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あれが欲しくてたまらない


 ああ、やばい、俺はアグニャだけいれば何もいらないと再三言っていたが、実を言うともう一つだけ体が欲している物があったのを忘れていた。文明の賜物たる”それ”は、決して異世界には存在しない物だ。よく小説やアニメで俺のように異世界転生をしている者がいるがあの人たちはまるで何にも、どんな嗜好品にも依存せずに生きている菩薩のような人たちなのだろうかと感心する。俺は”それ”が無いと落ち着かないのに。


 ────ゲーム? 違う。自慢じゃないが俺はゲームですら自分の得意ジャンルが分からぬまま死んだ。音ゲーをすれば運指のクセを直せず挫折し、RPGをすればキャラロストを繰り返し、といった具合でゲーム自体に向いていないのだと痛感し、あまり手を出さなかったのだ。


 ────では酒、タバコ? 違う。俺はみんなから理不尽に嫌われ、日夜膨大なストレスと戦い疲れ果てていた弱者男性であったが、決して酒やタバコに頼ることはせずアグニャと過ごすことでストレスコントロールをこなしていた。まあ第一話のあの場面を見た皆さんは、俺は日常のイライラを普段から酒で紛らわしていて最期の瞬間も現実逃避で飲んだくれた、と思われるかもしれないが、実は滅多に酒飲まないんだよね。


 そろそろクドいと言われそうなので正解を発表しよう。そう、俺がどうしてもこっちの世界でも使いたいと思っているのはスマホだ。あまりにも普通すぎて肩透かしを食らっただろうが、スマホにどっぷり浸かった現代人がある日突然スマホレスの生活を送れと言われても非常に難しいと思う。


 俺もスマホで毎日のようにアグニャを撮って人知れずニヤニヤしたり、アグニャのケツをドアップで表示してうっとりしたり、アグニャが電子レンジのチーンという音にびっくりして飛び跳ねるビデオを再生したり、猫洋服のスカジャンを着て澄まし顔をしながら扇風機を観察しているアグニャの様子を見たり、とにかくスマホを大活用していたのだ。


 それが今やスマホでどこでもアグニャを見る権利を封じられ、代わりにいつでもアグニャ本体を見る権利を手に入れてよォ……あれ、ちょっと待て、もしかしてさほど不便ではない?


「なあアグニャ、ケツを見せて」

「にゃん! ふりふり〜」

「むひょひょ、尻尾がピンと立って素敵だねぇ」

「ほらおじちゃん、こういうのも好きにゃったにゃ」

「ほげ〜〜〜、それはアグニャお得意の尻尾を抱え込んで転がるポーズ! 人間の姿だと果てしなくセクシーだ……」

「にゃんにゃん、もっと見るニャ。そして褒めるみゃあ」


 うん。別にスマホいらないね。というか今の生活のほうがよっぽど素晴らしいね。だってただでさえ賢かったアグニャの発する言葉が全て理解できるようになったんだもん。以前も何となくアグニャの考えてる事は察することが出来たが、やはり言葉が通じて直接意思疎通ができるのはかなり大きい。まあでも俺たちの仲となると、言葉を交わさずともジェスチャーや雰囲気で相手が何を求めてるのか分かっちゃうんだけどな。


 例えば今のアグニャはクシクシと左脚で器用に頭をカイカイしてるが、あれは単に頭がかゆいワケではなくて、手持ち無沙汰でヒマだからなんかしろ、と暗に俺に伝えているのだ。だから俺はその場に座り込み、ぽんぽんとヒザを叩くとアグニャは大喜びで飛び乗ってくるワケよ。ほらきた! アァ〜! このちょうどいい重みとネコのように柔らかい肉付き、たまんねぇ〜! いやまあネコのようにどころかネコなんだけども。


「おっじちゃ〜ん!」

「あは、あはあ〜!」

「ペロペロペロペロ」

「くすぐったい〜!」

「……カァァっ!」

「うわ、そんな顔しないで」


 ヒザに丸まりながら無謀にも40年の時を刻んだ俺のワキをペロペロしたアグニャは、眉間に刻まれたシワがもう戻らないんじゃないかってくらい強烈な表情のまま固まってしまった。ごめんな、おじちゃんどんだけ気を使っても臭いよな。でもちょっとその顔は傷つくよ。フレーメン反応長くない、ねえ。


「み゛ゃ」

「おお、元に戻った」

「あ!!」

「なんだ、ゲロか!?」

「違うニャ、エシャーティがいるにゃ」

「なにィ、どっちだ! 捕まえるぞ!」

「うみゃー!! おじちゃんの真後ろニャー!」

「エッ!?」

「ご、ごきげんよう、エリミネーター」


 いつからいたんだよ、金髪女! いるなら声ぐらい掛けろバカ! こんなアグニャをヒザに乗っけてイチャイチャしてるとこを無言で眺めるなんて悪趣味だぞ。


 しかしこいつのイメージもだいぶ第一印象から変わった気がするなぁ。完璧超人だと思ってたけど意外と変なヤツだし、意識高い系を装い人当たりが良いようにしてたと思えば、結構あっさりドライで人を突き放すような事も言うし。底が知れん変人だ。顔は良いけどキモ。あと死ね。


 そういえばコイツは結局転生者なのか、それともこの世界の現地民どうかも不明だしな。まあ気に入らない女だからとりあえず戦うけど。俺以外にエリミネーションを使えるやつはいらねえんだよ。だから死ねやァァァ。


「オラカスゥ、ビビってんのか、エリミネーションせんかい!」

「いや、あなたには効かないじゃん。と見せかけてエリミネーション!」

「うわ、するのかよ!……なんだ、何も起こらねえじゃん」

「みゃあ! く、雲がいきなり出てきて向こうに雷が落ちまくってるにゃ!」

「ひぇ〜、あれは教会のほうね。ああ、南無」


 遠くを見ると確かにさっきまでは見渡す限り雲一つない快晴だったのに、遠くの方に不自然な灰色雲が所在無げに漂いながらビカビカと雷を落としまくっている。よかったー、エリミネーション効かない体質で。あんなの相手にしてたら命がいくつあっても足りんわ。まったく怖い力だぜ。あんな軽々しく使わないでほしいよ、もっとこう、キチンと考えて撃ってほしいものである。え、お前もじゃい?


