイスを隣の部屋に持っていこう」

「はい、分かりました!」

「みゃん、にゃんで敬語だみゃ」

「こっちの方が身の丈に合ってて気が締まるんだ」

「なんというか、おぬしも苦労しとるんじゃのう」


 えっほえっほと俺はエシャーティの部屋から邪魔な家具類を運び出す。ああ、そうそう、コレだよコレ! この動いたら動いた分だけきちんと疲れが溜まっていく気持ちよさ! 異世界では一度も感じられなかった、この老いた体を必死に動かしエネルギーを消耗しているという実感! やっぱ人間、苦労を知ってナンボよォ〜! 


「がっはァァァァ〜、きもちぃ〜!!」

「うわ! キミ、それどうやって持ってるの!?」

「へっ、こんなソファくらい持って走り回るくらい出来ないと、肉体労働社会じゃ生きてけねえぜ!」

「すごいすごーい! まるでインドスタイルね!」

「おじちゃんは動かせるものはたぶん何でも持てるミャ」

「すごいのぅ……」


 ちなみに三人掛けソファを担ぐコツは、右腕の摩擦力と頭と左腕にいかに重さを分散させられるかにかかっている。特に今回は本革の高級ソファだから軍手をはめてグリップさせると革が傷むだろうし、重さの分散は最重要だ。ていうか、二人で運ぼうね。


「ふぅ〜〜〜……冷蔵庫よりは軽いし横倒しにしてもいいから楽勝だな」

「これが力で何でも解決する仕事の実態……ホレボレするわね〜」

「その代わり俺は知性が壊滅的なのだ。さあゴロ、次はどうすればいいのかな!?」

「スペースがだいぶ開けたしベッドを運び込もう。このフロアの看護師の詰め所の横にいっぱいあるから、人数分持ってきて」

「はひぃ、分かりました! ズドドドド!」

「うーん、ホントにビシバシ動いてすごいなぁ……あれ、もう帰ってきたぞ」

「ゴ、ゴロ〜、一気に運ぼうとベッドの上にベッドを重ねて運んできたら、間違って5個持ってきちゃったぜ」

「バカだみゃ〜」

「アホじゃのう」

「まるで脳筋ね」

「返してきてね」


 フッ、俺のド迫力ベッド転がし術にみんな惚れ込んでしまったようだぜ。でも2個余るから返しにいかないとな。さてさて、それじゃ余分なベッドは回収してっと……


「……」

「まさかとは思うけどさ、一番上に置いたベッドが取れなくなったとかじゃないよね?」

「はははっ、ゴロよ……頭のいいお前なら、コレはどうやって降ろすか見てみたいぜ!」

「はぁ〜……キミさぁ、まずコレどうやって重ねたんだい? この電動ベッド、脚にコロコロ付いてるからそのまま動かせばよかったのに」

「い、いやぁ、まとめて持っていったらビックリするかなって……」

「確かにこの重たいベッドを重ねて来たのにはビックリだけど」


 はぁ、俺ってどうしてこんなに頭が悪いんだろう。思えばあの時もそうだった。とある工場で働いていた時の事だが、工場内に散らばるフォークリフト用のパレットを一箇所にまとめて整理しろと言われた事があるんだ。


 さすがにそれくらいなら俺一人でも完璧に出来ると意気込み、その日最も楽な作業を任された高揚感できっれーいにパレットをまとめまくったんだよ。そう、工場の天井付近までパレットを一段に重ねてフォークリフトが移動するスペースや人間が作業できるスペースをたっぷり増やしてやったぜ! ってな。


 が、そんなパレットを何十枚もタテに重ねまくってしまうと非常に大きな弊害が出る。それは人間が手作業で重なっているパレットの山から1枚だけ降ろしたりすることが出来なくなるのだ。これからパレットを1枚取る度にわざわざフォークリフトに乗ってうず高く積まれた最上段から引っこ抜く無駄な手間が増えたのだ……


