法律違反”遵守”運転
ゴトゴトとドアの付け根や割れそうなダッシュボードを震わせ、灼熱に溶けるアスファルトをまるで波打たせるかのように爆走させて街のど真ん中を突っ走る。センターラインをボンネットの中心に据えて走るわ、永遠の信号待ちをしてる集団に出くわせば禁断の歩道ランナウェイを披露するわ、もはや走る法律違反状態である。
「ホホホーイ! なんてスリリングなのじゃ、ピッピーとやらは!!」
「ミャッミャァァァァァァァン!」
「はーっはっはっは、あらよっと! さあ次はどっちに行くんだ!?」
「そこのを走っとるシロクロの変な車を目安に右へ行き、あのクソデカいシロピッピーを超すのじゃ!」
「ゲッ、あれパトカーと救急車じゃねえか……うう、捕まらないとは分かっていても警察の目の前で”交差点内追い越し及び緊急走行中の救急車をイエローカットでちぎる”のはヒヤヒヤするな……」
「急になにをビクビクしてるのじゃ」
仕方ねえだろ、あの恐ろしいシロクロの悪魔と人の命を扱うシロデブピッピーの前ではあまり変な行動をしてはいけない、と体に刷り込まれてるんだからよ。それにどう見てもあの2つの組み合わせはどっかで事故かなんか起きて緊急搬送中だろうから気が気でない。あー、ホントビクビクするわ。
「ええい、ジーザス!!」
「ええ、そんなに気合い入れないとシロクロに近づけないのか。さっきは海沿いでフナジャイル轢いてたのに……」
「フナジャイルは虫だからいいんだよ! あー、ソワソワした。それじゃもっかいぶっ飛ばしていくぜェェェ〜」
「うにゃにゃ〜」
「うーむ、車の運転というものは色々と大変そうじゃのう。あ、曲がるとこ通り過ぎたのじゃ!」
「おーいおいおいおい! ここ狭い道だから転回できないぜ!?」
「バックすればいいのではないのか?」
「……そ、そうかッ!」
後方に車がいたら無闇にバックしてはいけないと頭に刻み込まれていたが、今はどんだけバックで逆走しても大丈夫だったんだ!
とはいえ公道ど真ん中を長い距離バックする経験などないので、ついつい俺はゆっくりゆっくり、サイドミラー2個をキョロキョロ見比べつつガバっとリアガラス越しに外の様子を伺いながらソロソロと下がる。どのくらいゆっくりかというと、カーナビが停車だと認識してテレビの映像を付け始めるレベル。
「のう、もうちっと早く下がれぬのか?」
「無理。ぶつける」
「そ、そうか……ふぅ〜、しかしこのシートベルトとやらは窮屈じゃしヒゲが刺さって気持ち悪いのう。ちょっと外すか」
「ポーン! ポーン! ポーン!」
「ミャ、ミャミャァァァァァァァ!?」
「な、なんじゃなんじゃァァァァ!?」
「うおおおっ!? 二人ともおち、落ち着けェェェ!!」
シートベルト未装着のちょっと恐怖をそそのかす警告音が突然車内に鳴り響き、マキマキおじさんとアグニャはビックリ驚天してバタバタと動き回る。アグニャはその持ち前の巨体でプラスチック樹脂製の軽量なケージをガタガタとひっころがし、マキマキおじさんは音の出どころを探ろうとシートから身を乗り出し、フロントガラスやダッシュボードを触りまくる。
アグニャはともかくマキマキおじさんはサイドミラーを塞いだりしてめちゃくちゃ運転の邪魔をしてくる。あっ、無理! 擦る!!
