来たれ海神オケアノス
「見ろよイブ、あいつ何の策もなしに叩きまくってるぜ」
「やはり低能の思考回路は野蛮だな」
「ふふん、何の策もないですって? あなたの持つ縁ってやつ、あたしはエリミネーターも持ってると思うんだけどな」
「なんだと!?」
「縁の存在自体をあたしたちは知らなかったから、そうなのかはわからないよ。けど……」
「みゃん! おじちゃんはマキマキおじちゃんと絶対に縁があるミャ」
はぁ〜、クッソ固え。そりゃまあカチカチの石像と化してるから固いわけだが、この世界での俺のフィジカルなら頑張れば石くらいぶっ壊せるはずだろ。しかしどうだ、一向にアトラスは砕ける様子がない。
けれどみんなの前で大見得を切った手前、ドつき回す手を緩めることもできずひたすらベチベチと叩いていた。あー、しくじったなぁ。カッコつけすぎた。
まあでもスタミナは無限なので別にいいか、と内心投げやりな気分で蹴りを放ったら、エシャーティが大声でアドバイスを送ってきた。
「エリミネーター! 縁よ! オケアノスとの縁がカギらしいわよ!」
「マキマキおじさんとの縁?」
「みゃん。にゃにかにゃいにゃん?」
「何か、ねぇ……あ、そうだ」
加護とは違って縁があるだけでは神にダメージを与えられなかったので忘れかけていたが、縁があれば俺もマキマキおじさんを呼び出す事ができるかもしれん。マキマキおじさんを呼んで何とかなるとは思えんが状況打破のヒントくらいはくれるだろ。じゃあいっちょ呼びますか!
「えー、ごほん。あ、あー」
「にゃにをモジモジしてるみゃ」
「そうだよ、早く呼びなさいよ」
「い、いやね、キミ達のように見た目が良ければあの呼び文句もサマになるけどさ。俺がああいうの叫ぶとちょっとキモくない?」
「誰もそんにゃの気にしにゃいみゃん!」
そ、そうか。それじゃ改めまして不肖ながら弱者男性のわたくしが海神たるオケアノスを呼んでみようと思います。マジで言わないとダメなのかな。恥ずかしいぞ。ていうか来なかったら4、5回くらい死ぬぞ俺。頼むぞマジで。
「き、来たれ海神! オケ、オケアノス!!」
「噛んじゃダメよ! もう一回!」
「うぐ……来たれ海神、オケアノス!」
「ふにゃ〜。わだつみってにゃんにゃ」
「う、うるせえ、なんでもいいだろ!」
よく見るとエシャーティも顔を伏せてぷるぷると震えている。こいつ笑いを必死に堪えてますわ。はぁ、見た目が少しでも俺の好みじゃなかったら蹴り飛ばしてたぞ。命拾いしたな金髪。
……お、なんか向こうの海からザザザザザァァァァと大きな波が寄せてくる音がするぞ。これはもしかしてのもしかしてですか。
「……遅いのじゃ〜! ずっと呼んでくれるの待ってたのに〜!」
「マキマキおじさん! ぶ、無事だったのか!」
「なわけあるかこの〜! あんな壮絶な死は生まれて初めてじゃったわ。あー、まだ体が灼けるようじゃ」
「ははっ、ごめんごめん」
いやー、それは悪いことをしちゃいましたなぁ。ホントにごめん。だからその、服をヒラヒラさせて股間をチラつかせるのはやめてくれ。汚い。読者のみんなにも伝わるよう表現すると……そう、ダビデ。分かったかな。え、知りたくなかった?
あのな、無理やり見せられてる俺の身にもなってくれ。そしてダビデのようなブツをプラプラさせながら抱きしめてきてるのだ。わかるか。文字だけの暴力で済んでるみんなは幸せだぞ。
「おいおいなんだか険しい顔をしとるのう……あっ、これアトラスじゃん!」
「そ、そうだった、今アトラスと戦ってたんだよマキマキおじさん! ねえこれどうすればいいかな」
「動かないしほっとけば?」
「そうしたいんだけど、なんか目障りじゃん」
石化しているアトラスはピクリとも動かないので別に危険ではないが、それでも放っといたら俺たちのスキをついて頭上から石化して押し潰したりしそうだしな。それにエシャーティたちも俺がコイツをぶち壊すのを見たがっているし……
「そうか〜。それじゃあアレをするかのう」
「強く願ってそれを叶えてくれるアレか!」
「みゃ!? そんにゃことできるのミャ?」
「そうだよ。あたしもガイアに頼み事したことあるわ〜」
「おお、さっき天界で母ちゃんとその話で盛り上がったぞ! ふふふ、エシャーティよ、そなたも年頃の女だったのじゃな〜」
「ちょっとー!? プライバシーの侵害よ!」
「ほっほっほ、気軽に頼み事をするからじゃ」
え、なにそれめっちゃ気になるんだけど。エシャーティはいったい何をお願いしたんだろう。マキマキおじさんのネチャついた言い方とエシャーティの恥ずかしそうな反応を見ると気になるじゃんね。
「みゃあ、にゃにを頼んだみゃ?」
「それがのぅ〜、」
「オケアノス……あなた、ぶち殺されたいの?」
「じょ、冗談じゃ! エリミネーションはもう嫌じゃ!! あ、あれは想像を絶する破壊なのじゃァァァァ」
「こ、こえ〜。聞くのはやめとこ、アグニャ」
「うみゃ……!」
この物語始まって以来、恐らく初めて誰かに恐怖を覚えた……そのくらいエシャーティの顔は殺意に満ちていた……!!
