命日への帰還
みゃん〜……
みゃん〜……
にゃん〜……
みゃあ〜……
「うーん……」
「にゃん〜!」
「ぐぇ、重てえ」
「みゃん!」
「うわ!?」
ふと目が覚めるといつものようにアグニャが俺の腹に鎮座して、トイレにぶっ放したうんこを取り替えろと鳴いていた。かつて繰り返していた最悪な一日の最高な始まりだ。
枕元で充電されているスマホを見ると……
「戻っている……!」
「にゃん?」
「アグニャが死んだ日の朝に戻っている!」
「ふみゃ〜」
「アグニャ、その姿は久しぶりだな。ほらわしわし!」
「ゴロゴロ……」
久々のモッサモサ・ジャイアント・ネコもとい本来の姿のアグニャを布団の上で転がしながら撫でまくる。俺の命を何年も支えてくれた偉大なにゃんころにやっと再会できた興奮からついつい時間を忘れて撫でてしまう。
全身を好き勝手されてしまったアグニャはクソを終えたばかりだというのに、排泄物のカス一つも見当たらないケツを見せびらかしながら喜んでいる。ああ、やっぱりネコのアグニャは史上最高にキュートだ……
「ふみゃぁぁぁん」
「むふふ、かわいいねぇ」
「ペロペロペロペロ」
「おっおっお礼か?」
「……カァッ!」
布団を転げ回りながら俺の足を舐めたアグニャは、強烈な表情を露わにしながら動きが固まってしまった。時たまを見せつけるこの表情も久々で新鮮だ。
っと、再会の喜びでつい感傷に浸ってしまいそうだった。だんだん頭も冴えてきたし一度やるべきことを思い返してみよう。
「えーっと、とりあえずアグニャを生かすために今日は仕事を休んで……」
「みゃん〜」
「そうだ、エシャーティを探さないと!」
「うみゃ」
「アグニャは忘れちゃっただろうけどな、俺たちのはじめての友達だ。必ずまた会おうって約束したから絶対に見つけ出すぞ!」
「にゃん!」
「あとはお前の母親にも会わないとな……」
「みゃん〜」
なんか心なしか以前よりも正確に言葉を理解しててる気がするな。もしかしたら異世界で過ごした記憶自体は無くなったけど、その中で身についた無意識下の経験は体が覚えているのだろうか。なんにしても賢すぎるぞ、アグニャ!!
「アグニャ、もしかして俺の言葉が分かる?」
「んにゃ?」
「そうだな、言葉が喋れないから伝えにくいよな。それじゃアグニャ、まず何をしたらいいと思う?」
「みゃっみゃ〜」
みゃっみゃ〜……もしやピッピーと言っているのか!?
「ピッピーか!」
「みゃん!」
「……そうか、まずはピッピーに乗れって事か。車に乗らないとエシャーティのいる病院探しも、ペットショップへも行けないもんな」
「ぷるぷる……」
「!?」
今度はなんか布団の上でおしっこするような体勢をしているぞ!
アグニャはトイレトレーニングを完璧に躾けているのでわざとじゃない限りはこんな事しないはず。そもそもさっきトイレを終えて俺に伸し掛かっていたし。
「ということはこれも何か伝えようとしているのか!」
「ぷるぷる……」
「この動きはぷるぷるだから……ぷるぷる、プルプルプル、プルルルル……あ!」
「にゃあ〜」
「職場に電話しないと!」
「みゃん」
危ねえ危ねえ、無断欠勤しちゃうとこだった。アグニャったら気配りまでできて偉いんだからぁ。とりあえず腹も減っただろうしお皿にはデラックスカリカリを入れてあげて、俺は職場に電話するとしよう。はぁ、憂鬱だなぁ。休みの電話入れるのめちゃくちゃハラハラするよな。やだなー。久々だからすごい怖いよ。
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「お前さぁ、当日欠勤とか舐めてんのか?」
「すいませんどうしても頭痛が酷くて」
「俺、熱40度でも現場出るよ? お前甘くない? だいたいお前どう見ても頭使ってないような要領の悪さなのに、どうしたら頭痛めるんだよ。ハゲ、おい、聞いてんのか?」
ガミガミるせえなぁ。俺バイトなんだからバックレないだけマシだと思えよガキが。イキってんじゃねえぞ、こっちは病人(という設定で休もうとしてる健康体)だぞ。おだまり。
「はぁ、すいません」
「その返事! 何が悪いのかも分からんクセに、とりあえず謝っとけばいいだろって見え透いてんの!」
「自分、もう40ですのでどうしても体力が……」
「あのさ、それ俺に関係ある?」
「ない、ですね」
「俺と同じ仕事を俺と同じ給料でやってんだから、そんな事は言い訳にならんの、このボケが!」
「すいません……」
あ、なんか若干聞いたことのあるような流れ来た。これは第一話のやつだ。クソが、なんか嫌な思い出が蘇ってくるじゃねえか。イビられながら頑張って働いて、家に帰ったらアグニャが死んでて、ヤケクソで自殺して……って。ああクソ、ムシャクシャしてきた。あ、無理!