「ズガガガガガガガガァァァ!!」
「ぬ、ぬわー! なんの音じゃァァァ!」
「縁石に当たったねぇ」
「おぬしよく冷静でいられるのぅ……」
「このスピードで縁石にゆっくりぶつかる程度なら被害はほぼ無いからね。さ、曲がるか」
「グッグォォォ……ドッシン!」
「ぬおおお、今度は床が持ち上がったのじゃァァァ!?」
「大丈夫大丈夫。さ、次はどっちだ?」
「な、なんか怒っとる?」
いくら車に乗ったのが初めてとはいえ、運転中に落ち着きなく動き回り視界を塞ぎまくって、挙げ句の果てには縁石に乗り上げたりしたから若干俺の心はイライラしていた。
けれど初めて車に乗ったマキマキおじさんは同乗者としてのマナーなんて分かるわけないだろうし、そもそもこうして時間を止めてくれたおかげで外的ストレスは完全に無の状態で運転できるのだから、感情に流されて怒鳴ったりするのは非常に器が小さいってもんだ。けれど俺は小物であるからイライラが顔や行動に少し出てしまった。そんな申し訳なさそうな顔しないでくれ、マキマキおじさん……アグニャも怯えないでくれ……
「お、怒ってないぜ! そうだ、二人とももう30分くらい車に乗って疲れただろ。ちょっとそこの自販機の前で休憩しよう!」
「みゃん〜!」
「おお、自販機! ワシ、お金持っとるから労いの意を込めておごるぞい」
「えッ!? マキマキおじさんこの世界の……というか日本円持ってるの!?」
「失礼じゃのう〜!! ワシ、神ぞ? 全国の海辺に建てられた魚魂碑に供えられた小銭、ワシのじゃぞ」
「ええ、あのお金って日本の神さまとか釣った魚に対して供えてるものじゃ……」
「ふっふっふ、実はそこには不平等を解決する画期的システムがあるのじゃ」
懐からジャラジャラと古びた小銭を取り出しながらマキマキおじさんは得意げに語る。ホントはチョロまかしたりしてんじゃないだろうな。ていうか昭和27年の10円玉とかひっさしぶりに見たわ。どんだけ昔の小銭持ってんだよ。今や平成20年の小銭ですら古びて見えるのに……
「そなたは道端のお地蔵やらさっき言った魚魂碑、外国じゃとトレヴィの泉なんかにお供えされた食物や小銭はどういう形でワシら神へ届くか気になったことはないかの?」
「あー、言われてみれば。ていうかお供え物ってちゃんと神さまに届いてたんだな」
「実はな、お供えされた物品は実体は賽銭箱などにあるまま、一度天界へと昇天してくるのじゃ!」
神社の賽銭箱に10円を入れると、賽銭箱の中にある10円はそのままに、10円が入れられたという情報が天界にて集計されるとマキマキおじさんは言う。なかなか高度な世界観なのね。
「そして天界へやってきた10円玉の情報は、どこで、どういう神に供えられたかによって振り分けられて、共有ゾーンへと保管される。ほれ、この10円玉は日本の川辺の祠に備えられていた物じゃ」
「おお、まるで川底に放置してたかのようなサビ!」
「共有ゾーンにはそれぞれのお供物に関係してる神だけが入れる仕組みなのじゃ。ワシは海神じゃが、川はやがて海へ流れ着くのでこの10円をもらう権利があるということじゃ」
「じゃあ地鎮に関する奉納や成長祈願のお供えは……」
「ワシはもらえないのう。地鎮はワシの母ちゃんが、成長祈願は|恵体の負け負けおじさん《巨神アトラス》がそれぞれもらえる」
「なるほどなぁ」
でも待てよ、その話では賽銭箱の中には10円玉が残ったままだけど、天界へ昇華したという10円玉はどっから出てきたんだ? もし10円玉が勝手に増えたとなれば大問題だぞ。
「ふっふっふ、10円増殖問題に疑問が湧いた顔をしとるのぅ」
「あ、分かる?」
「安心せい。ワシらは最終的には”賽銭箱の中の10円玉”を使っておる。考えてもみろ、お供えした食物や金品はその土地の管理者などが回収し、その後は誰とも知れず処分されておるじゃろ?」
「処分って言われると儚いな……」
「この10円玉は銀行に預けられて流通の波に乗った。それはつまり、もう誰にも行方が分からなくなった物体じゃ。その過程でコッソリとヒマしてる神々が回収しとるんじゃよ」