まあともかくマキマキおじさんに再会して喜びのあまり何をしてたのか忘れそうになったが、アダムたちが待ちくたびれたのか大声を張ってきて目的を思い出させてきた。
「おいコラ、ハゲコラ、エリミネーターコラ!」
「いつまで私達を放置するんだ!」
「まさかそのヒゲ面の邪神を呼んでおいて何もしない、とかじゃあるまいな!?」
「邪神じゃないわい、海の神オケアノスじゃい」
「知らんなァ! 無名なヘッポコ神さんよォ!」
「そもそもオケアノスとは何をした神なんだ?」
「あっ! マキマキおじさんにその話は禁句……」
「ブチ! ブチブチブチぃ!!」
「みゃあ、マキマキおじちゃんもそれ、自分で言うミャ……」
ちなみに俺がブチブチブチぃ! とか言ったのは第三話のことである。奇しくも今のように精悍な男ことアダムに向けて言った(正確には前回も今回もアダムたち)のも相まって縁があるなぁと再認識する。
マキマキおじさんとワードチョイスが似ているというのは若干悲しいけど、それ以上に親近感が湧くし大事な友人であるので嬉しくもある。マキマキおじさんも”あったまって”きたしお願いタイムといきますか。
「アグニャ! エシャーティ! マキマキおじさんに祈りを捧げるぞ!」
「みゃん! にゃにを願えばいいみゃ?」
「俺の拳に……一度限りでいいから神殺しのゆんでめてを……ってな!」
「了解! あなたらしいわね、エリミネーター!」
「うにゃ〜、ネコの手も貸すミャァァァァァァァ」
三人仲良く手を合わせマキマキおじさんへ向けて必死に願いを捧げる。もちろんアダムとイブも俺たちのしようとしている事が何なのかすぐ察し、ドカドカと俺にむかって殴りかかってきた。なんで俺だけ。アグニャたちは殴らんのか。まあ俺以外を殴ろうとしても阻止するがね。
精悍な男というネーミングに相応しい、重厚な鎧を着た上でも分かるマッシヴで恵まれた体格のアダム。女騎士という職業に相応しい、キビキビとした動作と軽快な身のこなしで性別の不利をものともしないイブ。
思えばこの二人は世界中の人々をかき集め、それを整然と率いてこの東の果てまで来るという偉業を成しえるすごい行動力を持っていた。
それに一度完敗を喫し逃走を余儀なくされた相手である俺へこうして威勢よく立ち向かう不屈の心も、世界中が破壊の光に飲まれ海だけになった今の状況でも、決して諦めずに抵抗している。
アダムとイブ……腐っても神であるアトラスから加護と縁まで授かったお前たちは、きっと悪い人間ではないんだよ。だから俺はお前たちを……
「アトラスさまの邪魔はさせるかァァ!」
「俺たち凡人だって一矢報いてみせる!」
「一矢報いる? はははは、それは違うな」
「何がおかしいんだよ、エリミネーター!」
「俺はお前らに勝っている物など何一つない。一矢報いる側は俺だよ。だから……」
「な、なにをしようとしている!?」
「尊敬するぜ、アダムとイブ……エリミネーション!!」
「う、うわ、何するんだヤメロー!」
お前たち二人には敬意を持って一矢報いさせてもらう!!
俺のエリミネーションの掛け声と共に、一瞬だけアトラスが石化を解いてアダムとイブにのしかかった。けれどもう運も尽きたのか、はたまた瀬戸際で身を挺して守ったのが功を奏したのか、アダムたちはすごい勢いでどこか遠くへ吹き飛ばされるだけで済んだ。いや、着地をしくじれば死ぬだろうけども。
しかし毎度思うがエリミネーションを防げるとはインチキ石化もいいところだ。元々エリミネーション由来の石化能力とはいえ、少々便利すぎだぞ。おい、分かってんのかジジィ。石ころだろうが俺は文句言わせてもらうからな。
「一瞬だけ石化解きやがって。そういうのずるいぞ」
「……」
「もうそろそろマキマキおじさんへの祈りも十分な頃合いだろう」
「……」
「巨神アトラス……何度も何度も立ちはだかってきたが、今度こそおしまいだ」
そう吐き捨て俺はアグニャたちの祈っている輪へと戻っていく。もうアダムとイブもこの場にいない。本当にこれで最後になるだろう。
そうか、最後になるのか。そうだよな、この世界にはもう何も無いんだもんな。じゃあいったいこの戦いが終わった後は何をすればいいんだ?……いや、今はそんなこと考えている場合じゃないな。さあ、いよいよラストファイトだ。覚悟しろアトラス!
アグニャ「みゃんみゃんみゃん〜!」
エシャーティ「ゆんで〜めて〜ゆんで〜!」
マキおじ「おお……このワシが、こんなにも信仰を得られるなんて夢のようじゃ……!」
エシャーティ「ねえ、まだなの!?」
マキおじ「そう焦るでない、神殺しの力を人間に与えるには相応のパワーがいるんじゃから。ほらワシを崇めろ! 敬え! ひれ伏すのじゃ!」
アグニャ「調子にのるニャア!」
マキおじ「あひぃんっ!?!?」




