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日常


 いい香りの充満するパン屋でたらふく食い散らかした俺たちは、主を失って腐るのを待つばかりとなった在庫のパンたちをありったけ回収して出発した。ちなみにパンになった店員は残さず食べた。成仏しろよ、うまかったぜ。


 そしていよいよこの世界の最果てへと近づいてきた。この地図の右端にはもはや何もない。あの図書館のある街が東の果ての街だったのだ。ここまで来るのにどれだけ嫌な気分になっただろうか。そして何度アグニャの暖かみに救われたことだろうか。色々あったがようやく目指していた目標に近づくと否応なしにわくわくするものだな。


「なんだかんだでもう東の果てだ。そろそろ海が見えるだろう」

「みゃあ、やっと海に着くんだミャア。おさかにゃパラダイスだみゃ」

「そういえば二人は何故海を目指してたの?」

「前世で次の長期休みにアグニャを連れて海行こうと思ってたけど死んじゃったから、まあそれでかな」

「へー。あたし毎日が日曜日みたいなもんだったから、お休みのありがたみとかも分かんないや」


 22年間ずっと職を転々としてはいたが一応働きっぱなしであった俺からすると何とも羨ましい発言である。けど日曜日は日曜日でも、永遠に体調が悪くて何もできない日曜日というのは何の面白みも無くて辛いんだろうなぁ。


 そう考えるとこいつはよく心が折れず、そればかりか必死に現状を良くしようと超難関である医師免許を病床で取得したものだ。エシャーティの歩んだ人生はずっと病床だったろうが、その心の変遷を何かエッセイやドキュメンタリーにすれば非常に見応えがありそう。悲劇的な死も相まってとことんヒロイックなやつだぜ。俺の情けない人生とは大違いだ。


「すごいよなぁ、エシャーティ」

「え、急にどうしたの」

「いや、こんな俺に興味を持ってくれて、一緒に行動までしてくれてさ」


 エシャーティの過ごした生き様を想像してたら思わずすごいよなぁとか呟いてしまったので、取り繕うように俺は適当なことを言った。それにしても俺の心にのさばるマイナス思考やネガティブさを体現するかのような、面倒くさいおじさんそのものな返事である。


 油断するとすぐ自虐して謙遜してる風の構って発言する己にうんざりするぜ。最近俺は美少女たちに挟まれていい気になっているのではないか? 自惚れるなよ、40歳。


 けれどそんな俺にもエシャーティはまっすぐに向き合って、恥ずかしげというものをまるで知らないかのように少しも目を逸らさず真剣に返事をしてくれた。


「あのね、あなたは自分が思っているよりずっと魅力がある人だよ。それに……」

「えっ、俺に魅力!?」

「みゃあ、おじちゃんは確かに友達に一人ほしいタイプだみゃん」

「友達に一人ほしいって、室内飼いしてたアグニャには友達いないじゃん」

「みゃ……!?」

「あ、あたしは友達だよ、アグニャ!」

「みゃん。おじちゃんはそういうトコがダメにゃ」


 ……た、たしかにその通り! 今さらっとアグニャに友達はいないとか事実だけど失礼な事を言ってしまった。そうか、俺って今まで誰とも仲良くなったことが無いから分からなかったけど、実は仲良くなると馴れ馴れしすぎてうざい事を言っちゃうタイプなのか。うわぁ、自己嫌悪。俺ってうざおじかよ。さっき自惚れるなよとか自分に言ってたクセにバカじゃん。  


「ごめんなアグニャ……こんなおじさんで」

「うみゃあ、その反応はだるいミャ」

「ほら、あたしの友達だってあなたとアグニャしかいないから気を取り直して!」

「お、俺のことを友達として見てくれるのか……!?」

「うん! まあいずれ決着はつけるけど」

「そ、そうか。やっぱエシャーティって独特の感性だな」

「ど、独特!?」

「だからそういうトコにゃん!」

「あっ……」


 余計なこと言い過ぎだろ、バカか俺。一言多いってまさにこの事か。一言多いヤツはなんでその一言を頭の中で反芻して相手がどう思うか考えてから言わないんだろう、アホかな? とか思ってたけど、実際自分がそういうタイプだと分かるとめちゃくちゃその反芻が難しいのが分かる。


 あのね、おしゃべりに慣れていないと会話しながら次のワードの推敲とかできないね。みんなすごいや、反射的にそれをこなしてるんだから。


 この世界に来て初めて気まずい雰囲気を感じながら俺は海を見ることになりそうだ。なんてバカバカしい男であるか。せっかくずっと目指してた目的地に着くという瀬戸際で問題を起こしちゃうヤツなんだよな。まあ女の子と接したことがない俺がずっと失言せずにやり過ごせるなんて思ってなかったけれど。


