エシャーティの暮らしぶり
エシャーティの部屋があるという階に行くと俺たちはあまりの好待遇っぷりに思わず息を呑んだ。だってさ、病院のフロアを丸々一つエシャーティの専用スペースとして使っているんだぜ。さらにはこの階にある看護師の詰め所では常に数名もの看護師たちがでたった一人のエシャーティの体調を見守るために待機しているという。なんて贅沢な入院生活を送っているんだ、この金髪美少女は……
「このフロアさ、他の空いてる入院患者用の部屋とかは誰も入れてないのか? 見るからにデッドスペースと化しててもったいないぞ」
「大丈夫! ボクの個室だったり洗濯機を置いたり調理室へと改装させていて無駄は一切ない!」
「この階だけでエシャーティが不自由なく暮らせるようにしてるのか……どんだけ長いこと居るつもりなんだ?」
「あたしはただあの地震をやり過ごすためだけにここに一日だけ来ただけだから、明日にはもう元の病院に帰るわよ」
「みゃあ、にゃんて贅沢にゃ……」
ホントだよ、こんなに好待遇で迎えられているのになんで一日だけしかいないんだよ。それにいざエシャーティの部屋に入ってみると、入院するための部屋とは思えないインテリアがわんさか置かれていて三度俺は驚いたぜ。
ドラマで悪しき社長とかがよく部屋に置いてるクソデカアロワナ、小柄なエシャーティが4人くらい一緒に寝れそうでどう見ても無駄にデカい電動リクライニングベッド……
そもそも元々は五人ほどで使うはずであろう広さの部屋を一人で広々と使わせてもらってて羨ましい限りである。
「すげえ、なんだあれ。バチャロン・コーンスターチ……?」
「ああ、あの壁掛け時計のすごさに気づいたかい。あれは世界最高峰の腕時計メーカーの創業300周年記念の品でね。質は悪いが非売品なんだ」
「あたしああいう時間が分かりにくい時計嫌いよ」
「奇遇だな、俺もああいう時刻を数字じゃなくて線とかで簡易表記してるやつ嫌いだ。というかデジタル派だし」
エシャーティの部屋に置かれている物は見渡す限り質の良い品々ばかりで豪華絢爛そのものだ。庶民である俺にはこの部屋に置いてある物のブランドとか価値とかは全く分かりっこないのだが、それでも一目見ただけで造りの良い高級品だと分かる。エシャーティは自分を孤児だと言っていたが、それにしてはこの入院部屋はまるで資産家のワガママに応えたような雰囲気。なんだか謎である。
「すげえ豪華な部屋を使うんだなぁ。エシャーティはずっとこういう暮らしを?」
「まあね。でもどんなに豪華な調度品に囲まれてても体が動かせなければちっとも楽しくないよ。そもそもこの部屋だってゴロの指示でこんななってるだけだし」
「そうにゃのにゃあ。ペシペシペシ……」
「ん? なにしてんだアグニャ」
「このお魚がお外に出たいニャア〜って言ってるから出してあげるミャ〜。ゴクリ……」
「やめろ! それはCITES1指定の超希少なアジアアロワナだ! ネコめ、食べようとするな!」
「た、食べにゃいって」
アグニャが金ピカのアロワナが優雅に泳いでいる水槽をペシペシとつついていたらゴロが焦りながら止めてきた。よくぞ止めてくれたぞゴロよ。アグニャはな、”喰う”タイプだからな。
「ふぅ……おいキミ、ちゃんと躾けてくれよ。飼い主なんだろう」
「いや、すまんな。ところでこういうアロワナってドラマなんかでよく見るけど、いくらぐらいするんだ?」
「フッフッフ……これ一匹で25万は下らないよ」
「!?」
なんとこの成金御用達魚は俺が数千もの中古車の中から真剣に選びぬいたオンボロピッピーの価格を優に超える驚異のお値段だった。でも待ってほしい。そういう事ならここにいるジャイアント・オカネカカル・ネコことアグニャだって負けていないぜ!