 もちろんその後俺は”なぜ後先考えずに見栄えだけ気にしたのか”とか”ていうかせめて爪刺す穴の方向揃えろよバカ”などともっともなお叱りを受けた。


「ハイ……すみません……あ、フォークの充電もし忘れてる? す、すいませ……」

「え、急にどうしたんだい?」

「おじちゃんは過酷な労働環境に身を置きすぎて、たみゃに壊れちゃうミャ……」

「なるほど。確かにこの傾向は苦痛から逃れようとするあまり、逆にフラッシュバックして悪循環に陥る典型的な精神疲労を起こしているね」

「ハッ……すまんすまん、ちょっと嫌な記憶を思い出してしまった。さてベッドを戻してくるか!」

「ふーむ、症状の自覚はアリか。要経過観察だね」


 おいおい、そんな目で俺を見るなゴロ。俺のこのクセはそんなに重い症状ってわけではないぜ。単にちょっと昔の事を思い出してしまったら、周りの声やなんやが聞こえなくなってしまいトラウマの波に飲まれるだけだ。医者だから気になるのはわかるけど、気にすんな!


「ホイッ! ほいほーい!」

「こうして不可解な動きをしながら力作業をしてるのを見ると、さっきの弱気な面がウソみたいよね」

「みゃあ。おじちゃんは割りとメンタルが弱いミャ。ヘナチョコにゃん」

「二人ともあのおじさんが頼りになる人だからってあんまりそういう事を言っちゃいけないよ。大人だって弱いんだ」

「うみゃん〜。それはよく分かってるニャ。そして弱ったときに何をしてほしいかも」

「へぇ。ネコだからといって侮れないね」


 ……おや、俺がベッドを戻しに行ってる間にアグニャがネコの姿に戻っている。それにエシャーティやゴロは何かを確認するように俺とアグニャの方をジトっと見つめている。そ、そんなに見られるとおじさん照れちゃう。てれてれ。


「みゃん〜!」

「お、どうしたアグニャ、用があるなら人間語で頼むぜ」

「ドテリ」

「あぁ〜倒れちゃったねぇ。かわいいな、ワシワシ!」

「ごろにゃ〜ん」

「あー癒やされる。たまんね」

「ほほう、猫ならではの癒やしか」

「キャットセラピー……あたしも癒やされたーい。ねえこっち来てよアグニャ〜」


 エシャーティが羨ましそうな声をあげまくるので、アグニャは本当にめんどくさそうに、仕方なくといった様子で渋々とエシャーティの待つベッドへ飛び乗った。そして案の定そのやわらかな巨体はエシャーティのか細くて弱々しい腕に揉まれまくった。


 アグニャの豊満なケツを、俺の腕より長い巨躯を、エシャーティの脚より太い尻尾を、マキマキおじさんのヒゲより立派なおヒゲを撫でられまくる!!


「う、う、うみゃみゃ……」

「ふぁ〜、アグニャってホントに最高ね! 今まで触ったどんな物よりもふわふわしててかわいい。おじさんってこういうセンスは抜群に良いよね」

「照れるぜ。でもエシャーティ、満足したら開放してあげてくれ。ほら、尻尾が……」

「べシーン! ベシシーン!! ブオンブオン!!」

「まあ! これ知ってるわ! 確かイヌは嬉しいとこんなふうにフリフリするんだよね! あなたも触ってもらえてうれしいのね」


 悲しいことにネコの場合のその行動はイライラの表現である。むろんコイコイ棒で遊んでるときにも中々捕らせてもらえない時にフラストレーションが溜まり、こうして尻尾をぷりぷり振ることもあるのだが、それとはまた別のイライラだろう。要するにエシャーティの触り方は下手なのだ。

 

「……もう限界だミャ! ぴょーん!」

「ああ! 毛玉丸が帰っちゃう〜!」

「誰が毛玉みゃるだニャ。くしくし」

「ははっ、二人のやり取りを見てたら癒やされたよ。よし、ベッドにマットとか敷いて仕上げるとするか!」

「みゃん〜、それにゃら手伝えそうミャ。やるミャ!」

「ワシも金龍くんとじっくり話が出来たし、自分の布団は自分で敷くぞい」

「よし、それじゃ……ゴロ、指示を頼むぜ!」

「ええ……いや、マットレスとかシーツを敷くのに指示いる?」


 当たり前だろ! 俺は基本的にアグニャの世話と力仕事しか完璧にこなせねえ! こんな力を使わない作業なんてした暁には……なぜか枕がベッドの下敷きになっててもおかしくないぜ!


