人の悪意
「あのさ、実はアグニャもその地震が原因で死んだんだ」
「そっか。なんとなくさ、あなたたちも同じ日に死んだ人なんだろうなって感じてたよ」
「そう言いたいところだが、俺はアグニャが死んだ悲しみで後追い自殺したから一日ズレてんだよ。なのになんでアグニャと同時に転生したのか……」
「細かい事はいいじゃない。あーあ、あたしも動物を飼ってみたかったなぁ。うらやましい〜」
机の上で豪快に丸まって寝ているアグニャのたおやかな銀の毛並みを味わうように撫でる金髪女。頭を撫でられてアグニャもくぁ〜とあくびをしながら目を覚まし、のんびりと手足をググっと伸ばし好き勝手に机の上の本を蹴落とした。ネコだもんね、仕方ないね。
「ふにゃァァァァ。なんか用みゃ?」
「ふふ、起こしちゃってごめん。触っていいかな?」
「別に構わにゃいミャ」
「ありがと。そーれ、もふもふ〜!」
「みゃあ〜、尻尾はわしわしするにゃァァァァ」
可愛い女の子が可愛い女の子に対して可愛いことするの可愛すぎだろ。図書館なのにみゃあみゃあ、きゃあきゃあと騒いじゃってるけど文句を言うやつが来たら俺がねじ伏せる。あ、金髪女はマジメだからちゃんと大人しくするのかな。でも割りと変わった女でもあるしなぁ。おっと、フラグを立てていたら早速来たぞ、うるさいと注意してくるやつが。
「ちょっとそこのおじさん、さっきからずっとうるさいし迷惑行為をされていて困りますよ」
「これは失礼。すぐ静かにしてマナーを守ります」
「あれ? エリミネーターって意外と普通に人と話すじゃない」
「みゃあ、そうだみゃ。おじちゃんは本当は優しいんだニャ。でもここからが見どころだミャ」
そう、ここからが見どころというか問題なのだ俺の場合は。どれだけ俺が丁寧に腰を低く対応しても、絶対にまともに取り合ってくれないのだ。まるで俺は生きているだけで迷惑だと言わんばかりにな。
「あのですね、正直言うとあなたは退館してほしいんですよ。先ほどから女の子を見てニヤニヤしている不審者がいるとお客様からご報告もあるんです。不愉快です」
「そうだそうだ、ワシもそんな汚い男がいるとおちおち新聞も読めんわい」
「だいたいなんだその顔! なんでそんなに鼻の穴がデカいんだ?」
「ガキの頃に鼻をほじりすぎて広がったんだろ」
「キモすぎてキモ」
理不尽な難癖をつける者。有る事無い事言う者。茶化して煽る者。そして傍観を気取ってゲラゲラと笑う者。もう何十年も苦しまされ続けた悪意の波が、また俺を襲う。
「フー、フシャァァァ!!」
「な、なによ、なんで皆ひどいことばかり言うのよ……」
「分かったか、金髪女。これが人の悪意だ」
「これが……あなたの苦しみ?」
「ああ。どれだけ頑張っても、俺はこんな目にあう宿命なんだ」
苦い顔をして罵詈雑言を聞き流す。こうなっては仕方がない。まだまだアグニャたちと一緒に読書をしたかったが、もうここにはいれないだろう。腹が立つのでエリミネーションをしてから立ち去りたいが、金髪女がいる手前そうするワケにもいくまい。
大勢の罵倒を背に怒りを露にするアグニャを連れて図書館から出ていこうとしたら、なんと金髪女が突然あの滅びの呪文を叫んだ。どうしてだ金髪女。俺なんかに同情して自分の信念を捻じ曲げるんじゃない。
「……エリミネーション!!」
「ぐっ、ぐっ、ぐががががが」
「ぴゃるますふぉいじゃァァ」
「ぱぅ! ぱぅぅぅ! ぽっ」
「みゃあ、よくやったみゃエシャーティ! スカッとするにゃん!!」
「おい金髪女! おまえ……」
「あーあ、やっちゃった! さ、逃げよ!」
エリミネーションを食らった人間どもは次々に全身の筋肉という筋肉が異様に膨れ上がり、やがて浮き出た血管がバユッフ! と皮膚を突き破って血の散水をしたり、発達した喉の筋肉(喉に筋肉があるのか知らんけど)を駆使しゴがァァァと力任せな慟哭を放ちながらスポーンと頭が筋肉カタパルトのように射出されたりして阿鼻叫喚だ。叡智の象徴たる図書館で野蛮な筋肉に苦しみもがき命を散らすなんて、えげつない事が起きるもんだ。
ともかく俺たちはドタドタと協議会図書館から出ると、騒ぎを聞きつけた街の警備隊が俺たちを取り囲んで威圧してきた。
「この騒動! お前らが世界中で噂のエリミネーターか!」
「あらら、あたしまで一緒にされちゃった」
「お前は今までずっと人助けをしてたのに薄情なもんだな、人間ってやつは」
「何をコソコソと企んでいる! 皆の者、いくぞ!」
「「「「おー!」」」」
