パン屋
「着いたわ! ここがパン屋さんね」
「みゃあ〜、にゃんだかいい匂いがするニャ」
「俺は外で待っとく。適当に俺のも買ってね」
「え!? なんでよ!」
「にゃあご。おじちゃんも一緒に選ぶみゃ〜」
「だって俺が入ると必ず問題が起きるし」
そりゃ俺だってお前らと一緒にこの世界のセンス溢れるであろうご当地パンとか眺めてキャッキャしながら、ねえどれ買う〜とかあっちは具が違うね〜とか交わしながら選びたいよ。でも無理じゃん。もう30話近くやってきて、遂に文字数10万字というラノベ一冊分の旅をしてきたけど散々嫌な目に遭ったじゃん。だから俺は降りるぜ。
アグニャは人見知りだから少々不安だけどエシャーティがついていれば大丈夫だろう。悔しいけど懐いてるし。俺の大事なアグニャが……
「そんな一人だけお店の外で待たせるなんてあたしは嫌よ。それだったら入らない!」
「フニャ〜」
「でもお前たち腹減ってるだろ」
「そ、そんなことはないもん」
「にゃん。そこの草でも食べて我慢するみゃ」
「そんな頑固になるなよ……」
まったくこいつらは本当に子供なんだからァ。おじちゃん困っちゃう。エシャーティもアグニャもパン屋さんのいい香りと空腹のせいでグーグーと腹の虫を鳴らしているクセに。仕方ない、嫌なことを言われても俺が耐えればいいだけだ。せめてこいつらが好きなだけパンを選ぶまでは耐えなきゃね。でも俺めちゃくちゃ堪え性無いから頑張らないと……
「わかったわかった、俺も入るよ。だから草とか食うな」
「ミ゛ャン」
「ゔ、ゔええ……」
「あーあー、何やってんの」
二人して雑草を口から吐き出している。まったく、ほんとにこいつらは手がかかるよ……
というわけで三人仲良くパン屋の扉を開けていい香りの充満する店内へと入った。店員はめんどくさそうに新聞を読みながらレジで待機しているので、これなら俺も気兼ねなくパンを選ぶことができそうだ。接客にやかましい日本だとブーブー苦情が入りそうな態度だが、このくらいアバウトなほうがやりやすくていいね。
「ね、ね、ね! これなにこれなに!?」
「フシャァァ、武器に決まってるみゃ!」
「それはトング。カチカチしてパンを取るの」
「へぇ〜! カチカチカチカチ」
「みゃん! カチカチカチカチ」
「はっはっは、カチカチカチカチ」
い、いかん、体が勝手に動いてトングをカチカチするのがやめられん!!
うおおおおお、カチカチカチカチカチカチ……
「あ!!」
「なんだ、うんこか!?」
「大変! トイレ行こアグニャ!」
「みゃ、飽きたミャ」
「あ、そう。ビックリさせんなよ」
「ほんとだよ。まったくアグニャったら〜」
「にゃん〜」
俺は左手にお盆を2枚持ち、トングを構えた二人の後へチョコチョコと続く。このそそっかしかったり鈍臭かったりする二人がパンを満載したお盆を保持しながらトングを上手く扱う絵面が浮かばないので、俺は二人の代わりにお盆を持っておくことにしたのだ。おじさんは握力もあるのでお盆を片手で2枚持ったままトングを扱うのもお手の物だぜ。というか、前世でパシられていた時に同じような事は何度もしていたし。
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そう、あれは保育園かなんかの建築をするための工事現場で働いていた時のこと。4月の開園に間に合わせるために作業が急ピッチで進んでいたのだが、そういう日に限って仕出し弁当屋がトラブルを起こし昼飯が来ないという事態になってしまう。そこで急きょ俺が現場作業員たちの昼飯を調達してくる事になり、近場のパン屋へと急ぎ足で向かったのだ。
そこのパン屋はうちの作業員も帰り際によく利用しているという店だったのだが、昼時になると近くの会社で働いているリーマンやOL、さらには主婦たちまで来店しており大変な賑わいを見せていた。
労働者は分かるけど主婦は少し時間をズラして来てくれ。そちらさんもギュウギュウの店で焦りながらパンを買いたくないでしょ。
それはさておき俺はというと汗臭くてホコリまみれの出で立ちでパン屋に入ったので、目に見えて煙たがられているのを感じた。が、こっちは昼飯をたっぷり食わないとやってられない肉体労働者。左手にお盆を2枚持ち、全部のパンを数個ずつ片っ端から乗せまくりながら大急ぎでレジへと向かった。そして店員が会計をしている間にまたお盆を2枚取り、再び店内を一巡してパンを根こそぎ取っていく。これだけあればみんなも満腹になるだろうと会計が終わるのを待っていたら、後ろからおばさん客に声をかけられた。
「ちょっとあなた、一人で買いすぎですよ。これじゃ他の人が買えないじゃないですか」
