ラスト・エリミネーション
「す、す、す……」
「すごいのじゃ! それイケルのじゃ!」
「アグニャの命を捧げる……どうして思いつかなかったんじゃあ!」
「みゃあん、ホレ見たことかみゃ! ナイスアイデアだったニャア!」
ちょっとまってよ、全然ついてけないわよ。
アグニャの命を捧げるって、なんていうか意味不明すぎてめちゃくちゃよ。
確かにアグニャは生まれてからずっとおじさんと生きてきたから、あの人がいなくなっちゃって自暴自棄になるのもわかるけど……
けどそんな命を粗末にするような事してもあの人は喜ぶわけないじゃない!
「意味わかんない! おじさん生き返らすのにアグニャが死んだら元も子もないわよ!」
「エシャーティは何か勘違いをしとるようじゃのう」
「そうだミャ、一つ思い違いしてるみゃあ」
「どういうこと?」
「アグニャには人と獣の二つの魂が宿っているのを忘れたのか?」
「みゃん〜!」
……そうか!
そういうことか!
アグニャに宿っている人か獣の魂のうち、どちらか一つ捧げればいいってことなのね!
それならアグニャも死にはしないし、おじさんだって蘇らせることもできるし、すごいアイデアじゃないの!
「すごい……すごいわよアグニャ! これはあなただけにしか出来ない方法ね!」
「そうだミャ! ようやくおじちゃんへ恩返しすることができるみゃん〜」
「でも人とネコ、どっちの魂を捧げるの?」
「ワシも気になる。やはりネコの魂を捧げこれからは人として生きていくのかの?」
「みゃ? にゃに言ってんだみゃ? 人の魂を捨てるに決まってるミャン。おじちゃんはネコが好きにゃ〜」
意外にもアグニャはネコとして生きる道を選んだ。あたしたちからするとアグニャと言えば大きなネコミミとバットのようなしっぽを振り回しておじさんへ甘える女の子の姿が記憶に強く残ってるのに。
けれどアグニャの顔からは適当に考えたという感じは微塵も感じられない。
アグニャの覚悟に水を差すワケじゃないけど、どうしてその選択をするのか理由を聞いてみよう。
「ネコのアグニャも素敵だけどさ、どちらかを選ぶなら人の魂のほうが色々便利じゃない? ネコだとあたしたちとおしゃべりもできないし……」
「そうかもしれにゃいミャ。けどおじちゃんはネコとしてずっと見てくれてたミャ」
「ネコとしてって、そりゃアグニャはネコだしそうでしょうよ」
「ちーがーうーミャ! 今みたいに人の姿をしてる時も、ず〜っとネコの時と同じ扱いしてたんだミャ!」
「えっそうなの?」
「そうミャ! だから初めて会ったときの姿を、ずっと一緒だったときの魂を選ぶミャ〜」
そっか。あたしたちからは分からない二人だけの想いがあるわけか。
おじさんにとってアグニャは人の姿だろがネコの姿だろうが、どっちもおんなじ女の子って事なのね。
羨ましいな。そんなに深い関係にあたしは入り込めるわけないじゃない。お手上げよ。
……いや、ここで引いたら一生あたしはアグニャに追いつけないわ!
考えるのよエシャーティ! このネコだけにいいカッコさせるんじゃないわ! 健康になったこの体は誰のおかげだと思ってんの!
体を張るのよ! 命を掛けなさい! その覚悟をアグニャはキメたのよ!!