思わず俺の口からはへぇ〜という間の抜けた声が漏れた。そうなのか、ちゃんとお供えしたおにぎりとか小銭は神さまたちの元へ渡っていたんだな。正直なところ俺は全く宗教を信じないタイプだからお賽銭とかは神社のポケットマネーになってんだろうなぁ、としか思えずなかなか100円とかを入れる事は無かった。
けれどこうして実際に神さま本人の口からちゃんと信仰は受け取っているぜ! と語られると、お地蔵様にお団子くらいはお供えしてみてもいいなと言う気持ちになる。我ながら中々のチョロさである。
「さ、謎が解けたところで好きな飲み物を選ぶがよい! ほれ、小銭なら山ほどあるからのぅ!」
「みゃ〜! みゃん〜」
「じゃあせっかくだしマキマキおじさんが選んでくれよ」
「よしきた! それじゃ……シークァァァァァサージュースと洒落込むとしよう!」
「あ、アグニャは柑橘類ダメ」
「なんじゃと……シークァァァァァァァァ! が飲めないというのか」
「うん」
ガックリと肩を落としながらもジャラジャラと小銭を入れながら、俺と自分の分のシークワーサージュースを購入している。アグニャもちょっと飲みたそうに見ているけどシークワーサージュースはもしかしたらリモネン含有してる可能性があるからダメだよ。というか炭酸ジュースだから飲むに飲めないだろうし。
「みゃあ……」
「仕方がない、それじゃこっちの体に良さそうなトマトジュースじゃ」
「ダメダメ、この自販機のは食塩添加だから塩分過多になる」
「それじゃ野菜ジュース!」
「もしタマネギが入ってたらお腹壊して血尿出るぞ!」
「じゃあこの中だと何が飲めるのじゃァァァ!?」
「甘酒」
「あッ……甘酒!?!?!?」
「あと冷やし飴」
「ひやしあめ……!?!?!?」
もちろんこの2つもどちらかと言えば飲めるには飲めるというだけで、週イチのご褒美感覚で頻繁に与えてしまうとネコの体調に良くない。最もネコの体にやさしいのは結局綺麗なお水しかないのだ。
けどマキマキおじさんは自販機の棚を飾る2種の和風飲料を躊躇なく買っていた。アグニャのためにホイホイジュースを買ってあげるとは健気な物である。俺も人のこと言えないが。
「こんな変わった飲み物が逆に飲めるとはナゾじゃのう」
「みゃん〜」
「ふむふむ酒粕が入ってないから大丈夫だな。でも念を入れて甘酒も冷やし飴も水で薄めてから飲ませるぞ」
「ワシはちっとも分からんからそなたに任せる」
「そうか。まあそのほうが安心だしな」
「にゃあん」
エアコンの効いた車内で俺たちは各々冷えた飲み物を口に含む。マキマキおじさんはシークワーサージュースを一気に流し込みクァァ〜キクゥ、と炭酸の刺激に酔いしれている。
アグニャは冷やし飴の爽やかな甘みを優雅に楽しむと、次は甘酒をペロペロと舐めてしっぽをゆらゆらと揺すり、なぜかコロコロとシートの上を転げ回る。どうやら酒と聞いて酔うものだと錯覚したようだ。アルコール完全0の甘酒なんだけどな、これ。
「グフゥー、やっぱシークァァァァはうまいのぅ」
「みゃん〜! うみゃうみゃ」
「ところでおぬし……その全部混ぜ汁はどんな味なのじゃ?」
「これか? うーん、甘酒のまろやかさが炭酸果実で臭みに変貌し、追い打ちでネチャついた甘さが襲いかかってきてる」
「実にまずそうじゃの」
「にゃあ」
だってアグニャに冷やし飴と甘酒を1本まるまるあげるわけにはいかないだろ。だから俺はシークワーサージュースとこれらをひとまとめにして飲んだだけだ。
ともかく俺たちはひとときの休憩と水分補給を終えて再びエシャーティ探しのドライブへ戻る。待ってろよエシャーティ、もうすぐ見つけ出してやるからな!
医者「それじゃエシャーティ、移動の準備が出来たから行こうか」
エシャーティ「ありがと! でも急患でも無いのに救急車で運ばれるのは何だか悪いわね」
医者「仕方ないだろう。キミが移動するためには事前に色々と車両の手配とか人員割当とかしないといけないのに、いきなりワガママを言うから」
エシャーティ「はいはーい、ごめんなさいねー」
エシャーティ(……にしてもパトカーまで付けるのはちょっと大袈裟すぎない?)




