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 不思議なことにアグニャの足に出来た痛々しい青タンはものの30分ほどですっかり消え去り、カピバラが衝突したという部分を触っても全然痛みを感じなくなるほどの快復をみせた。いくらなんでもこれは若いからとか元動物だったからとかいうレベルの話ではない。明らかにアグニャには超常的な御加護かなんかが授けられている。


 そうだよ、そういうのでいいんだよ、そういうので。ここ最近はシリアスな展開があったけど、俺たちは本来圧倒的な力を振りかざし、安心安全なストーリーをお送りするのが役目なんだよ。ケガとかしたくないわ。


「おじちゃん、どんだけ見るみゃ……」

「いや、ホントに治ったのか不思議でさ」

「ふみゃ〜。ほら、こんな走っても平気みゃん」

「おお、ヨタヨタだったのになんて速さだ!」


 シュババババと軽快に岩場を走り回り治った事を見せびらかすアグニャ。そう、皆さんがページを捲る間に俺たちはジャングルを抜け、グレート・キャニオンへとやって来たのであります。

 というか、あんな高温多湿の空間にずっといたら40歳のおじちゃんは体調崩しちゃうよ。むしろ既にノドが荒れてお腹の様子も不調な気もする。俺の体はみんなが思うよりデリケートなんだからね。


 話は逸れたが、ここグレート・キャニオンは荒涼とした断崖絶壁がいくつも立ち並び、谷底には町も見えていてなんだか幻想的な場所だ。異世界に来て初めて人里を高いところから見下ろしたが、かつて日本で見た街の規模と比べると恐ろしく小規模に見えて少し優越感が湧いてしまう。いや、別に日本に未練があったりするワケじゃないけど。


「にゃん〜、こっから飛び降りたらあの町に一瞬で着けそうみゃん」

「一瞬で降りれるけど、着いた瞬間に天へ昇ることになるぞ」

「にゃるほど、着地のインパクトをバネにするみゃんね。にゃあー!」

「おわー! お前、何してくれてんの!!」

「うにゃ〜にゃ〜!」

「ひょえええええ、死、死じゃあ、みんな死ぬんじゃあ」


 今までずっと信じてきたのに! あろうことかこのバカネコは、俺を抱きかかえながら悠然と谷底へとスーサイドダイブを決めるではないか! 今までの人生で感じたことのないダイナミックが、身を切るような風のウィンド感が、まるで実際に落ちているようなファール感が、俺の肌や目を通じて全身へと死を警告させる。


 そう、遥か数キロもの断崖絶壁からの落下は死ぬんだ。ああアグニャ、バカアグニャだよ、お前バカ? 散りゆくは、貴様だけでも、よいのでは。おじさん心の五七五をお送りいたしました。


 アッ! 地面につく!! アッ、アッ、アァゞ〜〜〜!!


「よーし、いっくミャ〜〜〜!!」

「ふがが! 死んでたまるかァァァ! エッリミネーショォォォォン!!!!」

「ぶみゃあ! 急に叫ぶとビックリするニャ!」

「ガァァァァァァ、え、エリミネーション! エリミネーション! エリミネーション! エリミネーション! エリミネーション! エリミネーション!」

「おじちゃん落ち着くみゃん、街はもう焦土にゃん!」

「エリミネーション! エリミネーション! エリミネーション! エリ……コヒュっ!」

「息継ぎしてにゃかったから、そりゃ苦しいミャ……」


 まあでも40歳にしてはよく息が続いたほうだと思う。元々生前は肉体労働の一環で重たい荷物を持ちながら全力疾走させられたりした事もあったし、こちらの世界に来てからはそれに磨きが掛かっていたしな。


 しかしどうよ俺のアイデアは。地面に着くと死ぬなら地面に着かないよう消し飛ばせばいいのだ。ふはは。それはそうとアグニャは普通に着地できたようだ。うーん、ということはこの街は……無駄に消滅させられたというコト!? うむーっ、ごっめーん!


「ふにゃん、ここは飛び越える予定にゃったけど、どうするみゃん。これじゃ谷底に落ちただけみゃ」

「仕方ない、遠回りになるけどちゃんと登れそうな道から上まで行こう」

「面倒くさいミャ。そうにゃ、エリミにゃーみょんで障壁を壊しながら進めば楽ニャ」

「おお、頭いいな! いやー、それめっちゃ楽じゃん! えらいぞアグニャ!」

「ふにゃん〜、ゴロゴロ……」


 素直にすごいぞアグニャ! そのアイデアはめちゃくちゃ良い閃きだ。いやー、うちの子はほんとに賢くて主人としても誇らしい限りですよ。見てくださいよ、こうして褒めながらお腹をわしゃわしゃ撫でてあげるとコロコロとはしたなく転げ回るのが、また愛くるしいのなんの。あー、めちゃくちゃかわいいなぁ。


 そうだ、いつぞやの街で手に入れたこいこい棒でたまには遊んであげよう。天才ニャンコロのグッドアイデアのおかげで大きく時短できる事に気づいたからな。よーし、ジャッジャーン! こいこい棒〜!!


