管楽器と打楽器のためのセレブレーション
かずね。今日は、かずねが頑張るコンサートだな。
かずねが父ちゃんたちと同じ高校に入って、父ちゃんたちと同じ吹奏楽部に入るって聞いた時は、ひっくり返りそうになったぞ。あのかずねが、吹奏楽をやりたいって言いだすなんてな。
父ちゃんは、今年33歳になった。そんなことよりも、かずねが今年17歳になることが、一番嬉しかった。かずねがやっと、母ちゃんの年を越えて生きていてくれた。
かずね、かずねは父ちゃんと母ちゃんが16歳の時に生まれたんだ。父ちゃんと母ちゃんは、高校生だった。吹奏楽部だった。母ちゃんはユーフォニアム、父ちゃんはティンパニーだった。母ちゃんは体が小さくてな、肺も小さいもんだから、ユーフォニアムていうでかい楽器を吹くのに苦労していた。母ちゃんは優しいからな、フルートを希望していたのに、やりたい人が多かったから、ゆずってあげたんだ。あの頃人気が無かったユーフォニアムやらされてな、でも、母ちゃんは「きっと楽器が私を選んでくれたんだ」と前向きだったんだ。メロディーのパートじゃないけれど、母ちゃんのユーフォニアムは、皆の音を支えていた。
父ちゃんと母ちゃんは、夏休みの一年生課題で「セレブレーション」を演奏することになった。練習でよく話す機会があって、父ちゃんは母ちゃんを好きになった。世の中に、こんな一生懸命に楽器を吹いている女の子がいるんだな、と思った。母ちゃんは、あんまり気づいていなかったかな。告白したつもりだったのに「え? 私も部活好きだよ」だ。おとぼけなところも、かわいかったんだ。
「セレブレーション」を演奏し終えた秋、母ちゃんのおなかにかずねが来たんだ。父ちゃんは、母ちゃんの家族にひとりであいさつに行った。遅れて父ちゃんのお父ちゃんとお母ちゃん……かずねのじいちゃんばあちゃんな、も来てくれた。もちろん、びっくりされたよ。母ちゃんの親にどなられた。しかられた。それは一瞬だけだった。かずねの母ちゃん方のお父ちゃんはな「これからのことを、私達で考えていきましょう」と言ったんだ。「早すぎて授かった孫ですが、皆で愛していきましょう」それは、かずねの母ちゃん方のお母ちゃんが言ってくれたんだ。かずね、かずねは皆に生まれておいで、と迎えられていたんだ。父ちゃんは、自分が恥ずかしかった。かずねを生ませない、お前と娘は二度と会わせない、と別れさせられると思っていたからだ。
母ちゃんは、かずねが生まれてくることを楽しみにしていた。父ちゃんは部活をやめてアルバイトを始めた。高校は必ず卒業しなさい、大学に行くか働くかは、君が決めなさい。親になるのだから、自分のすることは自分で考えて動きなさい。18歳になったら婚姻届を出すこと。母ちゃんのお父ちゃん……父ちゃんの義理のお父ちゃんとの約束だった。
「女の子なんだって。名前は、和音。和音は、いろんな音と一緒になっているでしょ。この子には、私、オトくん、私の両親、オトくんの両親、いろんな人とつながって、仲良しになってほしいんだ。お母さんになるのが早すぎだったかもしれないけど、和音ちゃんは、私が守るよ」
母ちゃんは、かずねを元気に産んでくれた。でも、母ちゃんはかずねを一回しか抱けなかった。体が小さくて、とてもしんどかったんだ。父ちゃんに最後に言ってくれたことは「オトくん、和音をよろしくね。ごめんね、ありがとう」父ちゃんは、世界を恨んだよ。
それでも父ちゃんは、かずねの父ちゃんだから、何もかも投げ出さなかった。昼は学校、夜はかずねの世話をした。学校に行っている間は、お互いのじいちゃんばあちゃんが、交代でみてくれた。ありがたかった。父ちゃんは、ちゃんと高校を卒業できた。大学にも通った。大学を出て、正規の会社員になって、かずねが不自由なく暮らしていけるように働いた。四人のじいちゃんばあちゃんは、父ちゃんが考えた「これからのこと」に賛成してくれた。かずねが素直な子に育ったのは、じいちゃんばあちゃんたちのおかげだ。
父ちゃんがかずねと遊んでいるとな「かわいそうな子」「若いのに子どもがいるの?」「学業をおろそかにして」「最低」、ちくりとする言葉をよく投げられた。だけどな、かずねはかわいそうな子じゃない。父ちゃん、父ちゃんところのじいちゃんばあちゃん、母ちゃんところのじいちゃんばあちゃんがいつだってそばにいた。父ちゃんは母ちゃんが大好きだった、世間では「順番が違う」だろうけど、母ちゃんもかずねも大切にする気持ちがあった。母ちゃんを守れなかったけれど、かずねは、かずねだけは幸せにしてやりたい。父ちゃんは、父ちゃんとかずねに冷たい人達には負けずに仕事に行った。
かずねがユーフォニアムのパートに入ったのにも、驚いた。やっぱり母ちゃんの娘なんだ。かずねは母ちゃんをあまり知らないけれど、心の深いところで、母ちゃんを覚えてくれていたんだ。母ちゃん喜んでいるはずだぞ。空の上からこう言っているにちがいない「楽器が和音を選んだんだね」。
体がでかいのは、父ちゃんに似たな。背が高くて、かわいい服が入らなくて不機嫌だった頃があったよな。母ちゃんから出てきたとは信じられないくらい、肺が強くて、いっぱい食べて、声が大きくて、お調子者で……低音パートではちょっとした人気者らしいな。
かずね、ソロが無くても、主旋律じゃなくても、かずねは腐らないで、自分のパートを丁寧に吹いていたな。「セレブレーション」は、和音が大事なんだ。かずね、かずねは曲の要だ。ユーフォニアムは、低音で支えることがほとんどだが、たまに高音を出して度肝を抜かせるんだ。ひたむきに努力する母ちゃんと、仲間をぎょっとさせることが好きなかずねに似ているな。
かずね、晴れの舞台、よく頑張った。気をつけて帰れよ。本番が近くなると、夜遅くなるから父ちゃんは学校まで迎えにいってやらないと気がすまない。「もう子どもじゃないんだから」「大丈夫だって」「父ちゃんは、心配しすぎ!」心配させてくれ、かずね。いくつになっても、父ちゃんと母ちゃんの子なんだ。
あとな、かずね。アンコールのサンバであそこまでするなんて、聞いてなかったぞ。なにも歌っている俳優本人に似せなくても……父ちゃん、隣の人の背を叩いてしまったんだ。知らない人にだぞ。
かずねは、本当に笑わせてくれるなあ。これからも、周りを笑わして、仲良くしてゆけよ。
あとがき(めいたもの)
改めまして、八十島そらです。某公立高校吹奏楽部の定期演奏会に「セレブレーション」が演奏されていたので、それを聞いた時に浮かんだ話です。
一緒に卒業できなかった「あの子」が、どうも八十島の心に引っかかってしまうのです。「あの子」は、八十島のことなぞ知るわけありませんが、八十島は「あの子」が気になっていました。急に退学したのです。理由は知らされていません。「あの子」が現在どうしているのか、八十島はただ、平穏に暮らしていますよう祈るだけでございます。