家族
マキマキおじさんはどうやら俺たちの教会見物についてきたいようなので一緒に連れて行くことにした。神さまご本人と教会を見て回れるなんて異世界ならではの体験だろうしな。でもあんまり大所帯になるとアグニャが人見知りしてしまってちょっと居づらそうだ。どうしたものか。
「みゃん……」
「うーん、どうしたものかね」
「あの、真実の口はそろそろおしまいにして次の設備をご案内したいのですが」
「そうだな、とりあえず次に行くか」
「さーて、次はどんなワシを称える物が見れるかな? 絵画かな、聖書かな〜」
「みゃあ……」
思ったより深刻だぞ、アグニャの人見知り。さっきまでは修道女がいても俺とは楽しく会話出来ていたが、人数が増えてくると威嚇しないよう我慢するのでいっぱいいっぱいになってしまうのだろうか。これじゃアグニャはちっとも楽しめないだろうからマキマキおじさんには帰ってもらおう。
「オケアノスおじさん、残念だけどここには真実の口以外おじさんをモチーフにした物はないんだよ」
「なにっ」
「そうだよね?」
「あ、はい。オケアノスにゆかりのある物はあれくらいしか」
「むむむ、じゃああれはなんじゃい! どう見ても海神たるワシを崇めるオブジェじゃないか!」
「あ、あれは金融の滝です……」
「どこが金融なんじゃアアア」
まあなんの説明もなかったらあのオブジェは水とか海に関係したアートだと思うわな。マキマキおじさんはあの巨大オブジェが自分に関係ありそうなのに無関係だったと分かったら、早速川の部分に入って暴れだした。おじさんね、そこさっき俺たちがおしっこチョロまかしたとこ。何でもかんでも回収していくからすごいわおじさん。さすが神さま。
「ぬああああああああん」
「もー、なんなの、なんで今日はこんなに変な人たちばかり来るの! ぐがが〜!」
「あーあ、壊れちゃった」
「みゃあ〜」
遂にあの物腰柔らかくて丁寧だった修道女がブチ切れた。へっ、この程度の苦難で音を上げるなんてキミには介護職や保育職は無理だな。まあせいぜいその見た目を活かして布教に尽力したまえ。
水辺で暴れる変態おじさんと絵に描いたようにハンカチを取り出して噛み締めながらキィー! と怒る修道女の様子がおもしろいのでしばらく眺めていたら、突然背後からお姉ちゃん! という少年の声が聞こえた。するとハンカチをくわえていた修道女は突然我に帰り、その少年へ叱り飛ばすような声をあげた。
「ハッ……あんた、今は礼拝の時間でしょ! なんでこんなとこにいるの!」
「ぼくはもうこんな生活うんざりなんだ。だからこの金髪おねえちゃんと出ていく!」
「あなたお姉さんがいたの? って、あらら、これまた奇遇なことで」
……金髪女ァァァァァァァ! おまえもしょっちゅう出てくるな! ストーカーか?
それはともかく何やら修道女と少年は言い争いをし始めた。どうやらここを出ていくかどうかで揉めているようで、マキマキおじさんやアグニャも事の成り行きを見守っている。
「ほら、聖堂に戻りなさい。でないと立派な大人になれないよ」
「嫌だ! ぼくはママたちを見つけ出して、ぶっ殺す!!」
「な、なんて酷いことを言うの!」
「ぼくたちを捨てた事を後悔させてやるんだ。だからお姉ちゃん、さよなら!」
「おい金髪女、お前この小さな少年の親殺しの幇助をしてるのかよ……」
「そうなるわね」
そうなるわね、ってあっさり言うなぁ。こいつはもっと世のため人のためみんなを助ける! って感じのタイプじゃなかった?
