大地の神
アカネ色の夕焼けに染まる海を背に、俺とエシャーティは向かい合って視線を交わらせていた。その様子をアグニャとマキマキおじさんは不安そうに、けれど事の成り行きを決して邪魔しないように見続けている。
「あなたとは必ず決着をつけないといけないって、ずっと前から思っていた」
「そうか。やっぱり俺はこうなる宿命か。アグニャ!」
「みゃん!」
「あいつ……金髪女の事は忘れるんだ。いいな」
「そ、そんにゃ、どうしてにゃ」
アグニャの問いかけを俺はエリミネーションで遮る。金髪女がどうしても決着をつけたいと言うのなら、お望み通り俺も全力で迎え撃ってわがままを通すまでだ!
「もう人間たちに踊らされるんじゃない、金髪女! エリミネーショォォォン!!」
「……仕方ないわね! 出でよ、大地母神ガイアッッッッ!!」
「ガッ……ガイアッッッッ!?」
お忘れの皆さんも多いかもしれないので改めて振り返ろう。ガイアといえば俺たちがこの世界に来た最初の頃に初めてエリミネーションでぶっ殺したムチムチでクソデブのババァ神だ。そしてマキマキおじさんの母であり、アグニャのゲロを浴びながら俺たちの前に現れた経緯がある。
しかし俺がエリミネーションで跡形もなく消し飛ばしたはずなのに、まさか生きていたとは。そして何故金髪女の呼びかけに応えて出てきたんだ……?
俺が不思議そうな表情を浮かべていると、マキマキおじさんが心配して声を掛けてきた。
「なんじゃ、ワシの母ちゃんが出てきたのがそんなに不思議なのか?」
「あ、ああ。だってガイアはさ、マキマキおじさんには悪いんだけど、俺が以前ぶち殺したから……」
「えー、マジで!? え、え、え……」
ごめんなマキマキおじさん、ずっと言い出しにくくて言えなかったんだ。あーあ、せっかく仲良くなれたのになぁ。俺が親殺しだと分かればマキマキおじさんも幻滅……いや、親の仇だから絶交だな。結局何もかもがダメになっていくんだ。ほんと、全部が全部裏目に出てうんざりする。
けど、マキマキおじさんから返ってきた言葉は意外なものだった。
「え、えらい!!!!!!」
「えらい……?」
「ううう、ワシの信者が超ド級の神であるガイアを倒したとあらば、我がオケアノスの名も上がるってもんじゃよ! すごいぞ、えらいぞ、愛してる!」
「みゃあ、でもにゃんで生き返ってるんだミャ?」
「神はリスポーンするんじゃよ。知らんの?」
マジかよ。リスポーンとか軽い命だな。そんなホイホイ復活するのかお前ら……なんかめちゃくちゃ強いのか、経験値狩りされる中ボス扱いで弱いのかいまいち分からんけど、そんな軽い存在だったのねあんたさん方は。
色々と合点がいった俺は改めてガイアを従え威勢のいい金髪女を睨みつけ、高らかな挑発をする。
「ふっ、何を召喚したかと思えば以前俺がぶち殺した丸太型ハムとはな」
「そうね、この神さまはあなたに一度敗北を喫している。けれどこういう言葉を聞いたことは無いかしら」
「なんだよ、もったいぶりやがって」
「神々に同じ技は二度通用しない……って。さあいって、ガイア!」
「ガァァァァァァァァァァァ! ぶちころぶちころ!!」
金髪女の檄を受けたガイアはズドドドドと巨体を揺さぶり俺の顔面目掛けてグランドフィジークバンプァーを放った。つまりドついてきた。殴る蹴るときどき平手打ちの乱暴が俺を襲う!!!
身長3メーターを超すクソデカムチムチおばさんの乱暴はさすがの俺にも効く。咄嗟にナックルパリィを繰り出さねばアバラがえぐえぐだったろう。しかしトロくさい攻撃だぜ、それにガァァとかフガァとかいちいち叫びながら殴ってくるから一撃に体重が上手く乗せられていないぞ。それにテレフォンにもなっているし。ザコが。そろそろやるか。
「ガァァ、ゴァァ、べラァァァ!!」
「ああもうやかましい! エリミネーション!」
「ふふ、効かないって言ってるでしょエリミネーター。無駄よッ!」
「マァァァァァァァ!!」
……ほ、ほんとだ。ガイアにエリミネーションを放っても何も起こらない。ということは正々堂々と殴り合いで勝たないといけないのだろうか?