「あはは、アグニャったらそんなこともできるの。すごい柔らかいね」

「みゃあ、アゴにヒジをつけるのにゃんて朝飯前みゃあ。なんで出来みゃいのかナゾにゃ」

「ねえ、今度は舌を突き出したまま息をしてみてよ」

「うにゃ〜、そんにゃの楽勝……ふ、ふんすふんす」

「ほーら、息が苦しいでしょ?」


 ほらみろ、なんてかわいらしい遊びをしているんだこの二人は。それなのに俺と来たら気の利いた事も言えず呆れさせるばかりだ。俺もなんか話題になるようなネタを思い出して、あの二人の輪に再び入らねば。


 うーん、しかしさすがは医者。アゴにヒジはつけられないし、舌を出したら息がしづらいぞ。こういうの人体を知り尽くしてるから知ってるんだよな。すごい。医者ぱねえ。


 よし、相手が人体のエキスパートだって言うんなら俺はアグニャのエキスパート、つまりネコのエキスパートだ! ネコに関する知識だけは絶対に誰にも負けないと自負しているので、それを活かして女の子たちの気を引くとしようじゃないか。


「ふっふっふ、おじさんも混ぜてよ」

「にゃ?」

「どうしたの、そんなニヤニヤして」

「まあ聞いてくれよ。あのな、実は猫って海水飲めるんだぜ」

「えー、ウソでしょ? どういう進化を辿ったらそうなるわけ?」

「みゃあ、でもおじちゃんと海に行ったとき飲んじゃったけど、別ににゃんともにゃかったみゃ」

「そういう事だ。アグニャは海水で水分補給できる!!」

「くっ、その根拠を説明をしなさい、エリミネーター!」


 ああいいとも。俺は色々知ってるから教えてやろう。そのものズバリ、ネコの祖先や完全に野生化しているネコの生活スタイルを振り返れば納得いくはずだ。


 元々エジプトやサバンナなどの水分が貴重な土地で狩りをして生きるネコは、水分補給を狩った獲物から済ます必要がある。そのため獲物の尿や血などに混ざっている不要な成分を取り除くため腎臓が非常に進化している。なのでたかが塩分3%程度の海水などアグニャの前ではミネラルウォーターと同等! すごいぞアグニャ、パないぞアグニャー!


「な、なるほど。あなたよくそんな事知ってるわね。さっすが!」

「みゃあ、おじちゃんはすごいミャ」

「あとは……ネコは鼻がいいってのはエシャーティも何となく分かるだろ?」

「そうね、動物は基本的に鼻がいいね」

「鼻が良いために悪臭も人間よりキツく感じる……と誤解されているが、実は悪臭に耐える細胞も人間の万倍あるからそんなにキツくはないぞ!」

「みゃ!? 絶対うそだみゃ!」

「う、うーん、この場合はどっちが正しいの……?」


 はっはっは、ふたりともうんうん唸ってかわいいなぁ。おや、こっちに来たけどどうしたのかな。なんだなんだ、俺の上着を奪って何してんだ……え、クンクンしてる!? やめて、恥ずかしい! どうしてそんな辱めをするの! おじちゃんの上着はどう考えても臭いだろ、二人してそんな顔を擦り付けながら臭いを嗅ぐと……し、死ぬぜ!


「クンクンクンクン」

「フンフンフンフン」

「あ、あの、何してんの」

「……クカァッ!!」

「……ゲホゲホ!!」

「うわぁ、マジで何してんの!?」

「いや、ほんとに悪臭に強いのか試してた」

「結果、おじちゃんの説はガセでしたみゃん」

「そうかァ」


 俺、臭いって。泣きそう。野宿とかが多い今の生活がどれほど甚大な被害になるかは火を見るよりも明らかなので、俺は俺なりに清潔には気を使い一日3度の着替えと毎日の水浴びは欠かしていないのに、どうやら焼け石に水だったみたい。


「臭いよな。すまんなぁ、おっさんもっと気をつけるね、あは、あははは……」

「で、でもね、あたしはそんな嫌いな匂いじゃないよ」

「そうみゃんね、ずっと嗅いだからむせただけで匂い自体は変じゃみゃいみゃ」

「いいって、気を使わんで。あ、そのきったねえ上着は土に埋めようね。そうそう、肌着も臭いから捨てるよ……」

「みゃ、みゃあ、そんなに落ちこみゃにゃいで」

「そうだよ、ほらフンフンフンフン!」

「うみゃみゃ〜、クンクンクンクン!」


 二人は再び俺の上着にほっぺを擦り付けながら鼻息を荒くし始めた。もういい、わかった、わかったよ。君たちの優しさはわかったから我慢して嗅がないでくれ! 気分を害するぞ、40歳のおっさんが着ていた上着をずっと嗅ぐのは!


