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女二人旅


 ※今回はエシャーティ視点でのエピソードをお送り致します。



 エリミネーターに逃げろと告げられアグニャに背負われて街を後にしてからどのくらい経ったんだろう。てっきりこの二人は予めはぐれた場合の待ち合わせ場所を決めてたりしたのかと思ったけど、どうもアグニャの様子を見るとガムシャラに駆け回っているだけな気がする。このままではアグニャとエリミネーターは離ればなれになってしまうよ。仕方ないんだから、もう。


「ズドドドド!!」

「ストップ、ストーップ!」

「みゃ? うんちかミャ?」

「違うよ! ねえ、どこに行こうとしてるの」

「にゃあ?」

「にゃあ、って何も考えずに走ってただけ?」

「みゃん〜」


 やっぱり当てもなく走ってただけのようで、アグニャはあたしを降ろすとその場に座り込んでしまった。うーん、ここまではほぼ一直線に突っ走ってきたはずだから、エリミネーターがあたしたちの走り去った方角をちゃんと確認してくれてたらそのうち合流できると思うけど……


 とはいえこのまま何もない場所でジッと待つのも面白くないので、地図でこの辺りに目印になりそうな建物とか地形がないか見てみる。するとちょうど近くにパン屋さんがあった。きっとエリミネーターもあの街の近くに私達がいないと分かると、次は最寄りの施設へと向かうはず。それにお昼ごはんにちょうどいい時間だし、決まりねっ!


「ねえアグニャ! パン屋さんに行きましょ」

「みゃあ、パンかみゃ」

「どうしたの、まさか猫舌だから食べれないとか? でもそんなアツアツのは売ってないと思うけど」

「違うミャ、食べたことにゃいから味を想像してたみゃん」

「え!? た、食べたことないの、パン!?」

「だってネコだしニャア」


 そういえばそうだった。この子はどこからどう見ても人間だけど、頭に付いたピコンポヨンと動くミミと、ぶるんぶるんと暴れまわり様々な意思表示をする長い尻尾を見れば分かり通り元々はネコだったんだ。確かにネコはパンなんて食べないね。


 ていうかあたしも病院食で出してもらえる味の薄い、ジャムも何も塗ってない状態のパンしか食べたことがないから普通のパンがどんなものか知らないや。あはは、人間エアプみたいな人生でごめんね。


「えへへ、よく考えたらあたしも食べたことないし一緒に食べてみよ!」

「にゃん〜、おじちゃんがパンを食べる時、いつも気になってたニャ。食うミャ!」

「そっかそっか、あたしもいろんなパンを食べてみたいなぁ」

「絶対にうみゃいみゃ。楽しみだにゃあ」


 そうだ。念の為にそこの木にメモを書いて張り紙しておこう。エリミネーターへ、あなたの大好きなにゃんこは預かった。寂しければここからほど近いパン屋さんに来なさい。早く来ないとあなたの食べる分のパンが無くなっちゃいます。急いでね……p.s.パン屋さんまでの簡単な地図も貼っておきます。っと、これでよし。


「にゃにを書いてるみゃ〜!」

「お手紙だよ。ねえアグニャ、この木を半分にできるかな」

「余裕だミャ〜! ふんにゃァァァァァァァ」

「わっ、すっごーい! ありがと!」

「みゃん〜」


 アグニャが木の根元からズバァッと斬り上げるように爪で引き裂いたらキレイにタテに真っ二つになってしまった。あたしは幹を横に切ると思ったんだけどまあいっか。こっちのほうが他の木よりも目立つからエリミネーターも気づきやすいでしょ。


 さて貼り紙をするか、と木に触れようとしたら突然アグニャが背伸びをして大声を出し、思わずあたしは驚いて尻もちをついちゃった。そして何やらバリバリと木を引っ掻いている……こわっ。え、どうしたの、こわっ。


「う、う、うみゃみゃみゃみゃ」

「どうしたの!? え、どうしたの!?」

「えっほ、えっほ」

「こわっ」


 あたしの声に一切耳を貸さず一心不乱に木を引っ掻いている。まるで緊迫した様子で大きなミミはヒタリと頭に張り付き、目は見開かれてどこか虚空を見つめ心ここにあらずといった表情のまま、ただただ力任せに背伸びをしながら木を引っ掻き、そしてたまにピタッと急停止する。何もかもが急で見ているこっちが不安になる。