「ま、ステゴロを披露するいい機会だ。ぬん!」
「マァァァァァァ!!」
「おらデブ! モタモタすんじゃないぜ!」
「ぐっ、キサマァッ、ベチベチと小癪な」
「こ、小癪な、ですかい」
みんな聞いたぁ? まるで全然効いてないみたい! おじさん渾身のジャストミートブローをガイアのゲリツボに叩き込んだけど効いてないって。見た目通り耐久特化かこいつ。
ちなみにゲリツボとはさる田舎の底辺社会に伝わる必殺奥義で、突かれたらあまりの内臓的痛みに嘔吐と下痢が抑えられなくなる非人道的なツボだ。各家庭で一子相伝の抑止力として現代においても未だ田舎の秩序を守っている秘所である。
「クソっ、じゃあ死ぬまで殴るまでだ! くたばれ突っ出っ腹ァ!」
「グハハハハ、蚊でも刺したかな」
「オラオラオラオラ! く、くたばれ!」
「無駄よエリミネーター! 神を相手に暴力では敵うわけがないのよ! 諦めなさい!」
うるせえ! お前を引き留めるためにはこんなデブに根負けするわけにゃいかねえんだよ!
「みゃあ……おじちゃん、助太刀するにゃ!!」
「アグニャ……!」
「みゃあ〜! うーみゃみゃみゃみゃみゃ!」
「が、ガハッ!?」
「な、なんでアグニャの攻撃は効くのよ!」
「それはじゃな、ワシの加護を授かった神獣じゃからだよ」
マジかよなんで俺にもそういう加護くれなかったの? マキマキおじさんも心の内では俺のことを弱者男性だと見下してたのかな? ねえなんでよ、教えてくれないか? おい〜ってば。
「グガガ……」
「うみゃみゃみゃ!」
「マキマキおじさん、ねえなんで……」
「よ、寄るんじゃない、今はワシの母ちゃんをボコボコにするのが先じゃろ、なあ?」
「マキマキおじさんが俺だけ加護くれなかったからボコる意味がねえんだよ、なあ、おい、ちょっと」
「ひぃ〜、助けてくれ金髪の〜!」
「も、もー! なんで真剣勝負の最中にそんなゴチャゴチャし始めるのよ!?」
……あ、いつの間にかガイアが死んだ!
「みゃん〜! 勝ったみゃ!」
「う、うっそ〜!? ガイアあなた……弱いよ!」
「すまんエシャーティよ……まさか我が息子がメスネコごときにあんな強力な加護を与えていたとは知らず……ぐふ!」
「マキマキおじさん、ねえなんで!」
「ぬお〜!」
「あなた達はあなた達でまだ揉めてたの!?」
ガイアとかぶっちゃけどうでもいいんだよ! もし万策尽きたら同じ神さまであるマキマキおじさんに相手してもらおうと思ってたし……そうだ、そういえばアグニャは無事か!? 戦いのさなか、ケガをしていないだろうか!?