「みゃみゃみゃみゃ〜、お腹もっと撫でるみゃ……はっ、それは!?」

「オラ、転がってる場合かー!? ヒョイヒョイ!」

「うみゃ〜! こいこい棒に゛ゃあ゛! ビシビシ〜!」

「うぐっ、なんつうネコパンチ! いいだろうアグニャ、俺も”四重結界”を使うとしよう」

「にゃにゃっ、4本も同時に!?」

「ふはははは、俺の”ゆんで(左手)に3本めて(右手)に1本”の不規則コントロールについてこれるかな?」

「のぞむところミャ! うみゃみゃみゃみゃ!」


 左手に持った3本のこいこい棒でアグニャの気を上手くそらしながら、右手に握った本命のこいこい棒でベチチチと無防備な胸やらケツやらを引っ叩く。するとアグニャはフシャァァァァと言いながら本命こいこい棒の方を見るも、既にそっちのこいこい棒は退却済み。


 油断している尻尾をトリプルこいこい棒でシビビビビと撫でるように薙ぐと、またもアグニャはフミャァァァァァとかわいらしい怒りを露わにしながら後ろ足でズッシャズッシャと蹴ろうとする。ああ、めっちゃキュートだ。ストレスが取れる。怒りも消える。何もかもが忘れられる……


 しかしアグニャの方はだんだんフラストレーションが溜まってきているようなので、そろそろヒットさせてあげないと不貞腐れてしまう。もちろんわざとらしく手を抜いてもネコは賢くすぐ気付くので、上手く全力を装う必要がある。というわけで俺は毎度毎度ある方法で誤魔化しているのだ。それがこちら!


「ふぅふぅ、アグニャめ、このままでは取られるのも時間の問題だな……」

「ふしゅ、ふしゅ、おじちゃんもやるみゃんね」

「ふっふっふ、しかしこれならどうかな!? ”四十結界”!!」

「ニャァァァァ、どんだけ持ってるみゃん!!」

「はーっはっはっは、ペシペシペシペシペシペシペシペシ!」

「ニャニャニャニャニャニャ!」


 もちろん40本なんて同時に出すと即座にヒットされる。しかしそれでいいのだ。ネコは賢いんだけど単純だ。俺が全力を出して40本の棒をブンブン振りまくってあげれば、アグニャはそれにバカ正直に全力で応えてくれるので、結果としてアグニャは全身全霊で遊び、そして俺の棒術に勝利できたという喜びを感じさせてあげられる。


 ほら見て、アグニャは大量のこいこい棒に噛み付きまくって喜んでる。もうほんとかわいい。ナデナデしよ。


「ふにゃにゃにゃ、こいこい棒、討ち取ったり!」

「クッソ〜、負けた! くやしー!」

「にゃにゃ〜、ナデナデ気持ちいいミャ!」

「そうかそうか、こいこい棒いっぱい取れたからいっぱい撫でるよ、ほれほれ!」

「ゴロゴロ……き、きもちいみゃん……」


 溜めに溜めたフラストレーションを一気に開放できた興奮と、的確に撫でてほしいポイントを抑える俺の手技に無意識にアグニャはぷりっ、ぷりっ、とケツを揺さぶっている。四つん這いで腰だけ上に上げているのでスカートはずり落ちニャンコパンティも露わになっていてとてもいい眺めだ。しかし今までよく見たことが無かったけど、尻尾の辺りの構造はどうなってるんだろう……


「ミャっ、ミャ……」

「ちょっと失礼」

「にゃん〜」

「おっと、尻尾を下げますか」

「なんか下心を感じたみゃ」

「そ、そんなッ」

「みゃあおじちゃんなら別にいいけど」

「そ、そんなッ!?」

「さ、どうするみゃん?」


 フリフリとご機嫌そうに再び尻尾を持ち上げるアグニャ。どうする俺!


「……はい、こいこい棒終わり! 行こっか!」

「にゃ〜ん。いくじにゃし」


 意気地なしでいさせてください。勇気が出ないんです。勇気が。こんな恵まれた状況に慣れてないんです。分かりますか皆さん、俺は本当に40年間こんな場面と無縁だったんです。それがここ数日で今までのお返しだとばかりにスケベスケベされても、もう遅いんだ。萎縮した心は据え膳に飛びつかせる勇気を抑えつけてしまうんだ。分かりますか、皆さん。俺だって歯痒いんだよ、自分の今の行動が。でもいつかはきっと、俺だってきっと……


「にゃん〜」

「かわいいなぁ」

「にゃん!」

「さ、行こうか!」



おじ「しかしあの断崖絶壁をよく無傷で着地できたなぁ」

アグニャ「みゃん。見上げるとめちゃくちゃ高いみゃんね」

おじ「なんだかゾッとしてきた。おー、こわ」

アグニャ(実はおじちゃんがエリミネーションして衝撃を和らげてなかったら危なかった……にゃんて言えにゃいみゃ)


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