オオカミ少年からの質問「じゃあ俺、あのとき何て叫べばよかったんですかね?」
やあ、みんな。こんにちは。
俺だよ、ハンスだ。
え? 誰だって?
お前なんか知らない?
いや、多分知ってると思うよ。だって俺、超有名だもん。
世界的に有名。まじで。
知らなかったらモグリだよ。
それでも分かんない?
あ、そうか。
こっちでは俺の名前じゃなくてあだ名の方がめっちゃ広まってるんだよなー。
そっかー。
言いたくないけど、言うかー。そうしないと話が進まないもんね。
まあ、あれだ。平たく言うと、俺、オオカミ少年。
え? っていう顔やめてくれる? 俺だって言いたくなかったし。ハンスの時点で気付けし。
いや、違う違う。
狼に育てられたとか、満月の夜になるとバリバリ服が裂けて狼に変わるとか、そういうんじゃない。そっちじゃないやつ。
そう。
うん、それ。
狼が来てないのに狼が来たぞーって叫んで村の大人をからかって大爆笑してたら、ある日本当に狼が来て、慌てて、狼が来たぞーって叫んだけどもう誰も来てくれなくて、羊を全部食べられちゃった間抜けな羊飼い。
いまや噓つきの代名詞。お前、オオカミ少年かよって極東のこんな国でまで言われちゃってるあれ。
あれが俺です。
ほら。やっぱり知ってるじゃん。
で、さ。
ちょっと相談があるんだよね。
こんなところで相談するのも何なんだけどさ。やっぱり顔の見えないネットだからこそ聞けることってあると思うのよ。匿名だからこその本音っていうの? まあ俺、本名出しちゃってるけどねwww
あ、見た? 今のwww。
いいでしょ、このwww。
これ、発音で表現するの、かなり練習したんだぜ。最初は、「草ぁ!」って言ってたんだけど、ちょっとノリが違うかなって。やっぱりこっちのほうが良くない? www ほら。もう自在にできちゃうwww wwwwwww
げほっ。ごめん。ちょっと待ってね。これ、喉に結構負担かかるんだよね。げほっ。やばい。まじつれえわ。
ああ、そうそう。それで相談なんだけどね。
えっとね。
俺、何て叫べばよかったかな?
あ、そうだよね。意味分かんないよね。
実は俺、嘘はうまいけど説明はあんまりうまくないのよ。意外でしょ?
嘘ってフィーリングでいけるじゃん。でも説明はもうちょっとロジカルっつうかさ。情よりも理に寄るじゃん? いや、自分でも何言ってるか分かんないけどwww げほっ。
状況から言うとさ。
善良で愉快なハンスという羊飼いの少年がいたわけさ。
で、毎日羊を山に連れてって、放牧させてたんだけどさ。
ほら。羊って草ばっか食ってんじゃん。
こいつら毎日毎日、草ばっか食ってんなーなんつって見てたんだけどね。まあ俺も毎日黒いパンばっかり食ってますけどwww げほっ。
それで、そういや羊は草食ってるけど、狼はこいつらを食っちゃうんだよなー、なんて突然のひらめき、天啓っつうの?が降って来てさ。わお、それって食物連鎖。なんて思ったわけ。思うでしょ? 草、羊、狼。はい、食物連鎖。
いつも会うたびに、狼には気を付けろよーってペーターおじさんから言われてたんだけどさ。そういや狼って俺が羊飼いを始めてから見たことないなー、なんて思ったわけ。
そんでちょうど間が悪いことに、あそこ、いつも放牧してるとこ、すげーよく声が通るの。やまびこっていうんでしょ?おたくの国だと。めっちゃ返ってくるのよ、声が。
だから、いつもやっほーとかよほほーいとか言ってたんだけど。ちょっと意味のある叫びを決めてみたわけ。その日だけ、何となく。そう。天啓で。
「狼が来たぞーwww」
って。
そしたらさ、えらい剣幕の大量の大人がさ、あれ、こんなにいっぱいうちの村に大人いましたっけ?くらいの人数の大人がさ。それこそアバオアクー攻めるときのジムとボールみたいにわらわらと登ってくるわけ。しかもみんな手に鍬とか鎌とか持ってんの。
で、俺に、狼はどうした!って聞いてくるの。
言えないじゃん。嘘だって。みんなすげー殺気立ってるし。っていうか、もし本当に狼が出たとして、あんな人数要る? 明らかにオーバーキルでしょ。