「あ!!」

「え、なに!?」

「ゲボ!!」

「ゲボ!?」

「けぽぽっ。ふぉ、クカッ、おろろろろ」

「ヒェェェェェェェェェ」


 ほんとに何なのよあなた! 急に嘔吐しないでよ!! ていうかどう見てもあなたの髪の毛みたいな銀色の毛玉が吐き出されてるけど、あなたいったいどういう生活してるの。エリミネーターはアグニャに何をさせてるのよ、まったく。それにしてもいっぱい出すわね。あの引き締まった体のどこにあんだけの量が詰まってたんだろう。


「ふみゃ〜。終わったみゃあ」

「そ、そう。落ち着いたみたいでよかった。お水飲む?」

「飲む!」


 カバンに入っていたお水をあげるとゴボゴボゴボとすごい勢いでノドに流し込み、ゆさゆさとリラックスした感じで尻尾を揺らしている。なるほどこれがネコの愛嬌と言うやつか。先ほどの切羽詰まった動作とは打って変わり、あたしをまるで信頼しきった様子でクイーとお腹を仰け反らせ、ボトルの底まで飲み干さんと頑張っているアグニャはとてつもなく愛らしい。


 そして無防備に突き出されたお腹をもふもふしたい。エリミネーターはこの体を好きに撫でまくれるなんてとんでもなく贅沢な身分だ。ええい、ちょっとくらいあたしも楽しんだっていいでしょ! そりゃ、わしゃわしゃー!!


「ミ゛ャ!?」

「きゃはは、細いのにやわらかーい!」

「ぶみゃー!」

「やだー! 押し返さないでー!」

「やめるにゃ! そこはおじちゃんだけ撫でていいトコだみゃ!!」

「えー、けち!」

「だめにゃ! 怒るにゃ!」


 銀々と艶がある尻尾をモモモッと膨らませほっぺたをぷくーとさせるアグニャからは本当に拒絶の意思を感じた。それは言うならば「あなたの事は嫌いじゃないけど、親しき仲にも礼儀ありってのを弁えてね」というやんわりとした、けれどハッキリとした拒絶の意思。


 あたしはネコについて何も知らない。だからネコにとって、いやアグニャにとって嫌な部分を触ってしまったのかもしれない。というかあたしは他人と触れ合った事がないので、人間としてアグニャと接するにしても普通の友達というのはお腹を撫であうような事をするのかすら分からない。あたしは何も出来ずに死んだから、距離感とか加減が分からない。


 実を言うとこっちに来た当初、小さな人間のような生き物を見つけたんだけど誤って握り潰してしまったんだよね。この異世界に来たら人並み以上の力が知らない内に身についていたとは思わず、つい……


 だからあたしは何が悪かったのかは分からないけど、精一杯の誠意を込めてアグニャに謝った。


「ごめんなさい、アグニャ」

「みゃ、そんな真剣にあやみゃらみゃいでみゃ」

「んふ、な、なんて?」

「みょんみゃみんみんにみゃらみゃらみゃいでにゃ」

「く、ふふ、わざとでしょ」

「みゃんみゃん」


 そっか、これが友達か。ちゃんと謝ったら許してあげるのが友達か。ああ、またあなたの事が一層羨ましくなったよエリミネーター。だってこんなに可愛くてモフモフでうんちとかおしっことかいきなり始めて面白くて気まぐれで変な、けどとっても暖かな心を持っている子と死んでなお再会して一緒に過ごしているんだもん。


 ずっとずっと一人ぼっちで、病気のせいで何にもできない人生を送り、終いには自分の身を自分で守ることすらできず死んじゃったあたしは、エリミネーターの事が本当に輝いて見える。

 あの人は自分の身は自分で守れるどころかアグニャまで守れるし、己の体一つだけを元手にアグニャを養いながら生活する力もあるし、なによりアグニャと出会えた幸運が羨ましい。


 だからこそ、いつかは決着をつけなければならない。あの人は本当は良い人だったのにあたしの妬みや自己満足の正義感で”次会った時は敵”だなんて酷いことを言ってしまったのだから。こんな性格だから前世はボロクソだったのかな。嫌んなっちゃう。ああ、辛いなぁ。ネガティブな気分になると長いんだよ、あたし。