「そうは言われても俺は10人分任されてますし」
「私はこのお店で毎日お昼を食べてますが、今日だけガバッと買っていくような人は迷惑ですよ」
「そ、そんなはずは……」
が、ピッピッと無表情で会計をこなす店員や周囲の客たちの冷ややかな視線を見ると確かにその通りのようだった。居心地の悪さを感じた俺は、今ばかりは重労働の待っているイビリまみれの現場へとすぐに帰りたくなった。が、ババアの説教につられたのか他の老害クソジジイやイキリーマン、オラツキレディたちもヒソヒソと何か話し始めた。
「ほんと、ここは日頃のパンの出具合で捌ける量しか置いてないのにね」
「あんだけ買うんだったら半分は食パンにしろよ」
「近頃の土方は現場近くの住民の迷惑も考えられない礼儀知らずになったのか」
「ていうか臭くない?」
「着替えてこいよ、汚え」
「しっ、きっと中卒だから何するかわからないよ」
「うわマジか。ああいうヤツって計算出来ないから会計もたつくぞ」
「ていうか10人分買わされるってパシリ?」
「だっさ、おっさん」
「土方の恥晒し」
クソがぁ、クソがぁ……うるせえんだよ、ボケどもが。俺はお前たちより金使ってるからえらいんだもん。クソ〜、もう二度とこねえ。今日初めて来たけど。せっかく先輩たちがうめえよなあそこって言ってたのを盗み聞きして、仲良くしようとこの店のパンを買いに来たのに……あ、会計終わった。よし、帰るぞ帰るぞ!
「合計15000円になります」
「ハシはおつけしましょうか?」
「ジャムはいかがでしょうか?」
「コーヒーもご一緒にいかが?」
「レジ袋はご入用でしょうか?」
「ポイントカードにハンコ押しますねダダダダダダダダン!」
「ひ、ひぇ……」
なんか店員が異様な早口で色々言ってきたが何も聞き取れなかった。しかも高速でボスボスとスタンプカードにハンコを叩きつけて威嚇しているようだ。悲しい。スタンプカードに描かれたキュートなイラストがボコボコになる強さでハンコ押してて怖い。
……もうやだ! 帰るもん!! もう来ねえからスタンプカードいらねえよ! バーカ、あほ、陰湿、ヒョロガリクソザコども、死ね。あ、車で来てないんだった……重てえ、持ちにくい、クソがぁ……
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「おじちゃん? ボーッとしてどうしたみゃ」
「せ、先輩すいません、スタンプカードは置いてきちゃいました……」
「どうしたのよ、エリミネーター!?」
「はッ……すまんすまん、ちょっと嫌な記憶を思い出してしまった。お、いっぱい乗せたな〜!」
「みゃん! おじちゃんはこれが好きミャン」
「おっ、これ……うっ、ありがとう、ありがとう」
「うわわわわ、泣き始めた!」
いつの間にかズッシリと重たくなったお盆の上には、俺の大好きなドーナツが山のように乗せられていた。ドーナツおいしいよな。ジーザスと語感似てるし。それに色んな味が楽しめて値段に対してのカロリーも高いから安くてエネルギーをいっぱい摂れて最高だ。でもそんなことより、俺の好みをアグニャがしっかりと把握していてくれたことのほうがよっぽど最高だ。
アグニャには本当に驚かされてばかりだ。俺が好んで食べていた物をしっかりと観察し覚えていたなんて、とてもネコらしからぬ賢さ。それにフサフサの毛並みもあるし、ツナサンドイッチを嬉しそうにトングで掴んでかわいいし、たまらん。
「あなたほんとに大丈夫? 泣いたと思ったらアグニャを見てニコニコしだして……」
「心配するなエシャーティ。おじちゃんになると涙腺がもろくなって泣きやすくなるんだ。これは普通だ」
「そ、そうなの? まあ大丈夫ならよかった。ねえねえ、ドーナツっておいしい?」
「ああ、甘くてお菓子みたいなパンだ。栄養的にはどうなのか知らんが、元気になれるパンだぜ」
「へぇ〜、あたしも食べよっと」
美味しそうにチョコまみれになっているドーナツやサクサクしてそうな生地のドーナツを選び、トングで掴んでお盆に載せようとエシャーティは手をのばす。が、なぜかトングを閉じてドーナツの穴へ差し込むではありませんか。そういう取り方するヤツ初めてみたよ。
「あ、あ、あららァ〜!」
「おいおいドーナツが!」
「にゃあ、ズタズタにゃ」
「ちょっとお客さん、それ買い取ってよ」
「は、はい、ごめんなさい店員さん……」
さっきまで仏頂面で新聞を読んでいた店員もさすがに商品を壊されたら声を掛けてきた。それに対しエシャーティはペコリと頭を下げすぐに謝罪をしたのでムスッとしながら店員はまたレジに座り新聞を読む。その態度にエシャーティは萎縮してしまったのか、しょんぼりとトングを使用済みコーナーに置いて暗い表情になってしまった。
