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はじめての図書館


 近くの街へ到着するとさっそく人の多そうなところへと向かうことにした。人というのは大勢いると強気になるものだから、金髪女に人の悪意を見せつけるには多ければ多いほど良い。というわけで地図に書いてあったこの街の名所、この世界最大の規模を誇るという”協議会図書館”なる大仰な名前の施設へ俺たちは来た。


「あたし図書館ってはじめて! ねえ、なんか入り口に石碑があるよ」

「設立の起源とかありがたい教訓が書いてあるな」

「みゃん〜。そういえばおじちゃんって、普通に字が読めるミャ」

「言われてみればあたしも見たことない文字なのに読めてるわ……!」

「羨ましいミャ〜。全然読めにゃいにゃん」


 確かに日本語しか分からん俺でもスラスラこの世界の字を読め、地図の書き込みなどを理解できるのは不可思議である。でもそういうのはご都合主義で勝手にそういう識字能力が身についていたと考えていた。異世界によくあるパターンだろ、と。


 でもこいつらは俗世に疎くてそういうお約束も存じないから不思議で不思議でたまらなさそうな顔をして首を傾げている。どうしてー、なんでー、ねえねえこれなんて読むのー、と。めちゃくちゃキュートな事言ってておじさんは萌えたよ。いちいち可愛いんだから、もう。お菓子あげよ。


「ほら二人とも、そんなばっちい石碑触ったら汚いよ。お菓子あげるからこっち来なさい」

「はーい! ねえねえ、何しよ何しよ!」

「みゃみゃ〜、これ初めて食べるミ゛ャ。ガリガリガリガリ」

「ああ、アメ玉噛み砕いたの……ほらもう一個あげる。これはね、少しずつ舐めるんだ」

「ペロペロペロペロペロペロペロペロ」

「は、早すぎる! あたしもペロペロする!」


 この子たちが可愛すぎて俺の淀んだ視界が煌々と煌めく。かわいいは正義。こんなに可愛くて癒やされる子たちと過ごしてると、人間も捨てたもんじゃないなと実感する。この世の全ての人間が大なり小なり俺の敵だが、この二人からは純粋な善意しか感じない。どれだけ俺の見た目が醜くて捻くれた男だとしても、それを受け入れて対等に接してくれる。


 俺が好意を見せればそれに応えて親しげに相手をしてくれるし、悪意を見せれば自分たちの信念に基づき俺を問いただす。そんな普通の対応が俺にとってはとても大きな事なんだ。だから俺は、金髪女はどう思っているかは分からんがこいつの夢の手助けをしたいと思い、こうして初めて来るであろう図書館へと足を運んだのだ。


「ねえねえ、この本勝手に読んでいいの?」

「ああ、好きなのを読め。そうそうアグニャ、お前には絵本を読み聞かせしてあげよう」

「みゃん!! おじちゃんありがとにゃ!」

「この世界の絵本とか気になるし、あたしもそっち行く!」


 既にいくつかの本を手にしていた金髪女もドタドタとこっちへ近づくが、何かを持ちながら歩くという”並行作業”はちょっと難しすぎたようで、急いでいるのによちよちと、しかしドタドタと不思議な様子を披露している。やれやれ、仕方ないぜ!


「ほら貸して、俺が持つよ。なんか気になる本があったら言ってくれ、どんな高いところのやつでもおじさんが取ってやる」

「助かった〜。実を言うとこのハシゴを登ろうとしたんだけど、怖くてできなかったの。ねえ、あれとって!」

「ふふん、おじさんはこんな物使わずに取れるぜ。ぴょんぴょん!」

「す、すっごーい! ジャンプして取っちゃった!」


 キラキラと尊敬の眼差しを向けられるのはなんて心地がいいのだろう。やってることはめちゃくちゃショボいけど。しかしこいつの選んでる本はやけに難しそうな学問書とかが多いな。もしかしてちょっと背伸びして俺たちにカッコいい姿を見せようとして選んだのだろうか。なにそれかわいい。頭撫でたい。


 でもアグニャじゃないしそんなことしたら嫌われるよな。相手は子供っぽくても正真正銘の人間の女の子なのだ。そして俺は史上最弱のじゃくおじ。普通におしゃべりしてるだけで奇跡というのを噛みしめろ! 無心で席まで本を運べ!……あ、アグニャ発見。既に絵本を用意して座っている。ちょっと見ないスキに読書の準備を終えるなんて、行動の早いやつだぜ。


