さらば異世界
ずっと変わらず朝焼けに照らされ煌めく海の上で、アグニャとマキマキおじさんは寂しそうな表情を浮かべながら別れの挨拶をする。
「それじゃおじちゃん、元の世界に戻ったらまたよろしくみゃあ!」
「たまにはどこかの海に寄ってワシに会いに来てくれ〜」
「ううっ、ほんとにアグニャとお別れなのね……」
「そう泣かないでにゃ。元の世界でまた仲良くできるみゃ〜」
「そうだぞ。だから俺たちはとにかく明るい気持ちで行かなきゃ。これがこの世界最後の時間なんだから」
ここで過ごしたアグニャの記憶は消えてしまうが、それでもみんなで笑い合った記憶で締めくくるほうが良いに決まってる。だけどエシャーティは最後の別れ際になってから急に悲しい気持ちに襲われてしまった様子である。泣いてる顔も艶やかでキレイ。羨ましい。
「せっかく最高のお友達が出来たのに、もうお別れだなんてあんまりよ……」
「俺も今まで友達がいなかったから気持ちは分かる。けどなエシャーティ、永遠の別れというわけじゃないから泣くなよ」
「そうだミャ。次会う時はちょっとスタイリッシュににゃってて言葉が通じニャイだけだみゃ〜」
スタイリッシュ……? ネコの姿のアグニャはデカニャンコではあるけどスタイリッシュだったかと言われると若干疑問だぞ。どちらかと言うとゆるキャラタイプだろお前。
でもこんな普段通りの会話を交わしていたらエシャーティの中でどこか踏ん切りがついたのか、ようやく涙を止めていつもの凛としたキメ顔に戻ってくれた。
「ぐすん……わかった。あたしたちが記憶を失わないだけでも御の字だもんね」
「それじゃそろそろ始めるとするかの。ほれアグニャよ、ワシと天界へ行くとしよう」
「みゃん〜、生贄って食われるんじゃにゃいのみゃ?」
「生贄といえば聞こえは悪いが、天界へ行き色々と儀式を経て、再び元の世界へ送還してもらうだけじゃぞい」
「なるほどな。それなら俺も安心して送り出せるよ」
正直生贄とか言ってたからマキマキおじさんが俺たちの目の前でアグニャをぶっ殺したりしちゃうのかと思ったが、意外にも事務的な行為のようで安心した。天界へアグニャを送り出すと言うと少し不安だけど、信頼できるマキマキおじさんがついてるのなら安心だ。
「じゃあアグニャ、マキマキおじさんの言うことを聞いて、もし怖かったらすぐにマキマキおじさんに助けてもらうんだぞ」
「分かったにゃ!」
「うんことしっこは済ませたか?」
「大丈夫だみゃ」
「腹が減っても金ピカのリンゴとか食ったら駄目だからな」
「みゃあ」
「そうそう、羽根が生えてて頭に光る輪っかつけたチビは鳥じゃないから捕まえたらダメだ」
「にゃ〜」
「ちょっとあなた、名残惜しいのは分かるけどクドいわよ……」
いいやそんなことはない。今まで俺はアグニャに先に言っておけば問題を回避できたのに! という愚行を何度も繰り返しているからな。事前にここは人が多いぞとか、はぐれた時は元来た道へいったん戻ればエリミネーションで敵を壊滅させてるから安心だぞ、とかな。
そんな俺の親心を察したのか、マキマキおじさんはため息を吐きながらちょっとした提案をしてきた。
「そんなに不安ならなるべく天界に住むやつらと会わないよう行動するぞい」
「え、マジで? どう思うアグニャ?」
「なんでもいいミャ」
「よしじゃあお願いするぜ!」
「了解じゃ。さ、それじゃそろそろ……」
……うん、もう何の思い残しもない。けど銀色の髪をなびかせた美しい姿ももう見納めかと思うと、どうしても心が張り裂けるような苦しみが突いてくる。短い間ではあったが、一秒一秒がとても輝いていて楽しい時間だった。でも……
「みゃあ〜……」
「それじゃあね、アグニャ……」
「……」
「おじちゃん?」
「ほら、あなたも最後のお別れ言いなよ」
でも……!!
「……行くとするかのう、アグニャ」
「おじちゃん!」
「何か言いなさいよ、エリミネーター!」
でもッッッッッッ!!
「アグニャッ! 俺はまだお前に言ってない事がある!」
「みゃ!?」
「うわ、腹決めるのが遅いぞおぬし、もう天界への移動が始まってしまう!」
「もー、モタモタしてるから! ほら早く言いなさいよ!」
パァァァと後光を纏いながら海上から神々しく天へ昇っていくアグニャとマキマキおじさん。それでいい。今から言うことは小っ恥ずかしくてアグニャの反応を見たくない事だからな。よし……言うぞ!
「俺は……」
「俺はアグニャの事が大好きだァァァァァァ!」
「無邪気に遊ぶアグニャが、興味津々で草を食べるアグニャが、海にビビってるアグニャが大好きだッ!!」
「ずっとずっと言いたかったんだ! アグニャァァァァァァ! アグニャだいすき! どんな姿だったとしても俺はアグニャが大好きだからな!」
「何度離れ離れになったとしても、必ずまた再会してやるから安心して天界へ行ってこーい!」
「うっ、ぐしゅ、うおおおおおおん!」
「お、おじちゃん……! みゃん! みゃん〜! ふみゃァァァァァァん!! ゴロゴロゴロゴロ!」
今までアグニャにどうしても言えなかった”大好き”という一言がようやく言えた。それを聞いたアグニャも喜びを露わにしてフリフリと尻尾を振り、甘えたそうな声で俺の返事を反芻し、そして興奮しながらノドをゴロゴロと鳴らしまくっている。
言ってよかった。勇気を出してよかった。どうせ記憶が消えるならばと思い切ってよかった。よかった、よかった、よかった!!
「全く、聞いてるこっちが恥ずかしいくらいアグニャ好き好きなんだから……」
「ほんとじゃよ」
う、うるせえ。ペットが好きで何が悪い。
ところでさっきから俺とエシャーティの周りに点々とした光が浮き始めているが、これは何事だ?
「来た! 元の世界へ戻るための導線が現れたのじゃ!」
「え、もう!?」
「それじゃワシらは天界へ、おぬしらは元の世界へ……クァァァァァァァ!!!!!」
「ぎゃあ〜!? あなたね、最後の最後までその体液ぶっかけるヤツで通すワケ!?」
「ぶみゃあ! 顔に掛かったみゃ! きちゃにゃいミャァァァァァァ!!」
「う、うおおおおおおお!?」
憎たらしいくらいに眩しくてずっと同じところを照らし続ける朝焼けと、神々しく俺とエシャーティの周りで輝き続ける光の点たち。
そして天に昇りながら口から汚水を撒き散らしみんなにキモがられるマキマキおじさんが、俺たちがこの異世界で見た最後の光景であった。マキマキ汁を浴びた俺たちは、視界を光に覆われてふわふわとした感覚に襲われながら静かに意識を閉じていく。ああ、汚え最後だぜ……
イブ「あれからしばらく歩いたが、ずっと海と砂浜しかない……」
アダム「そう不安そうにするなイブ! のんびりと海水浴でもしながら、アトラス様がリスポーンできる時が来るのを待とう」
イブ「しかし……」
アダム「うひょー、魚も海藻もないから楽しくないけど楽しいぜ〜! お前も来いよ!」
イブ「……ふふっ、そうだな。少し海に浸かって頭をスッキリさせるとしよう」