「おいアグニャ、ちょっとネコに戻ってくれ」
「いいけど……みゃんっ!」
「ありがとう。さてお医者さん、この子は見ての通り雄大なる野生を秘めつつも人類の美の追求、累次が混ざり合った奇跡的美形にゃんこのアグニャちゃんだが……キミならどんな価値を見抜くかな」
「ほう、このボクの審美眼を試すのかい」
「勘違いしないでくれ。俺は今までアグニャの偉大さを分かってくれる高尚な人間に出会ったことが無いから、もしあんたが”本物”が分かる男なら……」
「ちょっと、何気にあたしをバカにしてない?」
「そんなことはないぞ。だってエシャーティはこの姿のアグニャを見たことなかったから仕方ない」
うっかり言葉の綾によりエシャーティが心外そうな表情をしたが、俺は決してエシャーティはバカにしていないぞ! ただ俺はアグニャ自身に流れている気高き血統や見た目の持つ美麗さ以外の、それこそ知性の高さなんかがアグニャをただのネコらしからぬ存在感を放っていると分かってほしいだけだ。
そんな俺の心の内をブランド好きと思われるこのゴロという医者は分かってくれたのか、俺の問いかけに対して握手で返答してくれた……!
「フッ……ボクたちは気が合うようだね」
「そうか! じゃあゴロならアグニャの種類も分かるよな!」
「もちろんさ! ズバリ定番のメインクーンだろう! 確かアグニャちゃんのように色素の薄いブルーなメインクーンはレアなんだよね」
「はいアウト〜ちがいまーす。アグニャ、喰え!」
「な、なにィィィィ!?」
「みゃん〜。おさかにゃさん、もう飽きたニャ」
「男ってバカだねぇ。アグニャがどんな種類かよりも、人間になったりするほうがよっぽど重要じゃない。さあアグニャ、あたしのとこにおいで! できればニャンコの姿で!」
「みゃ、みゃあ、遠慮しとくみゃ」
エシャーティがやれやれといった感じで呟いた一言に俺は当初の目的を思い出した。そうだそうだ忘れていた、俺たちはこの部屋でブランド談話をしに来たんじゃなくて、どうしてアグニャは人間の姿とネコの姿とを自由に変身できるのかを聞きに来たんだよ。エシャーティの部屋のインパクトに圧倒されてつい忘れてた。
そうと決まれば早速アグニャとマキマキおじさんから話を聞くとしよう……あれ、そういえばこの部屋に入ってからマキマキおじさんは一言も口を開いていないな。やけに存在感が薄いじゃないか。普段はあんまり出番がないと無理やり会話に割り込んできたりするのに。
が、部屋を見渡してみるとマキマキおじさんの姿が見当たらない。おかしいな。あの無駄に背が高くてギリシャスタイルの出で立ちをした一番目立つおっさんが急にいなくなったら誰か気づくだろ。
「……あれ、マキマキおじさんいなくない?」
「ほんとだ! いつからいなくなったんだろ」
「みんにゃ気づいてにゃかったのかみゃ!? マキマキおじちゃん、自動ドアが反応しにゃくて一人だけ置いてかれてるみゃ」
「いやいや、大人なのにセンサーに触れるタイプの自動ドアが分からないって事はないでしょ」
「ゴロよ、お前はマキマキおじさんを侮っているな。あのおっさんは……この世界ではある意味エシャーティより無力かもしれん」
「そんなに!?」
ともかく俺はアグニャと一緒にマキマキおじさんを探しに行くことに。アグニャが最後に見たのはゴロの荷物を両手に持ちながらおろおろとこのフロアの入口で戸惑っている姿だったという。ということはエレベーターの近くだろうか。まったく世話の焼けるおじいちゃんだぜ。
マキおじ「この病院には人間の扱う機械がわんさか置いてあってみんなからうっかり目を離していたら……」
マキおじ「なんと揃いも揃ってワシを置いてこの透明な壁の向こうへ行きおった!!」
マキおじ「しかァし! ワシはギリシャ生まれであるからこの壁に書かれた”Touch”がどういう意味か解るのじゃ! アルファベットが読めるなんてすごいじゃろ!?」
マキおじ「それ、ポチ!」
マキおじ「……ポチポチポチポチ?」
マキおじ「あ、開かないのじゃ!」