「あたしのせいで怒られたね……」
「そうしょんぼりするな。あのな、穴があったら刺してみたいのは人類の本能だ。初めてパン屋に来たお前は本能に従った結果間違いを犯したが、ちゃんと謝ったし店員も怒ってないよ」
「にゃあ、そうみゃそうみゃ」
「そっか、よかった〜」
「それじゃ会計して出るとしよう」
「にゃん! つにゃぱん〜」
山盛りのパンを持って俺たちは労働意欲の欠片もない店員の元へ行き会計を頼む。すると即座に返答が帰ってきた。
「はい、合計で8000円ね」
「うお、よく一瞬で分かるな」
「ここは俺の店だから値段は俺の好きに決めさせてもらう」
「ふーん。まあでも妥当な値付けだし文句はないな」
「そうなの? あたしサッパリわからないわ……」
「みゃあ、おじちゃん急に頭良く見えるニャ」
「ふっ、照れるぜ」
そういえばこの世界では初めてちゃんと買い物をした気がする。今までは死体の山から必要なものを剥ぎ取ってきたから買い物の必要性がなかったし、そもそも街の住民たちとすぐイザコザが起きるからお店でゆっくりショッピング、というのはしようとも思わなかったし。さて、8000円ね。はいはい、えーっと、サイフサイフ……
「……」
「ど、どうしたのエリミネーター?」
「いや、金自体はあるんだが見たことのない紙幣で足りるのか不安になってきた……」
「みゃあ、どういう事だみゃ?」
「とりあえず有り金全部出してみよう。あの、これ足ります?」
「ちょっとちょっとお客さん、これ全部100円だよ! 5000円しかないよ!」
「へぇ、100円! って、やっす!」
これ100円札かよ。細かい金額までお札にする世界だったか。あーあ、こいつらめっちゃ金持ってるじゃねえかって大喜びでおゼゼをかき集めてきたのに、50枚で5000円て。肩透かしもいいとこだよ。
「ね、ねえ、あたしお買い物したことないからよく分かんないんだけどさ、今どういう状況なの?」
「あのな、これ全部買うにはこの札束の半分くらい足りないんだよ。せっかくいっぱい選んだけど買う量を減らそう」
「みゃあ〜! イヤだみゃあ! ぜんぶ食うミ゛ャ!」
「そう言われても他の解決策はエリミネーションをするしかないし……あ!」
「あー! エリミネーションって言ったらだめ!」
「お前もだ、エシャーティ!!」
ついうっかり禁句を言ってしまった。しかも立て続けに二回も。いやー、やっちゃいましたなぁ。困ったらエリミネーションして強奪する、というエキサイトな思考を改めないと普段何気なくで破壊行為に及んでしまい大変危険だな。次から気をつけよう……
「みゃ、みゃみゃ〜! あの態度悪い店員が、パンに!!」
「うわ! えっぐ!」
「そうね、目がタマゴになってるね……」
「みゃみゃ、ウィンナーもついてるみゃ。モグモグ」
「おお、立派……って、食うな! かわいそうだ!」
「そ、そうね、かわいそうね……あ、うずら」
「ムムッ、ケツ部分はドーナツ!? いや最低すぎるだろ、おい」
他にも耳は食パンの耳で口は明太子パンだったり果てはティクティクの部分にはレーズンパンが設置されていたりで、今回のエリミネーションはやけにお遊びが過ぎている。でも店員がパンになっただけで他に被害が出ていないからラッキーだ。二回分のエリミネーションだったからどんな災害が起こるのか身構えたけど、意外と平和的だった。
いやウィンナーとかうずらをもしゃもしゃ食われているのは男としては身の毛もよだつ怖さだが。というかアグニャよ、うずらを食べるのやめろ。位置的にそれが元々なんだったのかくらい分かるだろ。察しろよ。なんか見てたら俺の心臓もキュッと縮み上がりそうだぜ。かわいそうに……
「みゃあ〜、ドーニャツ、おいち〜!」
「そこはマジでバッチイからやめとけって!」
「ハグハグハグ……みゃ!? 中から別のパンが出てきたミャ!!」
「えー、見せて見せて……え、これって」
「こ、これカレーパンだ。芸が凝ってるなぁ」
「辛いミャ……」
「ああ、カレーパン。て、てっきりあたし、お尻から出るアレかと」
とか言いつつエシャーティもハゲ散らした頭、もといアンパンをかじって黒いあんこを口につけている。お前たち、さっきまで生きてた人間をよく躊躇せずに食えるな……あ、鼻はコロネなんだ。噛むとチョコが出てきておいしい……もぐもぐ……
エシャーティ「そういえばあたし、今まで助けた人たちからお礼にお金もらってたんだった」
おじ「へぇ〜、いくらくらいもらったんだ?」
エシャーティ「えっとね、こんくらい!」
アグニャ「みゃあ〜、おじちゃんの100倍くらいあるミャ!」
おじ「うわあ、じゃああの店員は無駄死にか……」