「ねえエリミネーター、次に会う時は敵だってあたし言ったよね」

「ふん、お前なんぞ最初から敵じゃい」

「そっか。じゃあ死になさい」


 さっきまでの態度から豹変し、突然無表情になった金髪女はものすごくヒョロヒョロのキックを俺にお見舞いした。さらにヘナチョコのパンチを繰り出し、仕上げと言わんばかりにどこからか取り出したナイフで刺す! 俺のステンレスのようにカチコチの剛体を刺す! 刺して刺して刺しまくる!! ついでにスカートもヒラヒラ。丸見えだ!


「はぁ、はぁ、ふっ。エリミネーターもあっけない最期ね。じゃあ行こっか、アグニャちゃん」

「みゃ、みゃあ?」

「どう考えても今のでエリミネーターは死んだわ。悲しいのは分かるけど、死骸に縋りついても何も進まない。でもあたしが責任持ってあなたを守ってあげるから」


 こいつは一体なにを言ってるんだ。金髪女の攻撃があまりにもゴミだったから棒立ちのままピクリとも動かずに無視していただけなんだけど。決しておぱんつチラチラ嬉しいな、とか考えてないからな。


 それにアグニャはお前の奇行に驚いて俺に抱きついてきただけだ。確かに俺の顔はしょっちゅう”死んだホルマリン漬け”とか”生命エアプ顔”とかボロクソに言われるけどちゃんと生きてますから。


「いやあのね、お前弱すぎ。蚊でも刺したかな?」

「う、うっそー!! あんた、いよいよ顔だけじゃなくて体までモンスターになっちゃったの!?」

「うみゃあ、めちゃくちゃ失礼みゃん」

「まったくだ。まあ見てろや金髪女。ステゴロってのはこうすンだよっ!」


 見よこの齢40を歩んだ腕を! 重労働を強いられた腕を! 金髪女のように何も苦労を知らない貧相でスベスベで色白な腕とは全く違う威圧感がほとばしっているぜ。


 ギチチチと拳に圧を込めると俺の思い通りに力が滾る恵まれたゆんで(左手)。グググっと引き締めるとまるで太綱の束のように絞られるめて(右手)。そうさ、俺は金髪女にたった一つだけ勝っているものがある。この誇らしいゆんでとめてがエリミネーション抜きでも俺の強さを保証してくれるじゃないか。


 さあいくぞ、殴るぞ、ぶつぞ、ドつくぞ! ほら、い、いくぞ! よーし、行くからな。俺はこの拳を思い切り叩きつけちゃうんだからな!


「こ、こうすンだよ……!」

「みゃ? 早く殴るにゃ」

「ちょっと待ってくれ、いざ女の子と対面すると中々殴るのにためらいが……」

「なによあんた、ビビってんの?」

「う、うるせえ! 後悔するなよ、ジーザス!」

「うぐっ」


 あ、あれ、結構思いっきり叩いたのにあんまり効いてないぞ。そんなはずはない。自慢ではないが俺の筋力はこの世界に来る前の段階からそこそこ鍛えられてたはずだ。こんな痩せっぽっちの華奢な女なんて軽くツンツンしただけでも下手すれば涙ぐむはずなのに。おかしいな、もういっちょ殴ってみるか。


「えい、えいえい、えーい!!」

「うみゃ、おじちゃんがヒクぐらいぶっ叩きまくってるミャ」

「いったたた、ちょ、やめなさい!!」

「うわ、アザが出来てる! ご、ごめん!」

「おじちゃん、なに謝ってるみゃ。情緒ふにゃんていかミャ」


 ケガをさせてしまったので思わず謝ってしまった。うーん、どうも今日の金髪女は調子が狂わされるな。


「うー、いたた……で、あなたの言うステゴロってのは、今のお子様パンチのことかしら」


 あ、やっぱ敵だこいつ。クソ腹立つ。お前もゴミみたいなキックだったくせに。


「お子様パンチ? ははっ、お前の履いてるお子様パンツの言い間違いかな」

「っ!?」


 丸見えなんだよ金髪女。お前はスキがありすぎるんだよ。思わず見えちゃった、とかじゃなくてダイナミックに捲れてるんだよスカートが。まるで今までスカートを履いたことのないような人生を送ってきたかのような、そんな感じさえする。というか、もしやこいつ……


「お前さ、もしかして……」

「もしかして、なによ?」

「前世、男だった?」



エシャーティ「じゃあ死ね。ほっ、はっ、プスプス!」

アグニャ「にゃあ。おじちゃん死んじゃうミャー」

エシャーティ「あーっはっはっは、あっけないわねエリミネーター!」

おじ(全然効いてないけど楽しそうだから喰らってあげよ。それに眼福だし……)


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