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写真


 他の入院患者もこのフロアに限っては一人も見当たらず、看護師たちも基本はエシャーティの部屋の隣にある詰め所で待機しているから人っ子一人いない。しかし真夏の日中なのであまり寒々しい雰囲気は感じず、上下階から感じる生活の気配もあって病院特有の怖さは感じない。


 こうした所を二人きりで歩くのはなんだかモジモジする。けど久々に人の姿で俺と二人きりになれたアグニャは、ピトリと俺の側へ寄り添いご機嫌そうに歩いていた。


「にゃあ〜ご。くしくし」

「なんか人間の姿のアグニャと歩いてると、俺たちはまだ異世界にいるんじゃないかって思えるよ」

「みゃん〜。もう戻ってきたのを後悔してるにゃ?」

「まさか。これっぽちも後悔なんてしてないぜ。」

「これっぽちってどんくらいにゃ〜」

「俺の頭の毛ほどくらいかな」

「つみゃり全然後悔してにゃいにゃ〜」

「ぬわっはっは、その通りじゃ! ほれワシャワシャ!」

「フニャァァァァァン」


 色んな人と出会ったけれど、やっぱり俺はアグニャと過ごすのが一番落ち着く。それはアグニャも同じみたいで、それがお互いに心から通じ合っているのも信頼の賜物だ。


 もう撫で納めかと思われたこの銀々としながらもやわらかな長髪を撫でながら例の自動ドアへやってくると、万事休すを悟り悲しい顔をしたマキマキおじさんがうずくまっていた。


 放置されて数十分。さらにはイチャつきながら迎えに来られてマキマキおじさんは喜びと嘆きの狭間に位置する苦い表情を見せてくれた。例えるなら真実の口の顔そのものだ。真実の口と呼ばれるあの独特の険しい顔は、一人ぼっちで寂しい時にする顔なのだと判明した。言っといてなんだけどめっちゃ悲しいわ。


「お、おーい、迎えに来たよマキマキおじさん」

「遅いのじゃ。もう忘れられたのかと思ったのじゃ……」

「い、いやあ、エシャーティの部屋にフナジャイルの友達がいて盛り上がってさ」

「ほう、それは楽しみじゃのう。とにかくここを開けてくれ。このTouchとわざわざ書いとる部分をドついても全然反応しないのじゃ」

「みゃ、みゃあ……うずうず」


 透明なガラス越しにマキマキおじさんが自動ドアのセンサー部分をポシポシと押していると、なんだかアグニャは自分も押してみたいと言わんばかり。デッカい尻尾をペチッペチッと床に打ち、耳はふっくらと膨らんでおり見るも可憐な仕草を撒き散らす。文明装置を前にしたアグニャも可愛すぎるだろ!


「よしよしやってみたいんだなアグニャ。これはな、この黒く塗ってる所を指でスーってするんだ」

「みゃんみゃん!! す〜……」

「ほっほ、無駄じゃよ。コレはきっと人間にしか反応しない罰当たりな扉。じゃからネコであるアグニャも開けられな」

「ウィーン」

「開いたのじゃ」

「すごいぞアグニャァァァァ! 賢すぎるぞアグニャァァァァァ!!」

「にゃんにゃぁぁぁん! ふし、ふしっ!」

「あァゝ〜、得意気にお鼻をふしふしするのかわいいねぇ〜!」

「なんでワシには反応しないのじゃ……ムスっ!」


 やっぱりアグニャは何でもできちゃう天才ニャンコロだねぇ〜。うーん、やることなすこと全てが絵になって素晴らしい。無邪気に喜ぶアグニャ、それを羨ましそうに見つめるマキマキおじさん……うーん、美醜の対比が強烈なコントラストだぜ。


 神といえど決して美形ではない。むしろ俺の出会った神々はどちらかと言うとみんな俺寄りのビジュアルだった。そういう平等さは結構親近感が湧く。


 ……そうだ、久しぶりにこの世界で唯一俺が習慣にしていた事をやるとしよう。どれどれ……あったあった。充電は満タンだな!


「ふんす、ふんす!」

「いいのう、いいのう〜」

「……パシャ!」

「みゃ! おじちゃん、写真撮ったみゃ?」

「ああ。アグニャの初自動ドア記念だからな」

「ほぉ〜、どんな感じで写ったのじゃ?」

「こんな感じに撮れたよ」


 マキマキおじさんに今撮った写真をスマホに表示して見せてあげると、まさか自分まで写してくれているとは思っていなかったらしく画面に釘付けになっていた。


「おっ!? これワシも写っとるじゃないか! 初めて写真に撮られたぞい、嬉しいのぅ〜!」

「それはおめでとさん。でもそういう事ならもう少しイカす感じに撮ればよかったな」

「いいのじゃいいのじゃ、写真の半分近くもワシが写ってるだけで満足じゃ。ほほ〜、うっとりするわい」

「あ、そう」


 エシャーティの部屋につくまでアグニャも一緒になって先程の写真を眺め、キャッキャとお互いの表情を茶化し合ったりしてたった一枚の写真で大盛り上がりしていた。


 今まではこの世界はとんでもなく不条理で何の楽しみもない世界だと思っていた。けれどこんな世界でも、これからこのような思い出がいっぱい増えていくのだろうか。


 ふと心に浮かんだその思いは、近いうちに確信へと変わる……そんな予感を感じながらエシャーティたちの待つ部屋へ入るのであった。



 ……二人がマキマキおじさんを迎えに行った直後。


ゴロ「しかしマキマキおじさんという人は何故自動ドアを開けられなかったのだろうか?」

エシャーティ「マキマキおじさんは体が水に近い人だから赤外線が透過しちゃって反応しなかったのかも」

ゴロ「え、そんなことある?」

エシャーティ「真相は分からない。けどマキマキおじさんなら全然ありえるわ」

ゴロ「うーん、聞けば聞くほど変な人たちだなぁ」


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