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医者


 さすが国立医療センターという大層な病院の中でもさらに頑健な造りをしているオペ室ともあれば、あんなに小さな地震など無に等しい揺れでやり過ごせた。免震装置が動きを抑えきった後、俺たち5人はようやく人心地ついたといった様子で顔を見合わせ安堵の表情を向けあった。


 空調が効いて涼しいオペ室にには俺、エシャーティ、付き添いの医者、マキマキおじさん、そしてアグニャが詰め込まれて少し手狭だ。


「え、あの、そこにいる銀髪の女性とギリシャ人みたいな男性はどなたかな……」

「アグニャ! それにマキマキおじさんじゃない! あなたたちも来てたのね〜」

「みゃん〜、来ちゃったミャ」

「来ちゃったってお前……なんで人間の姿なんだ!? ていうかどうやって車からここに瞬間移動したんだ!?」

「ふぉっふぉ。そんな細かいことより、今は全員の再会を喜び合おうじゃないか。のう?」


 いや全然細かいことじゃねえよ。アグニャはやっぱり異世界で過ごした記憶があるどころか、普通に人の姿になってんじゃん。もうめちゃくちゃだよ!


 しかし俺以上に困惑しているのは立て続けに見知らぬ人がドカドカとやって来て何がなんやらといった表情を浮かべているエシャーティ付き添いの医者だ。


 そりゃそうだよな、エシャーティの知人を名乗る不審な人間が急にぞろぞろ現れて、しかもエシャーティ本人も大喜びで対応してるからな。そりゃびっくりするわ。


「少しも話についていけない! なんなんだキミたち! エシャーティとどういった関係なんだ! ボクにも分かるように教えてくれ!」

「みゃあ? 誰だミャ〜おみゃえ。フシャァァァァァ!!」

「うわっ、毛まみれのネコミミと尻尾が動いてる!! どんな造りなんだ! ふ、不可解だッ!!」

「にゃにが不愉快だミャ! うみゃみゃみゃみゃ!」

「やめてあげろアグニャ。この人はエシャーティの知り合いらしいからな」

「にゃあ〜ご!」


 お医者さんは容赦なくキレるアグニャの剣幕に、そしてゆすゆすと揺らされるフッサフサのネコミミや尻尾に驚いているが、すかさずエシャーティが色々と説明をしてくれて何とか平静を保ってくれている。


「あのね、学者肌のあなたはあんまり理解したくないと思うけどね、あたしは一度死んじゃって異世界に転生したの。そこでこの人たちと出会ったんだ」

「何をバカな……インテリで決して妄想にすがるようなタイプじゃないキミが、急に何をおかしな事を言うんだ」

「疑いが晴れぬようじゃな。いいじゃろう。ワシはそこの金髪と異世界で仲良くなった神じゃからそなたの願いを特別に一つ叶えてやる、と言えば信じるか?」

「ふん、どうせ小手先の口先一丁だろう……。まあでも、そうだなぁ、試しにそこにいる自分をネコだと思いこんでいる変人女をネコに変えてみてよ」

「ふ、ふふ、フハッハッハッハ!!」

「な、なにがおかしい!!」


 いやいや、ホントになに爆笑してんのマキマキおじさん。今ふざける場面じゃないから。このお医者さんはこの世界できっと長い間エシャーティに寄り添いお世話をしてくれてて、しかもさっきはインターフォン越しにこの病院の責任者……というか院長と思われる人物と親しく話してた医者なんだぞ。あんまり変な印象を植え付けると後で困るよ。だからちょっとぶつね。えい。


「い、いやー、このギリシャのおじさんさ、ちょっとボケてんの! ほら、おだまり!」

「グ、グワァ! おぬしはワシと縁があって攻撃が効くんじゃから加減せい! おー、いてて」

「はっはっは! まあでもエシャーティだってこのマキマキおじさんには色々と世話になった……なんたよね?」

「ま、まあ嫌いではないわ」

「みゃあ〜」


 俺のとっさの行動で場は和やかな雰囲気になってめでたしめでたし……とはいかなかった。俺がマキマキおじさんとグルになり、話を逸らされたと勘違いした医者はむしろさっきより不信感を募らせながら声音を荒げる。


