復讐者たち
それは突然やってきた。まだ夜の暗さが空を覆う静かな時間、遠くから何かが来る気配にアグニャは気づいた。アグニャは大急ぎで俺たちを起こし、不安を打ち明ける。
「そんなに怯えきってどうしたんだ」
「みゃあ……なにか、なにか恐ろしいモノが近づいてきてるミャ」
「そうね、遠くから足音みたいなのが聞こえる」
「ほ、ほんとに? 俺、なんも分からんぞ」
「ワシもじゃ」
「あなたたちはその……歳で耳が遠いんじゃ」
そんなわけあるかい! 俺まだ40だぞ! と言いたかったが、現にピチピチ女子たちには感じ取れて、おじさんたちには聞こえないってなるとその通りとしか言えない。
しかしこんなにアグニャが怯えているのは異常だ。元々警戒心が強い子ではあるが、気配だけでこんなにビクビクしているのはおかしい。
「こ、こわいみゃ、いっぱい来るみゃ……」
「ねえエリミネーター! さすがに変よ、どうしよう!?」
「ど、どうするったって、俺には何がなんだか……」
「あ!!」
「な、なんだ!? うんこなのか!?」
「違うみゃ! き、来た!!」
だから何がだよ!! うんこか!?
と、うろたえていたら次の瞬間……
「死ねぇぇぇぇ、邪神オケアノス!!!」
「う、うわー!? なんじゃァァァァァ」
「いけいけー、巨神アトラスさまー!!」
「我々に勝利のご加護があらんことを!」
突如上空から老いぼれが降ってきたと思えば、いきなりマキマキおじさんの頭上でビタッと石化してドゴォォォォンと派手な音を立てながら衝突した。マキマキおじさんの頭から血が流れ、奇襲の壮絶さを物語る。
「いったいなんだ!?」
「みゃあ! あ、あいつら見たことあるミャ!」
「そうだ、よく覚えていたな神獣よ!」
「エリミネーターよ、私達は貴様に復讐を誓い世界中の人間を集め、こうして反撃の機を伺っていたのだ!」
「「「「「うおおおおおおお!!」」」」」
お、思い出した! 第三話で見逃してやった精悍な男と、第八話で野に放った女騎士じゃないか! そういえばそんなやつらもいたね。あとさっきのは第七話で倒したアキレスかなんかか。なるほどアイツも神だからリスポーンしたんだな。
いやぁ懐かしいな、みんなあれから頑張ってたのね。ていうか女騎士と精悍な男はくっついてたのか。女騎士は肉食系でやられたがりだったけど、案の定男をこさえていて笑っちゃうぜ。ブスが。
「ふっふっふ、味方の邪神を倒されてさすがに堪えたようだなエリミネーター!」
「うるせえブス。なにイキってんだ、殺すぞ」
「みゃ、みゃあ、おじちゃんがにゃんか不機嫌みゃ」
「マキマキおじさんの事を邪神とか言いやがってムカついたからな」
決してカップルが出来てた事に腹を立てたわけじゃないぞ。ところでマキマキおじさんは大丈夫だろうか。めちゃくちゃ血を流してたけど……
「ぐがが、アキレスめ、しつこいのう!」
「じゃから、ワシは、アトラスじゃァァ」
「そのワシって言うの、ワシと被っとるからやめい!」
「先に出てきたのはワシじゃァ!」
「ぬがぁぁぁぁぁぁ!!」
「ふんぬぅぅぅぅぅ!!」
うわ、めっちゃ頑張って戦ってんじゃん。しかし大丈夫かね、ガイアは一度エリミネーションで倒したから二度は通用しなかったわけだが、同じ理屈で言うとアトラスもエリミネーションで倒したから効かないぞ。もし危なかったらアグニャの加勢が必須だけど、その肝心のアグニャは……
「「「「「うおおおおおお!!」」」」」
「こ、こわいみゃあ、人が多すぎるみゃあ……」
「大丈夫だよ、あたしが守ってあげるから……ほらあなたもよそ見してないで、なんか考えて!」
「お、おう、すまんすまん」
女騎士たちが率いる数百万はいると思われる人間の海を前にし、すっかりアグニャは怯えきっていた。いや、アグニャだけではない。平気な素振りをしてはいるがエシャーティだってふるふると小さな体を震わせて怯えている。
「大丈夫か、エシャーティ!?」
「へっへへっ平気よ〜!」
「おいおい無理するな、落ち着け、俺たちはそうそう死なないんだから」
「いいいやぁぁ〜、なんか震えええちゃってね」
そうだよな、こわいよな。だってエシャーティは滅多に人から悪意を向けられることなんてないだろうに、それがこんな数百万からの巨大な悪意を見せられたら平気でいれるはずがない。俺か? 俺は……”慣れてる”んだわ。
「やいやいエリミネーターども! そんな固まって何を企んでいる!」
「よーし、ちょうどいい。皆の者、一斉にかかれ〜!」
「フ、フゥゥ、フシャァァァァァ!!」
「ひぃ、こ、こわいよ、あたしもう……やだ……」
柔らかで美しい砂浜を大勢の土足が踏み荒らし、ドカドカと俺たちへと近づいてくる。アグニャとエシャーティはひしと抱き合い、俺に必死でくっついてきて恐怖を紛らわして耐えている。二人の目にはこんな夜でも分かるくらい、大粒の涙が輝いていた。
泣いている。俺がやってきた行動の結果、二人はこんな目にあって泣いている。マキマキおじさんだって海上に移動し想像もつかない死闘を繰り広げている。これが俺の望んだわがままか? これが俺の望んだ世界か?