 俺たち常識に疎い三人組は、とても頭の良くて指示力のある平凡な男の言いなりになり、せっせと各々の寝床を整えるのがお似合いだ。アグニャと俺はピッタリとお互いのベッドをくっつけ、マキマキおじさんは金龍くん(部屋にいるアロワナの名前らしい)の目の前に位置取り寝床を仕上げた。


 ようやく一仕事終わる頃にはとっぷりと日が暮れきって夜になっており、看護師がエシャーティに夕食を提供しに来た。部屋に入るとすっかり間取りが変わっていてビックリしていた。そりゃそうだよな、1時間も見ないうちにクソ重たいソファとかテーブルが無くなって、代わりに大勢の人間とベッドが置かれてんだもんな。ビックリもするわ。


 看護師が部屋を出ると、ゴロはググッと体をほぐしながらエシャーティに尋ね事をした。


「ふぅ、夕食が来たね……それじゃ今日はどうしようかな」

「アグニャたちもいるし、今日は帰っていいんじゃない?」

「そっか。ドナー手術も明日に控えてるからなるべく早く寝るんだよ」

「おいおい、ゴロ帰るのか?」

「ゴロはお家で奥さんと子どもが待ってるのよ。あたしに付きっきりだからあんまりお家に帰らせてあげられてないから、たまには帰してあげないと」

「ははっ、キミがボクを気遣ってくれるなんてね。珍しいこともあるもんだ」


 そっか、ゴロって既婚者だったんだな。そっか……そっか、そっかそっか、そっかぁぁぁぁぁぁ!!


 いや、だってゴロさんてばエシャーティとめちゃくちゃ仲がいいからさ、この二人はその、結構良い仲で後から知り合った俺は引くべきかとか考えてたんだよ。なーんだ、お前子持ちかよ! 早く言えよバーカ! ほんとにありがとさん!


「それじゃボクは帰るね……ん? どうしたんだい、そんなにニッコニコして」

「へけ? な、なんでもねえよ! そうだ、家まで送ってやろうか? 疲れてるだろ?」

「わあ、ホントかい!? いや、実を言うとそうなんだよ」

「まあ俺の車はオンボロだけど大丈夫か?」

「そんなの気にしないよ。それじゃみんな、ボクたちはちょっと出掛けてくるね」

「みゃん〜。おじちゃん気をつけてニャ〜」


 さあて、それではいっちょゴキゲンなドライブと洒落込むとしましょうかね! 今の俺は機嫌がすこぶる良いから、絶対に寝る運転を魅せてやるぜ。楽しみにしてろよ、医者ァ!!



アダム「アトラス様のお力を借りながら、イブと二人三脚でこの死んだ世界を少しずつ蘇らせることになった」

イブ「どうしたアダム、何をボソボソ言ってるんだ。私の作ったメシがまずかったか?」

アダム「そんな事はない。いやぁ、生きてる魚や動物が世界にいるだけで全然輝きが違うなぁって思っただけだ」

イブ「そうだな……アトラス様に最初に頼む願いをお前に任せてよかったよ。もしも私だったら……」

アダム「イブだったら……何を頼んでたんだ?」

イブ「その、お、お前と共にじ、人類を再び繁栄させたいなとかモニョモニョ」

アダム「?????」

アトラス(ああ、イブよ……不憫な子じゃ。しかしいつか報われるじゃろうて。アダムも男じゃからな)


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