後悔
「えっ……そんなはずは」
「あなたも薄々気づいているんじゃない? 資金繰りに困って借金したご両親が、借金のカタにあなた達をこの教会に差し出したのを」
「うるさいっ! 有る事無い事言わないでください!」
「ほらコレ、神父室にあった借用書だけど、この名前に見覚えがあるんじゃない?」
「……!?」
金髪女はカバンからいくつもの書類の束を取り出し何枚か抜き出して修道女に渡すと、みるみるうちに顔が青ざめていった。その様子からして書類の内容がどんなものなのかは想像に難くない。が、いったいどうしてそんなもんを持ってるんだ、この金髪女は。
「実はあたし、この教会の悪質な取り立てに困ってる人たちから頼まれて問題を解決してきたの。ま、峡谷に住んでた依頼人たちは誰かさんのせいで死んじゃったけど」
「え、死んだ……?」
「そう。誰かさんのせいで峡谷の断崖絶壁全てが崩壊して、あそこにあったいくつもの街は岩に押しつぶされ地割れに飲み込まれちゃった」
「ぼ、ぼ、ぼくたちの故郷が、なんで!?」
「ほら誰かさん、こう言ってるけどどう思う?」
ちょ、え、そう来る? いやいや、俺はちょっと楽をしたかっただけで何の悪気もなかったよ? おい金髪女、そうやって”誰かさん”って言うときに俺の方を見るな。気づくじゃねえか。ていうか気づいてるわ。クソ、どうしていつもこうなるんだ。なんで最後には俺が悪者になるんだ!
「まさか……そうだ、神獣とブサイクな男の危険な二人組が虐殺を繰り返しているって言ってたけどあなたたちがそうなの!?」
「ええそうよ。こいつが世間を賑わすエリミネーター」
「お前たち、私のパパとママをォォォォォォ!!」
「うわ、首を締めるな!」
「フシャァァァァ!!」
「ぼくはこれから何を目的に生きればいいの……」
「知らねえよ! ぐ、ぐえー!」
「い、いかーん! ワシの数少ない信者が減る! クァァ!!」
マキマキおじさんは修道女に向かってバシャバシャと口から水を発射するが、むしろ俺の呼吸の阻害をして追い打ちになっている。でもこんな世界でも俺のために手助けしてくれるヤツがいてちょっとうるっと来た……
あ、ダメだ、肉体自体はスーパーフィジカルだけど息が出来ないと死ぬわこれ。アグニャはビビって威嚇するだけだし、金髪女は傍観するだけ。仕方ねえ、俺だってまだ生きなきゃいけねえんだ! アグニャを海に連れてくって約束してんだよ!
「ぐ……が……エリミネーション……!」
「キャアアアアアアア!!」
「お、お、お姉ちゃぁぁぁん!?」
「うわ、そなたすごい技を持っとるのう。ワシびっくり」
突然上空から岩石が降り注ぎ、俺もろとも圧倒的質量の岩石が修道女を押し潰した。俺は異様な肉体の頑健さのおかげでものともしなかったが、ただの一般人である修道女はベキベキと頭蓋骨や内臓を潰してしまい、ひしゃげた音を全身からひり出しながら圧死してしまった。わぁ、お父さんたちも峡谷の岩石流で死んだだろうから同じ死に様だよ。よかったねぇ。
「お姉ちゃんを……お姉ちゃんを返せェェェ!」
「クソガキャー! 俺だって殺したくて殺したわけじゃないやい! ついでに死ね、エリミネーション!」
「ガンギャァァァァァァァ!!」
「あー! その子はあたしが責任を持って外まで連れて行こうと思ったのに! なんてことすんの!」
「そ、そこなのかミャ……」
あーもう、今回こそは普通に観光できたと思ったのに! なーんで毎度毎度、若干無理やり気味に問題が起きるかねぇ!! もしかして金髪女は疫病神なんじゃないのか。ジャングルでもコイツがいなければ原住民族は壊滅することはなかったわけだし。まったく迷惑な女だぜ!
騒ぎを聞きつけ教会からわらわらと信者たちが出てくる。岩に押しつぶされた幼い姉弟を見るとすぐに事態を察し俺たちに敵対心を見せこちらへとにじり寄って来た。
「な、なにごとだー!」
「うわ、人が死んでるぞ!」
「子供が犠牲になっている!」
「おい、あの4人組が怪しいぞ」
「であえであえー!」
「うみゃみゃ、教会の人がきたミャ」
「そうね! それじゃあとはよろしく、エリミネーター!」
「お、おい待て! 一人だけ逃げるな!!」
金髪女はすごい勢いで教会の門を飛び越えて逃げ去っていった。クソ、ほんとにあいつはなんなんだよ。結局俺が嫌われ役を押し付けられるハメになるのか。ええい、今はとにかくエリミネーションしてこの場を切り抜けなければ。
あーあ、マキマキおじさんの真実の口が失われるのだけはもったいないなぁ。エリミネーションは制御できないランダム範囲攻撃だからなぁ。さっきは遂に俺にも岩が落ちてきたし。
「はぁ、それじゃやるか……」
「みゃ〜! やっちゃうにゃん」
「なんじゃなんじゃ! またあのエリミネーションってヤツするのか!」
「おう。すぅ〜……エリミネーション!!」
大きく息を吸って思い切り叫ぶと、豪華絢爛で街一つ分もの規模を誇った教会は一瞬で崩れ去り、俺たちに襲いかかってきた信者を全て飲み込んだ。
これでよかったんだ。金髪女が言うにはこの教会も裏では悪どい事をしていたんだから、こうして醜く崩れ去る結末は遅かれ早かれやってきただろう。でもここにはあの少年や修道女のように親に見捨てられた不幸な子供も大勢いただろう。そいつらまで巻き添えにしたのはさすがに堪えるな……
ズガシャァァと豪快に崩れゆく壁にふと目を向けると、教会の精巧な建築様式には不格好な可愛らしい落書きが見える。その絵はお日様の下で猫が日向ぼっこをしており、そばには大勢の人やボールなどのおもちゃも描かれていた。
この絵を描いた子供たちの幸せそうな笑顔が、それを叱りながらも拭い去ろうとしない大人たちの朗らかな場面が手にとるように思い浮かぶ。それが今、大勢の悲鳴とともに壊されていく。本当に俺のやっていることは、仕方がないことだったのだろうか?
全てが終わった後、まるで全く知らないアニメとコラボした缶コーヒーの空き缶を捨てるような、なんとも言えない悲しさが俺の心に残り続けた。見たことのない可愛らしいキャラクターのイラストが描かれたゴミを捨てるときは、なんとなく捨てづらいし捨てて数分くらいは引きずってしまう。けど明日には忘れている。俺にとってエリミネーションで人を殺すとはそういう感じなんだ。
そうさ、俺はアグニャがいてくれさえいれば他のヤツらのことはどうでもいい。それはこれからも変わらない。俺ってなんて一貫した男なんだ。惚れ惚れするぜ。
「うふふ」
「にゃあ、なんか廃墟を見てニヤけてるみゃ」
「こいつ結構危ない趣味しとるんだな。ワシちょっと引く」
「にゃあ」
なんとでも言ってくれ。俺だってたまには物悲しい気分になることもあるんだよ。今回みたいに、見た目で俺を判断しない奴らを殺めたとなったらさすがにキツいのさ……
おじ「そういえば真実の口はこの辺りに飾ってたよな」
アグニャ「あ、あったみゃん!」
おじ「ほんとか!……うわ、崩壊した滝のオブジェと合体して、口から水を噴射してる!」
アグニャ「これはこれで良い感じにゃ」