「不条理だ」
「不条理だ!」
「不条理だァァァァァァァァァァァ!!!!!」
「エェェェェェェリミネェェショォォォォォォン!!!!!!!!!!」
かつてないほどの激情。それはこの世界にはびこる悪意への怒り、この不条理な運命への怒り、そしてこんな事態を招いた俺自身への怒りにより、全てを崩壊させんとする壮絶なエリミネーションを放った。
砂浜を踏みしめていた軍勢はたちどころに全身が火だるまになり、我先にへと海へ一目散に飛び込んでいく。しかし生を求め飛び込んだ者たちはまるでガソリンの海に入ったかのように大爆発を起こしながら消し飛んでいく。
……が、ふいに目の前を何か石のような物が遮って視界を塞いだ。これはなんだ?
「させるものかよォ、エリミネーター!」
「ぐわっアトラスめ、急に逃げたと思ったら何しとんじゃい!」
「く、くそ、なんでエリミネーションが掻き消されたんだ!?」
「ふぉっふぉっふぉ、ワシにエリミネーションが効かぬのなら、ワシが身を挺して破壊の源を塞げばいいのじゃよ」
そうか、この視界を塞いでいる、というかのしかかっているのは石化したアトラスか! くそ、なんて厄介なジジイだ、どかんかい!
「うおおおお、ワシの貴重な信者になにやっとんじゃい!!」
「ふぉっふぉ、貴様の格では本気を出したワシなんて到底どかせんよ」
「クソ〜、ふんがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
おお、なんかマキマキおじさんの声がするぞ! がんばれおじさん、やればできる神さまだって信じてるよ! さあ、さっさとこの石ころをどかして俺を解放してくれ! そして殺戮パーティーを再開するぞ!
「クソ、クソ、クソ、重いのじゃ! あと少し、もう一人神がいれば……」
「もう一人?」
「そうじゃ。例えばガイアとか」
「ガイア……そっか、ガイア!!」
「みゃ、でもあのオバちゃんはついさっき死んだミャ」
「大丈夫よ! たぶんね!」
おいおい、見えてないからよく分からんけど大丈夫なのか? あ、なんかエシャーティが出でよ大地母神ガイアって叫んでる。あれいいな、俺も今度からマキマキおじさんを呼ぶ時は”来たれ海神、オケアノス!”とか言っちゃおうかな。
「呼んだか、エシャーティよ!」
「き、き、き、来たっ!!」
「す、すごいのみゃ、頭だけの登場ニャ!」
「か、母ちゃん、助けてくれー!」
「はて、エシャーティとオッ君たちは敵同士だったのでは……」
「もう母ちゃん、今は友達なの! あと人前でオッ君はやめるのじゃ」
「はいはい、分かりました。おいアトラス、お前負け癖のある神なのに何してんだ、おお?」
「ひ、ひぃ〜! ガ、ガイアッッッッッ!」
お? なんか急にドシーンって衝撃が加わって石化が解けたぞ……
うわ! ガ、ガイアッッッッッ!! 頭だけなのにデカくてキメぇ!! 第二形態かよって出で立ちだぜ、お前!
いやでもモコモコと砂を操りドシンドシンとアトラスに体当たりをしてて感動だ。そしてマキマキおじさんも虎の威を借るキツネのように、えいえいと挟み撃ちしている。うーん、やっぱ召喚者の強弱でだいぶ使役する神の強さも違うな。やっぱエシャーティってすごいわ。
「がんばれ〜、ガイア〜!」
「みゃあ、マキマキおじちゃんもイケにゃ!」
「よし、今なら俺たちで人間どもの相手に専念できるな」
「そうだね……ねぇ、あんだけいっぱいいるからさ、その、二人で一緒に撃たない?」
「二人で一緒に!?」
「嫌ならいい! 変なこと提案してごめん!」
いや……それおもしろそうじゃん!!
二人で一緒にエリミネーションとかいったいどんな事が起きちゃうんだ!?
「変なものか! エシャーティの考えなら何だって名案だ、やるぞ!!」
「ほ、ほんとに!? よしっ、それじゃアグニャ、合図を頼めるかな?」
「みゃん〜! じゃあミャン、にゃあ、にゃん〜で打つにゃ」
俺たちは目で頷き合い、視線を海へと向かってくる大勢の人間へと向けた。水平線の彼方まで埋め尽くす人の群れは、きっと俺一人のエリミネーションでは滅ぼしきれないだろう。しかし二人分ならば、きっとどんな敵でも必ず倒せるはず。だってこんなに不利な状況なのに何一つ不安がないのだから。
「いくミャ! みゃん、にゃあ、にゃん〜!」
「「エリミネェェェェショォォォォン!!」」
精悍な男「ゴホゴホッ……おい、大丈夫か!?」
女騎士「ああ、あの恐ろしい術を食らう前にアトラスさまに突き飛ばされて何とかな……」
精悍な男「クソ、あっちでは頭だけの怪物まで加勢してるし、状況は悪くなる一方だ」
女騎士「あれは……ガイアさまでは?」
精悍な男「そんなわけないだろ、あんな化け物が俺の国の守護神なわけあるか!」
女騎士「そうだよな、そなたの国の守護神だから見間違えるわけないよな!」




