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殺人的臭餅


 また同じことの繰り返しじゃないか! せっかく仲良くなれそうだったジャングルの部族たちは俺の攻撃の巻き添えで全滅し、挙げ句あの金髪女はどこかへと消えてしまった!


 もちろんエリミネーションを使える事から一筋縄ではいかないヤツだとは思っていたのだが、それにしても俺は油断しすぎていたようだ。いや、そもそも俺はあんまり女の子と面と向かって会話をしたことすらないから、会話よりさらに難度の高い”肉弾戦”なんてこなせるワケが無いのだ。せっかく身についたスーパーフィジカルもこれでは宝の持ち腐れだ。


「にゃん〜、これからどこ行くみゃ?」

「このままジャングルを抜けたらグレート・キャニオンという大きな峡谷がある。そこを目指そう」

「峡谷ってにゃんにゃん?」

「俺も行ったことがないから知らん。でも観光地になってる峡谷もあるくらいだし、つまらなくはないだろ」

「みゃん〜」


 次の行き先を決めながら湿気に覆われた世界を歩き続ける。道に迷わぬようジャングルを縦断している巨大な川が常に視界に入るように気を張りながら、密林を生きる様々な動物たちを尻目に歩いていく。おや、あそこにカピバラさんがいるではないか。アグニャはあれを捕まえていたが、どれ、俺もあの金髪女と再び相見える時に備えて挑戦してみようじゃないか。


「そ〜っと……」

「おじちゃん、狩るみゃ?」

「おう。カピバラくらいなら襲われても問題ないしな」

「がんばるにゃ、意外とすばしっこいみゃん」


 そうなのか。でも昔ほんわか動物テレビとかで見たカピバラはのんきに温泉に浸かって丸々と蓄えた脂肪を揺すりながらアホ面を晒し、ヤケに綺麗な飼育員さんに拭いてもらってた気がするが。


 あの人畜無害そうというか野生魂を失った生物がそんな俊敏に動けるとは思えんぞ。現にこうして川に飛び込もうか悩んでるカピバラの背後を普通にとれたのだが? もしや俺って狩りの才能があったりするのか。


「……オラァァァァ臭餅覚悟ォォォ!」

「ぶひぃぃ!」

「ぐわっ、飛んだッ!?」

「ふぎゃぎゃ、こっちに突進してきたみ゛ゃ」

「ヌッ!!」

「に、にげられた」

「言ったみゃん、すばしっこいって……いたた」


 俺が臭餅……じゃなくてカピバラの背中を思いっきり引っ張ったらとんでもないスピードで逃げ出し、ついでにアグニャの脚に体当たりをかまして行ったようだ。バババババと複雑に生い茂る密林を駆け抜けていったカピバラの速さといったら、間違いなくそこら辺を走る原付きを超えるほどの猛烈なスピードであった。


 それに俺が予想していたよりもカピバラの体は硬く引き締まっていて、動物園で飼いならされているブヨブヨの同種どもとは全く別の生き物なのではないかと疑うレベルだ。ついでに言うとめちゃくちゃ臭い。汚え。


「みぎゃぁ、脚が痛むみゃあ」

「マジで? ちょっと見せて」

「みぎゃあ、みぎゃあ!」

「うわっ! 腫れてる!!」

「ふ、ふみゃあああああ!」


 あの臭餅がぶつかっていったという脚を見せてもらうと、なんとも恐ろしい青タンが出来ていた。でもよく考えたら、アグニャが捕まえた臭餅を持った時にめちゃくちゃ重たく感じたし、それが原付きを超える豪速でぶつかったら下手すれば骨折していてもおかしくない。


 というか今の俺たちは人間の放つ矢なんてまるで効かなかったのだが、カピバラの全力タックルではケガをしたということは、めちゃくちゃ殺傷力が高いということか。こ、こっわ。臭餅というよりデスルンパじゃねえか。


「痛いみゃ、歩けにゃいみゃあ……」

「そ、そうだよな、痛いよな、どうしよう」

「みゃあああん、ふにゃあああん!」

「ごめんよぉ、ごめんよぉ!」


 誇張抜きで生涯ずっと、あらゆる痛みから隔絶されて育ってきたアグニャは、恐らくは生まれて初めて感じる体の異常にどうすれば耐えられるのか分からずに泣き出してしまう。俺もここが現代日本だったらすぐにでもコンビニなどで氷や湿布を買い、応急処置を施して病院に連れて行くのだが、ここは日本より遥かに不便で未発達な異世界の中でもさらに未開の地、ジャングルだ。頼れそうな人たちといえば、さっき俺が壊滅させてしまったジャングルの部族たちくらい。どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう……


 泣き喚き俺にしがみつくアグニャと、この何にもない状況でどうすればいいのか分からずパニックになってしまいへたり込む俺。ああ、こんなに無力で惨めな気持ちになるのは、そう、あの時もだった……


x x x x x x x x x x x x x x x


 重量物を加工してダンボールに詰めフォークリフトで運びやすいようパレットと呼ばれる平らな台に30キロ詰めのダンボールを延々と積みまくる季節労働をしていた俺は、時給の良さと単純作業の明快さが気に入ったので次の年もこのバイト先で働くことにした。


 1年目の時は時給が良いにも関わらず俺以外のバイトが一人もいなかったのが不思議だったが、2年目は若くて物腰の柔らかい男がこのバイトに入ってきた。この男は「まあ普通に考えて無資格未経験でこの超高時給は、季節労働とはいえちょっとウラがあるんじゃないかって勘ぐりますね」と言っておりなるほどな、と俺は納得した。思い返せば俺もここに初めて応募する時は時給が良すぎてビクビクした記憶があったのを思い出した。


