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かけっこ


 地図を開いた俺はこの世界の単純すぎる地形に思わず頭を抱えてしまった。なんと一つの大きな丸い大陸がドンと一個あり、その周りを海が取り囲んでいるという非常にシンプルな世界だったのだから。そして俺たちのいるガイアの聖地とか言われていた草原の近くの街は、丸い大陸のど真ん中に位置していた。


「うーん、海から一番遠いとこにいるなぁ」

「みゃあ。これどうやって見るにゃん」

「お、アグニャは賢いからすぐ分かるぞ。あのな、こっちがあっちで」

「うみゃあ?」

「俺たちはここにいるよ」

「にゃんにゃん」

「分かってないな」

「にゃーご」


 しかしどこに向かっても海に着くまでの距離はほぼ同じだからどの方角に進むか迷うな。こんなことならあの男を逃がす前に海へ行きやすいルートでも聞いておけばよかった。


「なあアグニャ、どっちに行きたいとかあるか?」

「あ!!」

「どうした、うんこか?」

「違うみゃ。さっきの男が行った方へ行くにゃん」

「それはまたどうして」

「にゃん〜」

「ま、なんでもいいか!」

「にゃあご」


 恐らくあの男は己の方向感覚や覚えている道などを頼りに、最寄りの人里へ向かったはずだ。あんまり人と会いたくない俺は正直この男を追う方角には行きたくなかったが、せっかくアグニャが提案してくれたのだからそっちへ向かうことにした。えーっと、確かあの男が進んでいったのは東の方だったかな。早速行くとするか。


 コンパスを頼りにひたすら東へと駆け抜けることにした俺たちだったが、ようやく人心地ついた安心感からようやく体に疲れらしい疲れが出てきたので、早速すぎるがそこら辺の木陰に寝っ転がって昼寝でもすることにした。そういえば今は何時なのかも分からないし、そろそろ腹も減ってくる頃だが、とにかく今は昼寝だ。なぜかというとアグニャがもう既にゴロゴロし始めてるから。


「ごろにゃん」

「こうして外でのんびり寝れるなんて、前の生活からは考えられないよなぁ」

「そうかにゃん?」

「ああ、アグニャはお出かけした時にしょっちゅう寝転んでたな」

「にゃん〜」


 アグニャは尻尾をゆるゆると揺さぶって心地よさそうに日向ぼっこをしている。なんて気持ちのいい時間なんだ、今の俺なら文句や暴力を振るってくる輩なぞエリミネーションなる謎の力で消し飛ばせるからすっかり自分でも上機嫌なのが分かる。


 今までならアグニャに石を投げられたとしても、怒りこそ湧き相手に掴みかかっていくだろうけど、すぐに返り討ちにあってしまうのが関の山だっただろう。でも今は逆にこっちの言い分を無理やり押し通せる。そう、これからは俺が不条理な理不尽を人々にぶつけられるんだ。


「ふっふっふ……」

「おじちゃん、笑ってるにゃ」

「ああ、ちょっと考え事して」

「うみゃあ、暇なら一緒に寝るにゃ」

「そうしようか。ほら、おいで」

「にゃああん」


 木にもたれ掛かる俺の膝にスポッと飛び乗ってきて、ちょこんと丸まって眠る体勢を整えるアグニャ。かつてのネコの姿だった時よりも絶対に重くなっているはずなのに、俺の体が異世界に来て強くなったのか、まるで以前のしっくりくる重みのままでアグニャを膝に乗せることができている。


 丸まって耳をピクピクさせてるアグニャをのんびりと撫でながら、俺はうとうとと意識を夢の中へと飛ばすのであった。


x x x x x x x x x x x x x x x


「アグニャ〜!」

「ご、ごめんにゃさい」

「寝ゲロォ!」

「どうしても草が気ににゃって、体が勝手に……」

「まぁ猫だもんなぁ。しかし着替えはどうするか」

「にゃあ、せめて汚れは舐めるにゃ!」

「ああ、いいから、このまま行くから」

「みゃあ……」


 しょぼんと口を臭わせながら尻尾を伏せて申し訳無さそうにしているアグニャは反省しているのが一目で分かった。そういえばネコの時も粗相をしてしまって俺が後始末をしていると、こういう体勢でジッと見ていた気がするが、あの時も反省していたのだろうか。


 それに猫なんだからゲロうんこシッコは自由奔放にするものだしな。少なくとも今まで俺はそう育ててきたのだから、今さら人間を見習ってそこらの草を食うなとか、トイレは我慢しろとか言うつもりもない。何故なら今度は俺が俺の好きなように全世界を相手取ってわがままを通す気で行くからな。


「一眠りしてスッキリしたし、そろそろ行くか」

「うみゃみゃ!」

「お、競争か? いいだろう、40歳のもがきを見せてやる」

「にゃっにゃっ」


 行くぜおっちゃんついてこれるかな、と言わんばかりの四つん這い姿勢で腰を深く落としたアグニャに対抗して、俺もいつの間にか疲れ知らずとなった剛脚を踏みしめ東へ向かい爆走した。地図の縮尺がわからないのでここから次の村がどのくらい離れているのかは不明だが、まあそのうち着くだろう。


 人と会いたくないとかぬかしている俺がなぜこうして村を目指して走っているのかというと、さすがに今の状況じゃこの世界について分からない事が多すぎるので現地人に色々聞こうと思ったのが一つ。


 そしてそろそろ腹もすくだろうが、村に行けば既に食べられる状態に精肉された食料や野菜が少しはあるだろうと考えたのがもう一つ。結局何をするにも人と接するのが前提な世界のしがらみというヤツが、俺は大嫌いだというのになぁ。


 ドドドドドとまるで俺の脚とは思えない力強さに少し笑っちゃいそうになりながらアグニャと共に草原を駆け回っていると、俺の嫌いだったビカビカのビル広告や乱立する信号機や電柱といった文明の穢れに邪魔されずに見れる、澄んだ夕焼けの神々しさに息を呑んだ。


 オレンジの灼熱は俺たちを焼いたあの青白い朝焼けとは違い、どこかノスタルジックな気分にさせる。シルバーの艶をなびかせるアグニャの汗をキラキラと飾る夕焼けは、今まで女と無縁だった俺にはかなり色っぽく映ってとても印象に残った。



アグニャ「にゃっ、おしっこ!!」

おじ「そういえば何も飲んでないのによく出るな」

おじ「もしかしてこれが歳の違いか……」

アグニャ「おじちゃん、終わったから行くミャ」

おじ「いやでもアグニャも人間換算だとたしか」

アグニャ「早く行くにゃ。余計な事は考えなくていいみゃん」


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