「ボケがァァァァァァ!! クソガキャおんどれェェェェェェェ!」
「あ? なにキレてんだハゲ。てか元気じゃん、仮病かよ。救いようのないカスだな」
「ふにゃ〜、スリスリ」
「おーアグニャ、よちよち!」
「なにネコと遊んでんだゴミ! 早く出社しろツルテンピーカ!」
「ぷるるるる! あ、もしもしこちら退職代行サービスです! あのですね、俺もうバックレるので二度とこないで〜す! 給料は日割で振り込んどけよビチグソ野郎!」
「おいハゲ来ないとぶっ飛ばすぞ! なにが退職代行だよぶち殺すぞ!」
「必殺!! エリミネーション!! ブツン!」
「あっおい切るな……」
まだなんか言ってるけど俺は忙しいんだよ。クソガキのご機嫌取りながら過酷労働してる場合じゃねえんだ。あばよビチグソ!
通話を強制終了しても鬼のように着信が来るが、相手してるヒマなどないので着信拒否に設定して静寂を取り戻す。しかしこんな事になるなら黙ってバックレたらよかったなぁ……
「ははは、無職になったよアグニャ」
「もしゃもしゃ」
「カリカリうまそうだな〜。いっぱい食え!」
「みゃん〜!」
「さ、俺も久々に文明的な食事でもするとしよう」
アグニャのために様々なカリカリや缶詰、パウチフードがみっちりと詰まった食料棚の奥で窮屈そうに潰されている文明的な食料……カップ麺を発掘。数年前の干支がモチーフになってる元旦仕様パッケージだけどまあカップ麺だし食えるだろ。
「えーっと、水……下に降りたらクソババァがうるさいしアグニャ用のお水使うか」
「にゃあ!」
「おいおい、にゃあじゃないよ。おじちゃんにもミネラルウォーター使わせてよ」
「ドシン!」
「……あ、そっか」
演技がかったようにわざとらしく倒れ込むアグニャ。一体なんで水に反応してるのか分からなかったが、もしかすると……
「死ぬ直前までお水飲んでたもんな」
「にゃあ!」
「水飲み器の前で倒れてたんだよな」
「すりすり」
「お前、やっぱり記憶が……」
「ごろにゃん〜」
マキマキおじさんは神獣を生贄にしてこの世界へ戻ると、生贄の持っていた記憶は消えてしまうと言っていた。しかし先ほどからアグニャの様子を見るに、どうにも記憶を失っている気配があまり感じられない。
けれど今のアグニャとは言葉が通じないので異世界で過ごしていた記憶が残っているのかどうか確認する術はない。言葉が通じずとも鳴き声や素振りでかなりの意思疎通は出来るけど、それでもやはり限界がある。こういう時の歯痒さといったら筆舌に尽くし難いものだ。
「にゃん!」
「ま、考えてても仕方ないな。とりあえずメシ食って出かける準備をしようか」
「みゃん〜」
エシャーティ「ホントに日本へ戻ってきてる……!」
医者「どうしたんだいエシャーティ。早くドナーから健康な臓器をもらいたくてウズウズしてるのかな」
エシャーティ「うぐぐぐぐぐ! か、体が、お、重たーい!」
医者「おいおい、君ともあろう患者が無理に体を動かそうとするなんて珍しいじゃないか」
エシャーティ「ね、この病院はダメ! 受け入れられ拒否! 別の病院に向かって!」
医者(なんかヤケに元気だなぁ。やはり健康体になれるという現実を前にして心躍ってるのだろうか)