「ほらそういう風に小芝居を打ってボクの気を逸らすじゃないか。やっぱりキミたちは怪しいな、エシャーティには悪いが表の警察に頼んでつまみ出してもらう」

「あー、待て待て、そう焦るでない。ほれアグニャよ、いい機会じゃしみんなにお披露目してあげたらどうじゃろう?」

「そうみゃんね。このままだとエシャーティと離ればニャレににゃるし。それじゃいくミャ……!」


 そう言うとアグニャはポンと手を叩いた。すると……


「にゃん〜」

「アグニャッ!? おいこれネコアグニャじゃねえか!!」

「きゃぁぁぁぁ!? か、か、かっわいい〜!? ねえ撫でさせて! ストレッチャーに乗せて! うぐぐぐぐ、はやくあたしに触らせて〜!!」

「みゃん! ぴょいーん」

「ひゃぁぁぁぁ!? ねえ飛んだわよ! 見た見た!? 飛んだわよ!!」

「スリスリスリスリ」

「えへ、えへへへへ、おっきいニャンコがあたしにスリスリしてる〜……ぱぅっ!」

「な、なんと……本当にあの女性はネコになってしまった……」

「さっき笑ったのはのう、ワシに対する願いを聞いとるのにアグニャが身につけてる術を見せろとおぬしが言ったからじゃよ。わかったか、医者よ」

「は、はぁ、分かりました」


 え、いつの間にそんなこと出来るようになってたの。ネコと人間の姿を自由に変えられるのならもっと早めに俺に見せてくれてもいいじゃん。というかもう何でもアリだな。エシャーティの事を覚えてるってことは確実に異世界で過ごしていた記憶は残ったままだし。マキマキおじさんの言う代償ってヤツはあんまりアテにならねえじゃねえか!


「……ぴょん!」

「ああ! 行かないでアグニャ……わ、もう戻ってた」

「みゃあ、エシャーティちょっと手付きがやらしかったミャ。指を細かく動かしてグニグニしないでニャア」

「しょうがないじゃない、今ちょっと動くのが難しいというか、手のひらから先を動かそうとするとどの指がどう動くのか自分で制御できないもん」

「お前そんな重病だったのか」

「なんだキミたち、エシャーティと知り合いなのにそんなことも知らないのか」

「いいのよ。どうせもうすぐ治るから教える気はないわ」

「……そうか。じゃあ俺たちもお前の病気のことは触れない」


 エシャーティだっていくら俺たちと仲がいいとはいえ、何でもかんでも開けっぴろげに話したいワケじゃないだろう。それなら俺たちもデリカシーを弁え、エシャーティが今までずっと辛い気持ちで向き合ってきたであろう病気のことは聞かないし、興味も持たない。けど打ち明けてきたら耳を向けてあげる……ぐらいの心構えでいるべきだ。


 まあそれよりも今はもっと気になる事がある。それはアグニャの変身能力についてだ。


 駐車場にある車の中からこのオペ室まで瞬間移動してきたのは、まあマキマキおじさんがクァァしてなんかした程度の事だろうが、アグニャが自在に変身できたり記憶を保持している事はちょっと都合が良すぎる。これには何かしら裏があるはずだ!