「ふぅ……ね? あなたは臭くない。ほら返すわ」

「お、おう」

「にゃん〜、おじちゃんはよく頑張ってるミャ」

「ほんとか?」

「匂いはするけど嫌じゃないってずっと言ってるじゃん」

「うーん? それはいいのだろうか」

「いいと思うみゃん」


 よく分からんけど俺の日頃の体臭対策は無駄ではなかったという事か。思い返せばこの世界に来てからはキチンとした食事を食べ、日が落ちれば眠りにつき、朝は早くから気持ちよく目覚め、さらにはストレスが溜まれば即座に発散できる素晴らしい環境に身を置いていたので、40年間溜めていた体の毒が抜けて臭みが薄まったのだろうか。


 それに最近さ、明らかに食べた量よりいっぱいうんち出してるもん。すごい快便よ、俺。まあアグニャもだけど。そういえばエシャーティがうんこしっこしてるとこ見たことないけど、こいつ一体いつ済ませてるんだ? もう一緒に行動するようになって結構経ってるが大丈夫だろうか。


「そういえばエシャーティってうんこしねえよな」

「いきなり何言うのよ! ば、バカなの!?」

「みゃあ! そう言えば見たことないミャ!」

「だよな!? あ……まさかお前、尿瓶とかで看護師に処理してもらってたから、一人でトイレすることができないのか!?」

「う、う、う、うるさいわね!! 一人でできるもん!!」

「不安だみゃあ。そうみゃ、教えてあげるニャン」


 そう言うとアグニャは痩せ細った体を抑えつけて地面に無理やりしゃがませ、スカートの中に手を突っ込み乱暴に下着を剥ぎ取った。ペチッと俺の足元に投げられた可愛らしい布は、吸い寄せられるように俺の手に収まっていた。あっ、あたたかい。感動。エシャーティのぬくもりって、いいなぁ。あといい匂……


「ぎ、ぎゃぁぁぁぁぁ! なんで匂い嗅いでるの!?!?!?」

「ハッ! あと少しでマキマキおじさんと同類になるとこだった! 心配するな、嗅いでない!」

「大人しくするにゃ。ほら、おしっこからするみゃん〜」

「ぐぅっ、変なとこさすらないでっ……み、見るなぁ、エリミ……ネーター……!」

「あっ、俺はコイツで目隠ししとくからお気になさらず」

「ばかっ、なに変態みたいなマネ……あ、ちょ、ほんとにやめてアグニャ!」

「にゃあご〜」


 おじさんは もめんのぬのを そうびした! ぼうぎょが1 めいちゅうが1 あがった! みみをすませる を おぼえた!


 背後では何やら可愛らしい嬌声と勢いのいい水音が聞こえてくる。さて、これ以上この場に留まっていると信用を失いかねないので下着を安置して立ち去るとしよう。というかさっきからエシャーティの投げているであろう石とか木の枝がぶつかってきて痛い。


 見ないから安心しろって。さすがに女の子が用を済ませているところを無神経に眺めるような男じゃないから。だからちゃんとうんちもするんだぞ。うんちに関してはアグニャは素晴らしいものがあるからな。あのキレの良さは毎度毎度、どういうケツがあればなし得るのか疑問なレベルだから。


 みんなも健康なうちに快便の快感を味わっておくんだぞ。おじさんはこの異世界に来て久々に腸から直接引っこ抜いたような一本糞を出して感動した。快便の秘訣はストレスのない生活といっぱい食べて動くこと。


 そしてそれが出来るのは健康あってこそだからな。それじゃみんな、良いブリブリ生活を楽しんでくれよな。



おじ「モコモコモコモコ」

アグニャ「あ、おじちゃんまたシャンプーで遊んでるみゃ」

おじ「これは遊んでるんじゃなくて、毛とか頭皮に負担が出ないよう泡立ててるんだよ」

エシャーティ「へぇ〜。あたしたちもモコモコしよ、アグニャ!」

おじ(毎度毎度思うけど、俺が水浴びしてる最中に二人して覗いてこないでくれ……)


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