冴え渡るアグニャ
メシも食い終わったしアグニャと一緒に車へ乗り込んでさあ出発だ! というところで大きな問題にぶち当たった。それは……
「エシャーティってどこの病院にいるんだ……?」
「みゃん〜」
「というか何の病気なのかも知らないから消化器系なのか循環器系なのかとかもわからないし、そもそもこの街の病院にいるのか?」
「にゃん……」
「アグニャ、なんか効率よく探す方法無いかなぁ」
「みゃ! ズドドドド」
「おわ、急に走り回ってどうした」
狭苦しい車内を猛烈な勢いで走り始めるアグニャ。後部座席を倒し少し開けた空間を行ったり来たりしている。しかしよく見るとなぜかまっすぐではなく、規則正しく斜めに行き来しているがこれは一体……?
「みゃあ〜! ズドドドド!」
「うーむ、よく見るとうんこ回収袋と置き傘の間だけを往復してるな」
「みゃあん、みゃあん」
「お、なんか袋と傘の中間地点で爪研ぎを始めた……あ!」
アグニャの奇妙な行動により俺の老いた頭は刺激され、アグニャの思いついたアイデアを華麗に受信した。そう、キーワードは地震だったんだよ地震!
エシャーティやアグニャを亡き者にした地震はこの街だけを停電にした非常に小規模な地震だった。ということはこの街の病院にエシャーティがいることは確定している。それをアグニャは一定距離を行き来することでエシャーティは特定の範囲にいるよ、と伝えたのだ。えらいぞ、気が利くぞ、賢すぎるぞアグニャァァァ!!
「エシャーティの重病ぶりからして、きっと一番大きな病院かそれに次ぐ規模の病院にいるはずだな。よし、だいぶ探すアテがついたぞ!」
「みゃん!」
「えーっと、それじゃあマップルンを開いてっと……」
「みゃ、みゃあ……」
「おい、そんな目で見るなアグニャ。紙の地図だってバカにならねえんだぞ」
「ぺしぺし」
「あっ! 付録の携帯トイレ引っ掻いちゃダメ! もしものときに使うんだから!」
”まっぷるん”はカーナビどころかスマホの地図が発達している現代でも未だに需要がある貴重な雑誌類の一つだからな。ちなみにライバル地図の”ぶるる”はとあるギネス記録を持っている事もあってか、今の電子書籍隆盛の時代でも売り上げを死守していたりして強い。俺は車で移動することが多いのでまっぷるん派だけど。
「み゛ゃん゛!」
「あ、あァー、ズタズタだよ……」
「みゃん〜」
「まあいっか。さてと、この街で一番大きな病院はっと」
「すりすり」
「え、えっと、一番大きな病院……」
「みゃ?」
「……紙の地図じゃどの病院がデカいのか一目でわからねえ!」
これは盲点である。索引から調べても県内の病院があいうえお順で乗っているだけだ。大学病院や市立病院、総合病院などの名前からして大規模そうな病院を一纏めにしてくれたらありがたいのに……いや、そんな超限定的な要望にいちいち応えてたらキリがないわな。
「仕方ない、スマホでこの街の大きい病院を調べるか……」
「ジロリ」
「なんだよ、結局スマホ使うのかよって目で見ないでくれよ。ほら爪研ぎに使っていいから」
「ふみゃー! バリバリバリ……」
「さて、それじゃ出発するとしますかね」
スマホで”現在地から 一番近い クソデカ病院”と検索をかけたら出るわ出るわ最新設備の整った最寄りの病院たちが。合間合間に別の県の同名市にある病院が出ちゃってるのもまた愛嬌だ。こういう機械というのは若干ポンコツなほうが人間味を感じて俺は好きだね。
運転中の安全のためアグニャとまっぷるんを移動用のキャリーケースに入れて、俺たちはようやくエシャーティ探しの旅へと向かうのであった。
x x x x x x x x x x x x x x x
大学病院……いない。
市立病院……いない。
総合病院……いない。
「な、なんでこの街屈指の大病院にいないんだよォ!」
「みゃあ……」
「しかしこの街はデカい病院が結構あるんだな。どこもあの小さな地震くらいじゃ患者の命に関わるような停電しそうになかったけど」
「ふみゃ〜」
「うーむ、また手詰まりだ。できれば地震が起きる前に見つけ出しておきたかったんだけどな」
きっとエシャーティも自分で地震による死を避けるために色々と動いているはずだが、聞いたところによればあいつは動くこともままならない重病人だそうだから万が一という事もある。
それにさ、地震が起こる前に見つけ出したほうがカッコいいじゃん。まあ今手詰まりなのだが。
「こんなとき、探し人のところへ一瞬で連れて行ってくれる神みたいなヤツがいればなぁ」
「みゃ、みゃあ!」
「どうしたアグニャ、そんなヒゲをピクピクさせて。器用だな!!」
「ぷ、ぷるぷる!」
「お、うんこか? 待ってろ、今キャリーケースから出してやるからな」
助手席に固定されたキャリーケースの上半分を開放してあげると、アグニャはかわいらしくピョイーンとジャンプして口にくわえたまっぷるんを助手席へ吐き捨ててほじくる! や、やめろー! それはトイレシーツじゃないぞー!