甲冑に身を包みいかにも兵士です、という見た目のヤツらがジリジリと矢やら槍やら剣やらを向けながらこちらへ近寄る。さて、さっき金髪女には助けてもらったわけだし、今度は俺が憎まれ役を務めるとしましょうかね。
「フシャァァァ! うー、みゃみゃあ!!」
「アグニャ、頼みがある。トロ臭い金髪女を抱えて街の外に逃げてくれ」
「みゃ! お安い御用ミャ」
「ちょ、ちょっと、あなたも逃げるわよ!」
「俺は俺のやりたいことをやってから行く」
「……そう。それじゃ待ってるね、エリミネーター」
そう言い残すとアグニャは金髪女をガッシと抱きかかえ、ぴょーんと警備隊たちの頭上を飛び越えてズドドドドとどこかへ去っていった。おいおい、そっちは俺たちが目指してる東じゃなくて北だよ。まあいいか、どうせあと少しで東の果てに着くから誤差のようなもんだ。
「ふん、囲いの女や神獣たちを逃してカッコつけている場合か、エリミネーターよ」
「バーカ、あいつらを逃したのは金髪女の信念を尊重してだよ。あの女はな、お前らみてえなゴミどもの悩みを真剣に解決しちゃうようなお人好しだからな。なるべく殺人現場を見せたくないんだよ」
「うるさい、死ねエリミネーター!」
「鼻デカいんだよ、ブサメン野郎!」
「急に早口になってキモい、ハゲ!」
「しかも何言ってるかよく分からん」
「少し喋るだけで無能さが丸わかり」
「話の仕方がめちゃくちゃ一方的!」
「会話のキャッチボール、できますかァ?」
なんかこうしてわいのわいのと悪口を言われるのも久しぶりだな。ここ最近は金髪女と過ごしててまったく邪気のない生活をしてたから、こうして悪意に満ちた対応をされると何だか調子が出てくる気すらするぜ! というわけでお疲れさん、死ね。
「お前らこそペチャクチャと早口で捲し立てるじゃねえかよ!」
「だいたい俺の鼻の穴は生まれつきだ、ボケどもがァァァァ!」
「このワイドスタンスなお鼻のおかげでマスクしながらの重労働でも酸欠にならずにやってきたんだ!」
「それをお前らみたいなクソザコぷっぷくぷーにとやかく言われても、全然効かないんだからね!」
「でも腹が立つから死ね、エリミネーション!」
「あんぎゃああああああああああ!」
「気にしてんじゃんんんんんんん!」
「喋るときフンスフンスしててキモもももももがががががががががががが!!!!!!」
俺を小馬鹿にしていた奴らの鼻の穴が急に収縮し、さらに口もピッタリと張り付いて呼吸を塞がれた。と思えば急にぷひゅーと耳の穴が巨大化し辺りに様々な汚物、というか脳を撒き散らしながら爆散してしまった。
甲冑や兜に身を包んでいた兵士たちの体が急に爆散するものだから、装備品もただでは済まず一緒くたになってボンボコと弾け飛ぶ。その破片が街の建物や野次馬していた民衆に衝突すると、たちどころに当たった部分を酸のように溶かし始め、活気があって賑やかだった街は一転して地獄絵図となった。
「わぁぁぁ、く、苦しい、足が溶けたァァ!」
「きゃー! ポチが、ポチがー!」
「うぷっ、溶けた部分から出るガス、刺激臭が酷い……ゲェェェェ!」
「うわわわわ、ゲロも人を溶かす! お助けー!」
「だ、誰かー! 崩落した家に子供が閉じ込められました!!」
あーあ、エリミネーションすると何もかもが破壊しつくされちまって困りものだねえ。この街が誇る世界最大の図書館とやらも、あっけなく溶けて崩落してしまった。まあ金髪女とかアグニャが楽しんだ後だからどうでもいいや。
しかし今回のエリミネーションは持続型苦痛って感じでなかなか人が死なないな。いつもなら派手にボンボン死にまくってある意味潔いのだが。あんまり人が苦しむ様を見て楽しむのも悪趣味だし、介錯してやるとするか……
「あばよ、協議会図書館。楽しかったぜ……エリミネーション」
この世界の叡智が集結した施設へエリミネーションを唱える。するとビカっと崩落した図書館が光を放ち、辺り一帯を巻き込んで凄まじい大爆発を起こし綺麗サッパリと街を吹き飛ばした。
結局今回も街が消えるまでやってしまった。こんなに綺麗に街を消してしまったら遠くからでも何が起こったのか丸分かりで金髪女にお目汚ししないよう気を使った意味がないじゃん。はぁ、俺ってやっぱ不器用だなぁ。もっとがんばろ。
精悍な男「久しぶりだな、読者の諸君!」
女騎士「私達を覚えているだろうか」
精悍な男「意味ありげに生かされた俺たちだが」
女騎士「出番を作りづらく、放置されたままなのだ」
精悍な男「どうするんだろうね、俺たち」
女騎士「さあな……」