「アグニャ! 無事か!?」
「みゃ! 若干つねられてココが痛いミャ」
「な、なんだと〜〜〜〜!?」
「うわ、痛そうだね……ちょっとガイア、これはやりすぎだよ」
「デブ、お前の言い分は?」
「わ、我輩はエシャーティに頼まれたから戦ってたのに!! ていうかどう見てもこっちが重症! 見て、首から下がない!」
「も゛ぐも゛ぐミ゛ャ」
「ひ、ひえ〜! かーちゃーん!」
おお、ほんとだ。顔がデカすぎるから体が無くなってるのに気づかなかったよアハハ! まあリスポーンするって言ってたし、ネコちゃんのやったことだから許してくれや。
「あ!!」
「どうした、うんこか!?」
「げぼ!!」
「あーバッチィの食うから。ほら、元あった場所にもどしてやりな」
「くっ、くかかっ……けぽおっ!!」
「アッ、アッ……アバー!!」
アグニャの口からは先ほどまでガイアを構成していたであろうガイアッッッッがボトボトと吐き出された。赤、白、黒、そして柔らかそうな肉、硬そうな骨、たまに毛玉と様々なガイアがガイアに降り注ぐ。
やがて全てをガイアにお返しする頃には、ガイアヘッドは事切れていた。いっぱい出したね、さぞスッキリしただろう。しかしゲロプールで溺死させるとかアグニャもなかなかファンキーだぜ。さて……
「うっ、うっ、母ちゃん……」
「ご、ごめんねオケアノス、あたしもあなたのお母さんだったって知ってたら呼ばなかったのに……」
「あ、そこはお構いなく! またもワシの友が強大な神である母ちゃんを倒したおかげでワシの格も高まるってもんじゃ! ガハハ!」
「あ、そう」
なーにを笑ってんだ、クソジジィが。まだお前さんに聞きたいことはあるんだぜ!
「おい、それで俺に加護はくれないのか!?」
「ああ、そうそう、それなんじゃが。実は以前の教会にあったアーティファクトが無いと与えられんのじゃ」
「真実の口か? おいおい、あれ俺も手を入れたんだけど。なんでアグニャだけ!」
「みゃあ、一緒にズボズボしたみゃ」
「それがな、加護を与えるのは色々条件があるのじゃ。あの時はアグニャが先に手を入れたので、アグニャに与えたのじゃよ!」
「な、なるほど……そんな事だと思ったよ! あ、あはははは!」
アハハ、アハハハハハ!!!!
……あー、よかった、そんな事で。もしマキマキおじさんがどうせ分からんだろうと俺にだけ加護を与えていない、とかだったら心が折れるところだった。いや、実際の真相はわからないよ? 実は今言った事は俺の怒りを受け流すための口から出任せで、本当は差別した可能性だってある。
けどいいんだ。アグニャに加護を与えてくれてたおかげでこうして危機を乗り越えられたから結果オーライじゃないか。俺はまた今度、真実の口を回収して好きなときに加護をもらえばいい。
「うんうん、めでたしめでたしだな!」
「みゃん! よかったみゃ、おじちゃん」
「そうじゃな! 今日は泳ぎまくるわ戦うわで疲れたしそろそろ寝るか!?」
「いや、あなたたちね、ちょっと待ってよ!」
「ふにゃあ〜、もう、何なのミャ?」
そうだぞ金髪女よ、俺たちは頑張って協力してガイアを倒したからもう疲れたよ。夕焼けもとっくの昔に海へ沈んで夜になってるし、そろそろ寝る時間だよ。あ、お腹がすいたのかな?
「あのね、ガイアがやられたんだから次はあたしとエリミネーターの一騎打ちって流れじゃないの!?」
「えー、今日はもういいじゃん。あ、マキマキおじさんさぁ、魚とか取れるタイプの神?」
「おう、そんなの夜飯前じゃい! 任せとけ!」
「みゃ〜! すごいみゃ、神だみゃ!」
「じゃ俺は火を焚いたり寝床を整えるか! アグニャはここに穴を掘ってくれ!」
「みゃん!」
……ほら、金髪女もそうやって不貞腐れてないでさ、こっちに来いよ。
「……」
「よしよし、着火なんて慣れたもんですヮ。見てよこれ、すごくね?」
「……」
「さーて、バケツに水汲むか」
「ぐー」
「!!」
意地っ張りなやつめ。そりゃ俺の方から勝負を仕掛けておいてそれを投げ出したのは悪いと思っているよ。我ながら女々しく関係を崩さないよう取り繕って情けないとも思う。
けどさ、今日のところは俺の勝ちなんだから強気でいかせてもらうぜ、金髪女……いや、
「エシャーティ! 腹が鳴ってるぞ、おじさんの料理がそんなに楽しみか!?」
「ぷぅー」
「ほらほらそんなほっぺを膨らませない。みんな準備してるから機嫌直して待ってろって」
「……もん」
「え?」
「あ、あたしもなにかするもん」
かッ…………
かわいすぎるじゃないか!!!!!!!