「うみゃみゃみゃみゃみゃ!」
「おいおいおい、なんだなんだ!?」
「ふにゃっ」
「もしかして何か伝えようとしてるのか!」
「みゃん〜。ペシぺシ」
ズタズタになってしまったまっぷるんの上に座り込みしっぽでベチベチとはたいている。そういえばアグニャは異世界で地図を見せたときに見方が分からないと言っていたので、ヒマな時にどういう風に見ればいいのかを教えていたのだ。
すると頭のいいアグニャはすぐに東西南北の概念を理解し、緑色の部分は森、砂色なら山とか谷がある地形だという事も感覚で身につけてしまったのだ。
「なあアグニャ、ホントに異世界で過ごした記憶が無くなっているのか……?」
「みゃん〜」
「ま、それはまた今度ってか。分かったよ、地図のどこを見ればいいんだ?」
「にゃあ!」
「……なるほどな。アグニャ、やっぱりお前は頭が回るネコだな」
「スリスリ」
ズタズタになったまっぷるんの一際大雑把に記載された地形をしっぽで指して、アグニャは誇らしげに俺から教えてもらった知識を活用してくれる。アグニャが指した地形は……そう、かつてずっと目指していた海だった。
「そうだよ、海に行ってマキマキおじさんに頼めばエシャーティのトコへ案内してもらうなり連れてってもらうなりできるじゃん!」
「みゃん!」
「すっかりマキマキおじさんを頼るのを忘れていたぜ。ナイス発想だ、えらいぞアグニャ!」
「ごろにゃぁぁぁぁん」
「ほら、ご褒美にゼリーちゃんあげる!」
「みゃみゃ!? ぴょんぴょん!」
家から持ってきていた紙皿の上にアグニャの好きなフランス直輸の有機栽培チキン使用パウチフード(一袋400円、輸入費用別)を開封してあげると、もう待ち切れないといった様子で一心不乱に柔らかい鶏肉を食べる。あまりの興奮した食べっぷりに、アグニャの顔を彩る長いヒゲや小さなアゴにスープが付いてしまっている。
「異世界ではこんなうめえもん無かったもんな! 久しぶりのおフランスの味はどうだ?」
「フニャァァァン、コロコロコロ……」
「そうかそうか、エッフェル塔から望むセーヌ川と、そこを優雅に泳ぐパウチフィッシュが口の中で広がったか!」
「みゃん! みゃみゃーん!」
「さすがはアグニャだな! ”本物”が分かる美食家のにゃんこだけあって俺も高い金出して個人輸入した甲斐があったぜ」
まあ今あげたパウチフードの中には魚なんて入ってないんだけどな! 肉はチキンオンリーでスープは野菜由来のエキスだけどな!
ちなみにこのパウチフードは5個入りで400円とかじゃなくて1食につき400円である。内容量は板チョコくらいしかないのに400円。だけど飼い主も一緒においしく食べれるほどの味で、実際俺も食べたことあるけど、まさにチキンベースのブイヨンといった絶品で400円+輸入費用数千円の値付けが安いと思えるほどだった。
「くしくしくし」
「食べ終わったか。さて、それじゃ最寄りの海を目指して出発だ!」
「み゛ゃ!」
「なんだ、うんこか!?」
「ズッシャズッシャ」
「うおおおお、窓開けないと……!」
全部の窓を数センチだけ開けたり、エアコンを外気導入にしたり、消臭スプレーを取り出したりしてアグニャ臭の襲来に備える。そういえば久しぶりにニャンコロアグニャの排泄シーンが見れるチャンスだし、じっくりと見て運転の疲れを癒やしてもらおう。
「ぷるぷるぷる」
「……」
「みゃ、みゃあ……」
「す、すまん、お邪魔しましたー」
腰を落として気合を入れて踏ん張ってるアグニャを見たらなんだか気まずい雰囲気になってしまったので、思わず謝罪して見るのをやめてしまった。
なんか異世界で過ごした美少女状態のアグニャが脳裏に浮かんで直視できなかったし、アグニャも若干照れくさそうな声で鳴いたし……
でも一仕事終えてトイレハイになったアグニャを見たら気まずさとか小っ恥ずかしさはどこかへ飛んでった。さてと、後部座席に現れた見事なうんちを始末したらマキマキおじさんへ会いに行きますかね〜。
※豆知識
フランスを流れる広大な河川、セーヌ川には実際にパーチという名の食用魚が泳いでおり、現地で釣りを楽しむ人たちに愛されています。
作中ではパウチフィッシュと表記しましたが、実際にはパーチをパウチやパウチフィッシュと呼ぶことはありません。