とりあえず「逃げちゃいました」って言ったらさ。みんなしばらくその辺をうろうろしてから、「また出たらすぐ知らせろよ!」って言って下りてっちゃったんだけどさ。
俺、もうしばらくポカーンですよ。
でも、思い出したらだんだん笑えてきてさ。俺が適当に言ったことにあんなにいっぱいの大人が大騒ぎしてさ。それでまた何事もなかったかのように帰ってくの。
いやー、ツボに入ってさー。一人で腹抱えて笑ったね。
その日寝る前に、もう一回思い出し笑いしたわ。
でさ。それからしばらく我慢してたんだけど。
ほら。
暇じゃない。
羊はずっと草食ってるしさ。
だからね。一週間に一回だけにしとこう、と決めて、やったのよ。
ええ、やりました。
もう、叫んだね。
狼が来たんですうーって。
いやー、飽きない。何度見ても飽きない。
ざっざっざっ、っていう足音とともに武装したジムが、いやいや、大人たちが登ってくるわけ。で、何もないと聞いてまた帰っていくわけ。
面白くってさー。
ほんとに……はあ。
あの頃は幸せでした。はい。
で、運命の日ですよ。
その日は叫ぶはずの日じゃなかったんだけどさ。
wwwの発声練習とかしてたらさ、急に日が陰ったわけ。
げー、雨降るの? と思って振り返ったらさ。違ったのよ。
そこに、そいつがいたのよ。
ひときわ高い岩の上から、まるで俺を含めたあらゆる生きとし生ける物を単なる獲物とみなし、さて今日はどれから喰らおうかと品定めをしている獰猛な森の捕食者にして食物連鎖の頂点。
みたいな顔して、狼がいたのよ。
こいつかー!って思ったね。
こいつが狼かー!って。
で、こっちとしては叫ぶじゃない。
それはもう、嬉々として。
「狼が出たぞー!!」
って。
いや、狼もなかなかのもんだったよ。でかかった。分かんないけど、多分ビグザムくらいあった。だから、大人が来たらこれはすげえ戦いになるぞ、と思ってね。
わくわくしてたのよ。
そしたらさ。
来ないの。その日に限って、ジムが。ボールも。あ、いや、じゃなくて、大人が。
誰も来ないのよ。あんなにジャブローで量産されてたのに。じゃなくて、いつもはあんなに来るのに。
なんかねー、後で聞いた話だとさー。
もう広まっちゃってたんだって。
ハンスのガキ、いつも狼が逃げたって言ってるけど、どうもあれ嘘らしいぞ。狼なんか、本当は最初から来ちゃいねえらしいぞ。なんて話がね。
まあ、いつかはばれるよねー、とは思ってたけどさ。
何も、本当に狼が来たときにばれなくたっていいじゃんね。
で、結局その日はもう、狼の一人バイキングですよ。
ええ、めっちゃおかわりしてました。
時間いっぱい、きっちり食って、全部もと取って帰りました。
ブッフェ・ハンス、一日で閉店ですよ。
もう大惨事。ガンダムいなかったら、ソロモンもああなってたかもよ? まじで。
で、本題はここからなんだけどね。
俺、何て叫べばよかったのかな。
前提として、もう俺が力いっぱいめいっぱい、嘘つきたおしてるから、村の大人たちの中で俺の信用度はゼロなわけ。信頼を回復するには長い道のりが待っています、とかってニュースのアナウンサーが難しい顔で言っちゃうくらいの状況なわけよ。
その状態での、狼さん襲来リーチ。
羊さんは食べられちゃうピンチ。
大人が来なくて羊はみんなミンチ。
羊預けてた村人は怒って俺をリンチ。
とか言ってる場合じゃなくて。
完全に信用されてない状態で、馬鹿正直に「狼が来たぞー」は悪手だったわけ。もう最悪の一手よ。
だってそれ聞いて、大人みんな、「はいはいまたハンスの馬鹿の一つ覚え。狼キターwww」とか思ったわけじゃん。げほ。
じゃあ、俺、何て叫んだら村人が来てくれて、羊食われなくてすんだのかな。
ずっとあれから考えてるんだけど、全然思いつかなくてさ。
俺、何て叫べばよかったと思う?
ちょっといいアイディアがあったら教えてよ。
俺、インスタに可愛い羊の画像とかあげてるから。そっちにDMちょうだい。
じゃよろしく頼んますwwwww
げほっ。