「なあマキマキおじさん、思えば港で会ったときから”アグニャのことについて、かのぅ”とか意味深なこと言ってたよな。教えてくれよ、全部」

「そうじゃな。それじゃあそろそろ話してやるとするかのぅ」

「待て待て! ボクを置いて話を進めないでくれ!」

「もう、あなたは頭がいいんだからすぐ理解してよね」

「無理を言わないでくれよ……確かにキミらはエシャーティにとって大切な者というのは分かったが、まだ整理がつかないんだ」


 まあこんな非現実的な出来事や奇想天外な人間たちが急にわんさかやって来たら、どんな頭の回転が早い人間でも理解の処理を超えてしまい脳みそこんがらがってしまうよな。


 それならばこんなに大人数で会話するのはゴチャゴチャしていたし、一度お互いの身内とじっくり話をするために二組に別れてしまえばいいじゃないか。


「なあ、俺はアグニャとマキマキおじさんから変身について聞きたいからさ、エシャーティはその医者にじっくり色々と俺達のこととか教えてあげたらどうだ?」

「そうね、思えばこの世界に帰ってきてからは地震を乗り越えるために必死すぎて、ちっともお話をする余裕なかったし……」

「そうだったのか。気づいてあげられなくてごめん……もう何年もキミに付き添ってるというのにね」

「あたしこそ話し損ねてごめんね。さ、それじゃ場所を移すとしましょうか」

「そうだね、もう何十分もオペ室を占領してるからそろそろ出ようか」


 お医者さんは外部とやり取りするインターフォンでまた院長と思わしき人物と少し会話すると、早速エシャーティの移転先の病室へ行き、その部屋で話の続きをしようと提案してきた。


 エシャーティの部屋ならば腰を据えて話をするのにちょうどいい。特に反対する理由もないので俺は平凡そうな出で立ちの医者の指示に従い、エシャーティの乗ったストレッチャーを部屋まで運ぶのを手伝うことにした。


 ……が、頭脳労働が主な仕事であろうヒョロッこいこの付き添いの医者はモタモタとストレッチャーを動かし正直邪魔だったので、俺一人でスイッ〜っと運ぶことにした。


「ふぅ、キミは見た目はあれだけどとても力が強くて頼りがいがあるね。エシャーティが懐いてるのが不思議だったけど、ボクの思い違いだったみたいだ」

「そう言ってもらえると嬉しいぜ。えーっと……」

「ああ、自己紹介が遅れたね。まああんなにドタバタしてたら名乗り合う機会もなかったし」


 ガシャガシャとパトカーの中からエシャーティの荷物や医療装置などを取りながら俺に笑いかけてくれるお医者さんの表情からは、初めて会ったときのような拒絶の意はすっかり消え失せていた。


 数十分前よりもだいぶ心を開いてくれたお医者さんは、ニコニコとしながら俺に名前を名乗ってくれた。


「ボクの名前はゴロ。エシャーティの難病にも決して匙を投げずに何十年も向き合ってきた、ただの健気な凡医者だよ」

「ちょっとちょっと、何十年とかいうとあたしがおばさんみたいじゃない! あたしまだ若いよ!」

「そんなのキミの美しさを見れば分かるって。ま、こんな感じで昔からエシャーティに振り回されてる医者なんだ。よろしくね」


 ニッコリとしながら俺に握手を求めてきたゴロの手からは、手に持っていた外国語のラベルやロゴが散りばめられた荷物がドサドサと落っこちてしまう。どこか抜けたところのあるこの男に、俺は思わず吹き出しながらも拾うのを手伝ってあげる。


 その様子をみたアグニャやマキマキおじさんもゴロの荷物をいくつか拾い上げて一緒に運んであげる。エシャーティの部屋につく頃には、俺たちとゴロの間にあった僅かな距離感はすっかり友人としての第一歩を踏み出していた。



ゴロ「あ、お勤めごくろうさまです」

警察「これはこれはゴロさん、お荷物の回収ですか……あ! こ、この不審な男は!」

おじ「ゲッ! お、おい、俺はただの善良な一般市民だぜ、さっきはちょっと警察に圧倒されて叫んだだけだ!」

アグニャ「フシャァァァァァ! ぷりぷりぷりー!」

警察「うわぁぁぁぁぁ!? めちゃくちゃ高級そうなデッカい野良猫が、いつの間にかパトカーに乗り込んでデカウンコしとる!」

おじ「でかしたアグニャ!」

アグニャ「みゃん〜!」

ゴロ「あの人たちっていつもこうなのかい?」

エシャーティ「そうね、大体こんな感じね」


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