お前には負けた!! 完敗だ!!!!!
なんてあざといんだ、エシャーティ!!
「うっ……バチクソかわいいな。触りてっ」
「ほ、ほんと!? さわる? なでる?」
「いや、何でもない。それじゃエシャーティは泳げるし、マキマキおじさんと一緒に魚でも……」
はぁ、こういう風に意気地のない返事をしちゃうのが俺なんだよな。ああ、なんて情けないんだ。いくらなんでもこれは無いわ。紳士的とか分相応とかいう甘ったれた言い訳も意味をなさない。そう、俺は正真正銘の意気地なしだ。ダッサ。
様々な自虐の念が頭を駆けずり回る中、上の空でエシャーティに返事していた俺はふと視線に気づく。なんと目の前にはエシャーティのお顔が間近にあったのだ!!
「ううん、そんなのイヤ。あなたと一緒に何かする」
「えっ、あ、あいっ……」
「ふふ、声が上擦ってる。ねえ、これ手伝うよ」
「ヒクヒク」
「ふっふん、おもしろ〜い」
からかうような甘ったるい声を出しながら、俺の体に引っ付いて細々とした作業をするエシャーティ。な、なんだ、どうしたんだコイツは。まるでさっきまでとは打って変わって、めちゃくちゃご機嫌そうじゃないか。また俺なんかやっちゃいましたかね、これ。
「ほらほら〜、触りたかったんでしょ、ふにふにー」
「おほほ、おあ、おぱーぱいじゃないかこれ」
「ほーらエリミネーションしちゃうぞー、くいくい」
「にゃにをやってるみゃ、にゃにを」
「あら……い、いたの、アグニャ」
「おじちゃん……」
「は、はい」
「ぷるぷる!!」
「お、おわー!?」
なんとアグニャは俺に向かっておしっこを引っ掛けてきた! いや、正確にはギリギリ届いていないのだが、明らかに怒りの放水の標準は俺に向けられている。
そういえばたまに俺がノラネコを触ってから家に帰った時、こうして俺の足にマーキングとばかりにおしっこをチョロまかしていた。なるほど、もしかしてアグニャは嫉妬してる……のか?
「ぷるぷる……」
「ごめんって、アグニャ。あたしもからかい過ぎたよ」
「みゃあ、べっつにどうでもいいニャ」
「ふふ、嘘ばっかり。しっぽ」
「みゃみゃ!?」
アグニャの尻尾は見るからにイライラを体現し、ブェチブェチと砂浜を叩きホコリを立たせている。なんてわかりやすいネコだ。仕方ねーな、お前もかわいがってあげるわい!
「そんな怒んないでくれよアグニャ。ほーら、わしゃわしゃ!」
「ふみゃァァァァァァん!」
「オラァァァ、ぺしぺしぺしー」
「ふっ、フギっ、ゴロゴロ……」
「おーい、魚が取れたぞー!」
アグニャのご機嫌を直せるポイントを的確に撫でまくっていたらマキマキおじさんが凄まじい量の魚を持って帰ってきた。助かったぜ、ちょっとさっきから立て続けに女の子の相手をしていっぱいいっぱいだったんだ。海の神だけあって海辺だと異様に有能じゃん、えらいぞマキマキおじさん。
「ふみゃんー、もっと撫でてミャ」
「ね、ね、あたしも撫でなさいよ」
「ほらほらごはんの時間だ、解散」
「うみゃー!」
「やだぁー!」
「え、ワシお邪魔?」
「いいえ、ナイスアシスト神です」
みゃあみゃあ、ぎゃあぎゃあと喚く女の子たちを相手に今夜の夕飯は賑わいそうだぜ! さ、焼くとするか〜!
アグニャ「ところでコレ、虫がたかってきちゃにゃいみゃ……」
マキおじ「ほっとけば大地の神じゃから土くれになるはずじゃ」
アグニャ「みゃ〜。手伝ってあげるみゃん! ほっ、ほっ!」
天に還ったガイアの魂(クッ……なんて屈辱! で、でもありがたい……!)