「……決めた!」
「うわ、急に叫んでどうしたのじゃ」
「あたしも命を掛ける! アグニャだけにいい格好はさせないわよ!」
「いや、別にそんなことせんでもアグニャの魂だけで十分じゃよ……」
「フッフッフ、甘いわねマキマキおじさん。あたしはあの人の”名前”を蘇らすわ!」
「な、な、なんじゃとォォォ!?」
自分でもバカなのは分かってる。アグニャが人の姿を失う代わりにおじさんが戻ってこれるならそれ以上望む必要はないって分かってるよ。
けどさ、ずっと名前を呼べないなんてあまりにもアグニャがかわいそうじゃない。
だったらあたしは……もう十分夢を叶えさせてもらったし……
最後に華々しく散るのもいいかなって。
そんなカッコつけた事を吐き捨てたら、今度はイブが大声で話に割って入ってきた。
「エシャーティがそう来るなら私も命を掛けよう。アトランティスの人々のためにずっと人助けをしてきたエシャーティに対し、誤解であれど牙を向いてしまった事への償いとして私の命を受け取ってくれ」
「イブが命を掛けるなら俺だって覚悟を決めるさ。そもそも俺の夢であるアトランティス復興はもはや達成されたも同然。ならばこの命は最愛のイブへと捧げたい」
「みんなボクの事を忘れてないかい? ボクには守るべき家族が二人いるから命は掛けられないけど、アダムくんのために命以外のすべてを捧げようじゃない。お金も、財産も、この世界トップクラスの医療技術も」
……なによ、なによ、なによ!
みんな犠牲を払うなんてズルいわよ!
それじゃ結局、ゴロがスカンピンになるだけで済むってことかしら!?
もうわけわかんない! となれば……
「もういっそみんなで命を捧げるわよ!」
「それがいいな! そうしよう!」
「私はアダムがいない世界に未練はない」
「ちょっと待って、ボク死にたくないよ」
「うみゃ〜、みんにゃおじちゃんが好きにゃんだから〜。絶対生き返ったら喜ぶみゃん!」
「ぬぉ〜、ワシ張り切ってクァァしちゃうぞい! みんな死んでみんな生きるのじゃ!」
「あれ、結局どういう事になるんだっけ?」
「わからん! まあとにかく全員の命を捧げれば何か奇跡が起きるじゃろ!」
そう、きっと何かが起こってくれるのをみんな薄々感づいていた。
それがなんなのかは確信が持てないけれど、きっとこの”不条理な世界”でも素晴らしい奇跡の一つや二つは起こるはず。
どうして不条理な世界に奇跡が起こるって断言するのかって?
あたしがアトランティスでどういう生き方をしたのか忘れたのかしら。
そう、あたしは”人を救うエリミネーター”だったじゃない。
だから奇跡を掴み取るため最大最強のエリミネーションをぶっ放すわよ!
この世界ではエリミネーションが使えないけど、きっとみんなが命を犠牲にした瞬間に一度だけ使えると直感が告げているの!
だから……あたしは|不条理な世界でワガママを押し通す《エリミネーション》!
「さあ、どんと来なさいマキマキおじさん!」
「承った! そなたらは何を捧げ、大事な友を蘇らせる?」
「あたしの命を!」
「俺の命を!」
「私の命を!」
「ボクの命も……」
「みゃん〜、人の魂をミャ〜」
「そなたらの代償、しかと承った!」
「クァァァァァァァァァァァァァ!」
全員の覚悟を受け止めたマキマキおじさんは、口から汚水を放ちながらも嬉しそうな表情を覗かせていた。
さ~て、それじゃあたしもやる事やりましょ!
あたしだけが使えると思っていたあの技を!
あたしとおじさんだけの特別な力を!
あたしの夢をいっぱい叶えてくれたエリミネーション!
これで本当に最後の最後よ! だからもう一度あたしのワガママを押し通してちょうだい!
「一度限りでいい! あたしに力を!」
「|みんなの命を捧げた最強の魔法!《一度限りのエリミネーション》」
「不条理な世界よ、あたしの全てを喰らいなさいッ!!」
「エェェェェリミィィィィィィ!!」
「ネェェェェショォォォォォン!!」
みんなが命を捧げてその場にへたり込む中、あたしは大声を出し慣れていないノドをジリジリと裂きながら何でも夢を叶える魔法の呪文を唱えた。
すると視界いっぱいに暖かな光が広がり、みんなの体を優しく包み込んだ。
真っ白で何も見えないまま、急激に眠気が襲いかかってきてデジャブを感じた。
あ、これ……
地震で衰弱死したときの感覚じゃん……
まさか失敗したっていうの!?
そ、そ、そんなのってないよ……
ここに来てみんな死んじゃうなんて、あまりにも不条理よ!
だめ、だめだめだめ、意識を保たなきゃ死んじゃう!
ああ、ダメ……
……
…………




