異世界転生
最初に気がついたのは美少女だってことだ。シルバーのやわ毛を揺蕩わせたネコミミ美少女だ。しなやかな肉付きをしたこの女の子は、なぜかトコトコと俺についてくる。
声を掛けようか迷ったが、このよくわからない草原でよくわからない女の子に声を掛けるのは弱者男性の俺にはハードルが高かった。なので、とりあえず草原を歩き回っていたのだ。
「……」
「にゃん〜」
「……?」
「みゃん」
「……」
「あっ!」
「え!?」
「うんち!」
うんちって何!? 俺のことか!?
「うみゃ!」
「あっ……」
銀ネコちゃんはズドドドドと遠くのほうにあった木へと走り去っていった。そして木陰でうずくまり、なにやらもぞもぞと頑張っているように見える。あんな遠くまで一瞬で……なんてフィジカルだ。
惜しいことに俺の視力ではよく見えない距離だった。いや、見えたとしても見ないように目を逸らすけど。
数十秒して一仕事終えた女の子は、再びズダダダダとこちらへ走り寄ってきて、俺の近くでコロコロと転がりまわった。その様子に色々と見覚えがある俺は、生まれて初めての勇気を振り絞り、声を掛けてみた。
「……アグニャ?」
「にゃん!!」
「アグニャなのか?」
「そうだよ!」
「そうかぁ!」
「おじちゃん〜!」
「お、おじちゃんって俺!?」
「みゃみゃん〜」
名を呼ばれ嬉しそうに抱きついてくるアグニャ。そうか、ちょっと不安だったけど俺の想像は正しかったようだ。だってアグニャがネコミミ美少女になってる世界なんだから、ここは異世界なのだろう。と、言うことは……
「アグニャ、俺ってどう見える?」
「にゃん?」
「その、マッシヴな顔つきになってたりしない?」
「おじちゃんはおじちゃんだよ」
「そっかァ!」
顔面コンプレックスだった俺のくさいツラは転生前と変わってないようだ。異世界転生とは言っても世知辛い設定のようである。
しかしこういう場合はアグニャか俺にめちゃくちゃ強い技とか魔法が身についていたりするはずだ。そして大概、この辺りでインフレドラゴンとかが現れていい具合に技を披露できるのだ。
「みゃあ〜」
「お、なんか見つけたか?」
「ゲボ!!」
「ああ〜、そこら辺の草を食うからァ」
「けぽぽぉ!」
「うわ、人間の姿だとゲボもえぐいな……」
ビシャシャシャと黄色を発射するアグニャ。するとキラキラが撒かれた地面からグモモモとクソデカムチムチおばさんが現れて、怒りの形相を浮かべながら怒鳴り散らしてきた。
「キサマらっ! ここを我がガイアの聖地と知っての愚行かッ!」
「ええ、ガイア?」
「いかにも! ガイアの名を知っての上でやった罰当たり者か?」
「シャー!!」
「メスネコめ、我を威嚇するとは命知らずな!」
突然現れたガイアとやらにびっくりしたアグニャは思わず威嚇をしてしまい、さらなる誤解を生んでしまったようだ。しかしなんてブヨブヨの体だ。クソデカムチムチおばさんというか、ブヨブヨマンジュウデブではないか、これじゃ。
「ええい、気に食わん! 消え失せい!」
「ミギャー!」
「あっ、アグニャ!」
アグニャの尻尾をガイアが摘まんで、ヒョイと宙へと持ち上げてしまった。尻尾を掴まれると痛いのか、アグニャは俺の両親に対面したときのような怒りの形相でガイアを引っ掻いている。
その瞬間、俺の内に湧く怒りの慟哭が40を迎えたノドを震わせ吐き出された。
「アグニャを……離さんかァァァァァァァ!!!」
「ぐわっ!?」
「うおおおおお、エリミネーション!!」
「にゃァー!」
「くたばれ巨デブ!」
「ガァァァァァァァァァァァ」
怒りに任せた叫びは俺の口から光線となって発散され、たちまちガイアを爆散させてしまった。ガイアに捕まっていたアグニャはストンと地面へ着地し、ニッコリと俺に笑いかけてくれた。
「おじちゃんも、ゲボ!!」
「違う違う、ゲボではない」
「ゲボ、ゲーボ。うぷぷー」
「あれはあれだよ、あれ」
「なになに?」
「え、エリミネーション……」
「にゃあん」
自分で叫んでおいてなんだが、若干恥ずかしい。というか口が勝手に叫んでいたが、あれが俺の必殺技なのか? 口からビームを出すのが……?