「あなたですね、私の弟をそそのかして連れ出そうとしているのは!」
「あたしはただ、この子が教会から出たいって言ってたから出してあげるだけだよ。外に出してあげたらお別れするからもう関係ないし」
「そ、そうなの金髪のお姉さん!?」
「みゃん〜、エシャーティは意外と薄情にゃ?」
結構めちゃくちゃな倫理観を持ってんなコイツも。困ってる人は見境なく助けるけど、その後のことはどうでもいいのか。こんな小さな少年を何もない平原に放り出したらものの数日で野垂れ死ぬと思うんだけど。いや、それならまだマシだ。問題はどこかの街へ辿り着き、生き抜くために盗みや殺人など犯罪に手を染める可能性があることだ。こんな子供が一人ぼっちで生きるにはそれしか手はないのだから。
というか、親を見つけ出してぶっ殺すとか危ないこと言ってるし確実に初手殺人いっちゃうでしょ。おーこわ。世も末だ。戸締まりしなきゃ。
「金髪さん! あなた、私の弟を遠回しに犯罪者にするっていうの、お分かりなんですか!?」
「分かってるよ。そうだね、もしこの子が誰かに迷惑をかけてその被害者さんたちが助けを求めたら、この子を始末しましょう」
「え、エキサイト思考みゃん」
「あ、あなたねえ、この子の味方ぶるのかどうなのかハッキリしなさい!」
「じゃあ修道女さん、あなたはどうしたいの」
「それはもちろん、この子は教会で立派に育ち、やがて人々に信仰の素晴らしさを伝授していく信徒となってほしいですよ!!」
「違う違う、この子じゃなくてあなた」
そういえばさっきこの少年は親に捨てられたとか言っていたが、そうなるとこの修道女も捨て子ということになるな。うわ、悲惨〜! かわいそ〜! 俺ですら親には捨てられなかったぜ!? どんだけクソガキだったんだこいつら。あ、悲しい過去がありますとかはいいから。食い扶持減らしとかで泣く泣く捨てられましたとかうんざりです! お涙頂戴話を出してきたら、苦しみもがいてるのはお前たちだけじゃないってエリミネーションしてやるわ。
まったく、ガキどもが十年とちょっと生きてきただけで苦しいだの恵まれてないだの文句を言うな。俺はあらゆる人間から嫌われ、40年間ずっと理不尽に嫌ってくる相手のご機嫌を伺って、それでもめげずに頑張ってたんだぞ。甘いわ。だいたい小僧よ、逃げたいんならいくらでも逃げれるだろ、こんな誰も見張ってない教会くらい。甘えんだよ、ガキ、甘い甘い。なんかイライラしてきたな。ぶちましょうかね。
「私は……そりゃ以前のように両親と一緒に暮らしたいとは思いますが、教会での清貧な暮らしも好きですし何も不満はありません」
「お姉ちゃんはそれでいいんだろうけど、ぼくはこんなみすぼらしい生活は嫌だ!」
「神に仕えるという行いが、神にいつも見られているという意識が、私達の心を昇華するのです。それにキチンとごはんを食べ、学べる事になんの文句があるんです!」
「ヤダヤダヤダヤダァァァァァァァ!!」
「悪いことをしようとしても神さまは見てらっしゃるので、必ずバチが当たります。反省なさい」
なるほど、そう言われると信仰とは犯罪抑止の側面もあるのに気付かされる。確かに神様が常に自分たちを見守ってくださると信じるのならば、見られている手前悪いことをしようなんて思わないな。でも解釈によっては悪いことをしても普段から神を信仰し徳を積んでるから相殺される、と考える悪人もいそうだ。恐らくこの少年はそういう思考に至るタイプだな。
でもちょっと過保護だぜ姉ちゃんよ。出ていきたいなら出ていかせればいいのに。俺も自立を望みながらもそれを抑えつけられてた身だから自由な一人暮らしに憧れるのは分らんでもないし。どうしても生活できなかったらこういうガキはノコノコ戻ってくるよ。恥という感覚がないからな。
まあ姉弟の絆とかそういうのがあるからみすみす一人で出て行かせたくないのもあるんだろうが。そして、てっきり俺は金髪女はそういうのを汲み取れる人間だと思っていたんだが、次の発言に思わず耳を疑った。
「じゃあ問題ないね。あなたはここで弟の無事を祈ってなさい。さ、行きましょ」
「え!? あ、うん……?」
「おいおい金髪女よ、おぬしは人情ってのがないのか。ワシはな、こういう家族愛は尊重すべきだと思うけど」
「知らないわよ、あたし孤児だし」
「あ、あれま、そうじゃったの」
今まで黙ってたマキマキおじさんがようやく何か言ったと思ったら即座に返り討ちにあった。しかし金髪女は孤児だったのか。どうでもいいけど。
なんだか呆気にとられている少年の手を掴み金髪女は門から外へ出ていこうとしている。なおも修道女は食い下がって引き留めようとするが、金髪女はまたまた驚きの事実を口にする。
「はぁ……なんにも知らないみたいだけどこの教会の運営してる金融機関は、多くの債権者を死より辛い目に合わせている悪どい組織なのよ」
アグニャ「あんみゃり出番が無いミャンね」
マキおじ「でも変なこと言って怒られるのも嫌じゃよ」
アグニャ「じゃまともそうな事を言ってみればいいニャ」
────あたし、孤児だし。
マキおじ「もー、やっぱ怒られたぁ」
アグニャ「あれは想定外だったミャア」