この木なんの木食べれる木
サバンナのバイオームを好き勝手に荒らし尽くし、近い将来破滅の一途を辿るのが確実だと断言できるほどの惨状へと仕上げた俺たちは、大きなバオバブの木の下で次の目的地を決めあぐねていた。これまでならまっすぐ東へ向かい海辺を目指すだけだったが、これからはあの金髪女の行き先も踏まえて考えなければいけない。
「うーん、北寄りに行くとジャングルで南寄りに進むと砂漠地帯かァ」
「にゃにをにゃみゃんでみゅみゃ」
「お前それ……何食ってんの!?」
「落ちてたミャ」
「ええ、拾い食いするなよ」
「みゃん〜、でもおいしいにゃん」
「マジで?」
どう見てもココナッツみたいな物体だけど、殻の中はホロホロとしていてめちゃくちゃキモい。いったいこれは何の木の実なんだろうと疑問が湧いたら、スコーンと頭の上に固い物が落ちてきてすぐ答えが出た。どうやらこのバオバブの木の実だったらしい。
「あたた。この木、果物実らせるんだなぁ」
「薄味だけどうみゃいよ」
「今落ちてきたヤツならキレイだろうし、俺もちょっと食ってみるか」
「みゃん〜」
アグニャの爪で木の実を引き裂いて割ってもらい、気色の悪い中身を一摘みちぎって口に入れてみる。なるほどてっきり俺はパイナップルみたいに繊維質な食感だと思ったが、口に入れるとラムネ菓子のような独特のホロホロ感が味わえて面白い。しかし味は無味無臭なのですぐに飽きた。
「いらにゃいのみゃ?」
「うん。ちょっと味がしなさすぎてな」
「じゃもらうみゃ。ハグハグハグ……」
「おお、食え食え。いっぱい食え〜」
「にゃん〜!」
「はっはっは、かわいいなぁ」
「あ!!」
「なんだ、うんこか!?」
「おしっこ!!」
排尿を高らかに宣言したアグニャはバリバリとバオバブの木を引っ掻きまくり、その根元の地面も堀っくり返し、俺の方を見ながらスックと腰を下ろし発射準備を整えた。長年連れ添ってきた愛しのアグニャとはいえ、今はニャンコじゃなくて人間の姿。俺は相も変わらず、いつものようにサバンナの乾いた景色を眺めてお茶を濁すのであった。
「ぷるぷる!!」
「終わったか?」
「にゃあ!」
「しかし食ったらすぐ出るなぁ。若いな」
「みゃん、おじちゃんはおしっこしないみゃ?」
「もうしばらくは出ないかな」
「うみゃん〜」
安心してくれ、俺の排泄シーンに需要がないのは分かっているから決して皆さんのお目汚しにならぬよう影で済ませているから。おっさんの体中の毒が溶け込んだ恐ろしい黄色をエリミネーションしてるとこなんか、ただの眼球への暴力だからな。その点で言うと、もし皆さんがアグニャの排泄シーンをよく見たいと仰るのであれば俺は嫌われ役を買って出て、マジマジとアグニャがぷるぷるしてるとこを見てモノローグに投影するのですが、いかがな提案でしょうか。
「はっ……余計なことを考えるな、俺!」
「どうしたみゃ」
「いや、なんか痛々しいモノローグが頭に浮かんだ」
「みゃん〜」
x x x x x x x x x x x x x x x
結局俺たちの行く先はアグニャの鶴の一声でジャングルに決まった。理由は面白そうだから、である。でもそれには俺も賛成だし、なにより砂漠はきちんと装備を整えて臨まないと暑さで野垂れ死ぬ恐れもあるしな。まあジャングルもジャングルで滑りにくいブーツとか用意するのが好ましいんだろうけど。ちなみに今俺たちが履いている物は、なんとただのスニーカーである。俺がスニーカーを履いているのはまだわかるけど、本来裸足だったアグニャは一体どこからスニーカーを持ってきたのだろう。恐るべし異世界、標準装備の選定も謎に満ちている。
「にゃにゃ、川があるみゃん」
「おお、地図にも載ってる川だ。すごい」
「ふみゃ〜、遊ぶミャ」
「そうだな、そろそろ体を拭いたりしたいしな」
「みゃんみゃん」
サバンナの終点を流れるこの巨大な川はまるでアマゾン川のような迫力があり、ジャングルの始まりが近いことを予感させる。なんせ、あとはこの川に沿って北東へ進めばジャングルを迷うことなく横断できるのだからありがたい川である。というよりもこの巨大な川に沿ってジャングル地帯が形成されたのが正しいのかもしれない。知らんけど。まあいいや、とにかく川で遊ぼ。
川に近づいた俺たちは各々やってみたいことをする事に。俺は持っていたタオルを濡らして体を拭こうと思うのだが、アグニャは……おや、なにやら水にビビってモジモジしてるぞ。
「びくびく」
「ススス……」
「ふ、ふにゃぁ」
「……」
「ね、おじ」
「尻尾をギュ!」
「ぎにゃァァァ」
凄まじい驚き方だ。全身をノーモーションでドンッと飛び跳ねさせ、遥か数mもの跳躍を見せたアグニャはストーンとその場に着地してきた。しかし耳は頭にピッタリと張り付き尻尾はモサッと膨らんでいる。どうやら驚かせすぎたみたいだ。けど怒ってるアグニャもきゃわわわわ!
「お〜じ〜ちゃ〜ん!!」
「ごめんごめん、あんまりビビってたからさ」
「ネコは水が苦手みゃん! 何年一緒にいるにゃん、そろそろ覚えるみゃ、あとビビってはいにゃいから」
「は、はい、分かりました」
や、やめろアグニャ、そうまくし立てて怒られると嫌な思い出が蘇ってくる……ああ、いかーーーーーーーん!!!!!!!!
そう、あれは、
「聞いてるのかミャ、ちゃんとごめんにゃさいするみゃん。今回ばかりは死ぬほどビビったにゃ!」
「アッ、アッ、アッ」
「だいたいおじちゃん、前はガシガシ撫でてくれたのに今はこっちから言わないと撫でにゃいにゃ」
「なんでみゃ? 嫌いになったみゃ?」
「うんちの時も見てくれにゃいし、遊ぶときもなんだかぎこちにゃい」
「どうしてにゃ。教えるにゃ。にゃ、にゃ、にゃァ!」
「アッ、アッ、アッ……アァ!」
「みゃみゃ、おじちゃんが気を失ったミャ!?」
みんな、嫌なことがあったり思い出したくない事を思い出してしまったら無理しないことだ! それが40年間辛きを耐えて生きもがいてきた弱者男性からのアドバイスだ! でもな、時にオーバーキルされることもあるからその時は諦めよう。それじゃ!
エシャーティ「ジャングルの川で水浴びしてたら……」
エシャーティ「向こうの方で女の子が飛んでるのが見えた!」
エシャーティ「なんか頭に猫耳飾りとか付けてたしジャングルの原住民かな。やっぱこの世界、不思議がいっぱいだね〜」