「ださ」
「え!?」
「にゃ、にゃんでもにゃい」
「ださい?」
「ギクリ!」
「いや、ださいよな」
「みゃん〜」
「いいって、慰めは……」
「にゃん……」
エリミネーションなんて大層な名前なのにやってることはゲボと変わらないのはダサいよな。せっかく見た目はおっさんのままなんだから、もっとこう、技くらいは見栄えを良くしてほしかったんだけど。はぁ、ガッカリだよエリミネーション。
と、これからどうすればいいんだ? 普通なら妖精さんとか精霊さんが色々教えてくれるはずだけど、近くにはアグニャしかいない。まさか異世界に転生しても世間から疎まれたままなのだろうか……いや、待てよ、もしかしたらアグニャは何か知ってるのでは?
「ごろにゃん〜」
「なあアグニャ、この世界について何か知ってる?」
「にゃーん!」
「お!?」
俺との会話の最中に突然かわいいお尻をフリフリと揺すり始めるアグニャ。この動きをする時はあれだ、なんか面白そうな物を見つけて飛びかかろうとしてる時だ。何も今じゃなくていいよね、キミ。
「ドスン……」
「お、何を捕まえたの」
「みゃ~」
「え、ホントに何捕まえてんの」
「みゃん」
アグニャの鋭い爪に刺さっていたのは、なんと小さな人間だった……!
「ピピピピ〜!!」
「はなしなさい、アグニャ!」
「シャー!」
「シャーじゃない! めェッ!」
「しゅん……」
「ピギャ」
「あっ、しまった!?」
めッってしたらうっかりエリミネーションを発動したみたいで、小さな人間は弾け散ってしまった。もしかしたら街へと案内してくれるかもしれなかったのに、やってしまったなぁ。
「おじちゃん、遊びたいなら言ってよ」
「いや、そういうわけじゃなかったの」
「にゃんげんも遊ぶの好きにゃんねぇ」
「遊ぶ……そうだな、今は遊ぶとするか」
「よしきた! うみゃみゃ〜にゃにゃ!」
遊ぶ、という言葉に俺は前世の最期にてアグニャに”また一緒に遊ぼう”と声を掛けてから逝ったのを思い出した。思えばせっかくアグニャとまた一緒にいられるのに、あまりの突拍子もない出来事が多すぎて再会の喜びも前世での過ちの謝罪も忘れ、のほほんと流されてしまった。ここで一度ハッキリとアグニャに言いたいことを言っておこう。またいつ突然の別れが来るとも限らないんだし。
「なあアグニャ、そのさ、」
「にゃん〜」
「熱かったよな、俺の部屋」
「……」
「お水の前でな、苦しかったよな」
「みゃあ」
「その後も、俺のわがままで車の中でまた、」
「うみ!!」
「……ああ、海だったな、最期まで付き合わせてごめんなぁ」
「おじちゃん、もっかい海に行こ!」
にゃんにゃん〜と尻尾を振りながら、落ち着きなく俺の謝罪を聞いていたアグニャは、タッタッタッと俺の手を掴んでどこかへと走っていく。まだ言いたいことはあったのに、そんな辛気臭いことは耳に入れたくないと言わんばかりに当てもなく走る。ああ、そうだ、こうやって散歩してる時にリードを引っ張ってる時のアグニャは俺に構ってほしい時だった。それなら今俺がすることは一つに決まっているな。
「……そうだな、海へ行こう!」
「ごろにゃん〜!」
「ほら、ぺしんぺしん!」
「にゃぎぎ! にゃぎぎ!」
「はっは、人の姿になっても撫でられるの好きか」
「ごろにゃんごろにゃん!」
見慣れた毛並みをしたアグニャの頭を撫でると、なんとも懐かしい気持ちになった。俺はその感触に今度こそは離れ離れにならないよう決意を固め、草原を突っ走るのであった。
医者「かわいそうに、やっとドナーが見つかって喜んでたのに」
医者「あんなに小さな地震で亡くなって、とても無念だろう」
医者「今度生まれてくる時は、せめて健やかな体だといいんだがね」
医者「それじゃさようなら、エシャーティ」