「みゃあ、おじちゃんこの本読んでみゃ」

「お、自分で選んだのか。やっぱ頭がいいなぁアグニャ」

「みゃん〜! すごいかにゃ? 偉いかみゃ?」

「すごすぎるよ! あたしなんかこの席まで本を持ってこれなかったのに!」

「はいはい二人ともえらいえらい。それじゃ読書に励みますか」


 そしてのんびりとした時間が始まった。俺とアグニャは子供向けの絵本を少しずつ読み進め、金髪女は静々と分厚い学問書の適当なページを開き考え事をしている。とりあえず開いてはいるが内容を理解しているのだろうか。


 ……


 絵本を一冊読み終えたし、金髪女に声を掛けよう。アグニャは絵本を読んでる間に眠ってしまったし。


「どんな本を読んでるんだ?」

「ん。医学についての本だよ」

「ふーん……あ、そういえばお前、以前アグニャが脚をケガした時にすぐどんな状態か把握して治療しようとしてくれたよな」

「そんなこともあったね。ジャングルであなたの叫ぶ声が聞こえたときは何事かと思った。懐かしいね」

「その、今更だけどアグニャを助けてくれてありがとな。あの時来てくれて本当に助かった」

「言ってるでしょ、あたしは困ってる人をみんな助けるのが夢なんだって。それにあの時はあなたに指示を出しただけだし」


 そういえばコイツは生まれてからずっと病院で過ごしていた、と言う割にはヤケにケガについて詳しい知識を持っていたな。それこそきちんと学校に通って学んだような知識が。それに今もこうして医学書とやらを読んでいるし、どうして金髪女はこんなに医学について執着しているのだろう。


「なあ、なんでそんなに医療に熱心なんだ」

「ほらあたしってさ、ずっと病気だったじゃない。でまあ暇つぶしに本を読んでたら自分の身は自分で守る、っていうフレーズに感動してさ」

「ふんふん。まあよく聞く文言だな」

「でもあたしは常に誰かを頼らないと、自分を守るどころかその日を生き延びる事すらできない」


 こいつの病気ってそんなに重たかったのか。俺は仕事が仕事なのでありとあらゆるケガを経験したが持ち前の健康的肉体で絶対に予定より早く治しちゃう人間だから、いまいち病気の人の辛さが想像できないんだよな。


 けど金髪女のまるで生まれて初めて歩き回ったかのようなぎこちない動きを見ていたら、少しだけ病人の辛さが分かったような気がする。それはそれとして、どうしてその事が医学につながるんだ?


「だからあたし、自分の身は自分で守ろうと決心したの! 猛勉強してお医者さんになって、自分の病気くらい自分で治してやるってね」

「それはまたぶっ飛んだ発想に至ったな……」

「実を言うとお医者さんとしての免許は持ってたりするんだよ。まあ実技的、実務的な要求が少ない外国のライセンスではあるけど……」

「すごいじゃないか!」


 意気揚々と誇らしげに胸を張った金髪女だったが、不意に表情は陰りを見せて不穏な雰囲気を見せた。一体彼女の前世にどんな災難が待ち受けていたのだろう?


「あたしの病気、どうしてもドナーがいなきゃ治せなくてさ。まあ長い間ドナーを募っていた甲斐があって提供者がやっと見つかったんだけどね」

「なんだ、よかったじゃないか。いや待て、それならなんで死んだんだ。手術が失敗したのか?」

「いいえ。あのね、小さな地震が起きてあたしの生命維持装置が故障しちゃってさ。あはは、ほんと、もう少しで今みたいに自由に動けるとこだったのになぁ」


 ……小さな地震?


「あたしさ、ドナーを頼って日本っていう国に来ててね。そこの国は地震が元々多いんだけど、あたしが死んだのは本当に小さな地震だったの」


 に、日本だと!? それに小さな地震……もしかして俺たちは同じ日の同じ時間に死んだのでは……!?


 いやでも俺はあの地震が起きた次の日に海で死んだはずだから、金髪女の死んだ日と一日ズレる……いや、待てよ、俺の目の前にあの地震で死んだもう一人の犠牲者がいるじゃないか!!


「みゃー……すぴー……」


 そう、アグニャだ。



アグニャ「二人ともいい感じだから自分でえほんを探すミャ」

アグニャ「とは言っても、そもそもえほんってなんなのみゃ……」

子ども「あ、ネコのおねえさんがいる!」

アグニャ「みゃみゃ、馴れ馴れしいみゃんね。でもなんか面白そうなの持ってるにゃ」

子ども「読みたいの? ぼくもう読んだからあげる!」

アグニャ「みゃん〜! ありがとにゃ!」


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