 さてこの男だが、物腰が柔らかく人当たりがいいだけでなく、力が強いのでヒョイヒョイと30キロの箱を積みまくるばかりか、作業の速さから来る余裕のおかげで次々と別な仕事を任され始めた。本来は社員が各自の仕事の合間にすべき積み上げたダンボールの個数の計算や、どの山を倉庫へと運んだか、事務所へ出荷先の荷札を取りに行ったりなどの雑用はほぼ全てそのバイトの男が請け負い、どんどん信頼を築いてやがて”特権”を手にしていた。


 それは自由なタバコ休憩や、自分で頃合いを見て好きなタイミングで昼食をとったり、2年目で一応先輩にあたる俺にどのタイミングで休憩をとるか指示を出したりなど、現場の判断での時間配分効率化という名の特権だった。


 そんな目に見える特権を与えられた男は、2年目にして未だにダンボールを積むしか能の無い俺に対し、まるで邪魔者を見るような眼差しを向けるようになっていた。だがそれも仕方ないのだ、俺はその男の半分くらいのスピードでしか作業を進められないのだから。


 単純に俺二人分の働きをそいつはこなすどころか、俺より愛想も良くて見た目もマシなのだから何もかもが雲泥の差である。だからそいつに言われた「どうして2年目なのに事務所の人たちから顔を覚えられてないんですか?」という言葉も、「なんでこの作業機械のバンド紐が切れただけでボクを呼ぶんですか? 自分で変えられないんですか?」というトゲのある言葉も、全部俺が無能なのが悪いのだ。どれだけ必死に体を動かしてもそいつに追いつけないのがいけないのだ。


 ああ、なんて無力で惨めな気持ちだろうか。自分の半分くらいの年齢の後輩に一瞬で立場を逆転される気持ちが分かるか?

 最初の1週間は無邪気に笑い合いながら俺がやり方を教えたりしてたのに、いつの間にか俺がその男から指示をもらう状況になっていた時の気持ちが分かるか?

 そしてそいつに休憩を頂戴し、疲れきった体で詰所に入ったら社員たちが「あのおっさん使えないわ。なんで去年気づかなかったんだろう」って缶コーヒーを飲みながら談笑してた空気が分かるか?


 けれど全て俺が無能なのが悪いんだ。でもどれだけそれを認めようとしても、俺の内にあるプライドが決して屈しようとしなかった。だからこそ己の無力さと惨めたらしさにいつまでも苦しんだんだ。


x x x x x x x x x x x x x x x


 ……そうだ、プライドを捨てろ! あの時の俺は自分だけが苦しんでいたが、今は俺じゃなくてアグニャが苦しんでいる! こんなクソみたいなプライドを守るため、俺はこの期に及んで自分だけで何とかしようとしているのか!?


「み゛ゃああああ! くるしいにゃあああ!」

「……誰か、誰かいないかーーーーーー!!」

「ミャ!?」

「おぉーい! 誰か! 怪我人がいるんだ、助けてくれー!!」

「おじちゃん……」


 いつもはエリミネーションで何とかなるが、今回はエリミネーションでは何も解決しない。だが今の俺には手当てできる道具も知識もない。だから奇跡を信じて俺は叫んだ。食料を集めに村を出ていて壊滅を免れた部族の生き残りでもいい。ジャングルを横断しようとしている旅人でもいい。今の俺たちの弱みにつけ込んで治療代金をぼったくろうとする悪人でもいい。とにかく誰でもいい、この声が届いてくれれば誰だっていい……!


 涙を流し続けるアグニャをギュッと抱きしめ、再び声を張った。すると、遠くの方から壮絶な爆音が聞こえた。まるでこの世界に激しい怒りをぶつけるような恐ろしい怪音は、この世界に来てからずっと聞き覚えがある。そう、あの音は……


「いたいた! こっちまで来るのにアナコンダとか邪魔してさ……うっわ、ネコちゃんがケガしてるのね、痛そ〜!」


 エリミネーションの発動音だ!!!!!!! 

 金髪女……よりによってお前かーい!!!!!


「フ、フシャァァァ……! みゃああん……!」

「金髪女……!!」

「なによ、あたしじゃイヤ?」

「助けてくれるのか……?」

「あったりまえじゃん。ほら、見せて」

「シャァァァ!」

「アグニャ……大丈夫だ、こいつを信じよう」

「みゃ、みゃん」


 金髪女は不安そうに俺に抱きついていたアグニャを地面へ横たわらせ、背負っていたカバンを開いて応急処置に使えそうなものを選んでいる。こいつに助けてもらうのは色々と気まずいが、今は頼るしかない。せめて安心させようと、金髪女を睨みつけているアグニャの頭を優しく撫でて気を紛らわせてあげる。頼む、アグニャのケガをなおしてくれ、頼む……!



精悍な男「ではあなたもエリミネーターに故郷を……」

女騎士「ああ。それで少しでも多くの人に危険を伝えるため、各地を回っているのだ」

精悍な男「俺は明日から南方面へ回りますが、そちらは?」

女騎士「では私は北の人々へ脅威を伝えに行くとしよう。お互い死なないように、乾杯!」

精悍な男(チッ……ここは一緒に行きませんか、って誘う流れだろうが。やっぱ女騎士は堅いな)


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