「にゃ、エシャーティ、あそぼ!」

「……」

「にゃん〜、こいこい棒を持つニャ」

「こ、こいこい棒?」

「みゃ! ミャミャミャミャ」

「振ればいいのかな」

「コロコロー!」

「あはは、なんで転がるのよ。えい!」

「ミャー! ズドドドド」


 こいこい棒、というか矢を向こうへ投げるとアグニャは猛然と追いかけて口に咥えて持ってきた。その様子はまるでイヌのようだ。ネコなのにイヌ。そしてよだれでベタベタになった矢。あとバッシバシと暴走する尻尾。それら全てが相まってあたしの淀んだ心にパッと明るい笑いが差した。


「もー、しょうがないわね! えいえいー」

「うみゃみゃ、なかなかやるミャン。けどおじちゃんと違って動きがニャンパターンみゃ」

「言ったわね〜! ほほほほほほい!」

「ぶみゃ〜、そうこにゃくっちゃ!」


 アグニャの挑発にまんまと乗せられ、全身を使ってダイナミックに矢を振り回す。ああ、人と遊ぶのってこんなに心が明るくなって気持ちのいい行為なんだ。病気を気にせず、体力も無限にあって、そしてそれに付き合ってくれる相手がいるのはなんて楽しくて素晴らしい事なんだろう。


 恐らくアグニャはさっきあたしが不貞腐れた顔をしてしまったので、気を使って遊ぼうと誘ってくれたのだと思う。そしてその優しさはエリミネーターも優しいからこそ育まれたものなんだろうね。こんなにエリミネーターの事ばかりを考えるなんて、もしかしたらあたし、だんだんあの人の事が……


「みゃみゃみゃ〜……あ、あぶにゃい!」

「きゃっ!?」


 しまった、まだ体を動かすのに全然慣れていないのにアグニャと遊びながら考え事してたからバランスを崩しちゃった!


 ど、どうしよう、このままでは思いっきり転んでケガをしちゃうよ。しかしなんてスローモーションで時が流れるのよ。腹立たしいくらいにケガを防ぐようもがく猶予を与えてくれるわね。でもそんな猶予を与えられても、自分の体すら思い通りに動かせないあたしにとっては全くの無駄。残念だわ、エシャーティ。あたしってほんとにザコ。チャンスを捨てる女。うすのろ、でくのぼう、陰キャ。


 あーもう、せっかくアグニャと遊んでいい気分だったのにそれでケガしたらアグニャは気まずいじゃん。ほんっとあたしは……


「あっぶねー! おいエシャーティ、大丈夫か!?」

「えっ……エリミネーター!?」

「みゃあ〜! おじちゃんニャイスキャッチみゃ!」

「ふっ、おじちゃんフィジカルだけはガチだから余裕よ。ほら、座りな」

「あ、ありがと……」


 どのような物にも例えがたい硬く詰まった筋肉と、頼りがいのある大振りな動作、あたしを包み込んで安心させてくれる大きな体、そして不意に見せた柔和な言葉と優しい気遣いが、そして不意に初めて呼んでくれたエシャーティという声が、あたしの心を……エリミネーションした。


 ほんと、あたしってチョロい女。ちょっと優しくされただけですぐ惚れちゃった。なんであなたはそんなに飄々としてるの? あたしの名前を呼ぶだけでキュンとさせられるの? ねえ、ねえ、なんで?


 やっぱりあなたはエリミネーター。あなたとは必ず決着をつけなければならないみたい。そして必ずあたしは勝つ。勝たないとこの心のときめきが行き場を失うもん。あたしは絶対にこの世界ではやりたいことを全てやるって決めたんだから。だから絶対にあたしは勝つ。勝ってあなたにこの高揚のお礼をするんだから。ふふ、楽しみに待ってなさい、エリミネーター。



おじ「あれ、この紙はなんだ?」

エシャーティ「それはこの木に貼ろうとしたけど色々あって貼り損ねた置き手紙ね。もう要らないから捨てていいよ」

おじ「ふーん……かわいい字だな。捨てるのもったいないよ」

エシャーティ「うへっ!?」

アグニャ「エシャーティがみるみる赤くなってくミャ!」


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