第二十七話 調査
「さて、話を戻しますと、宗教的な権力と経済面での権力が共謀しているわけですか。花梨を狙う理由は十分にありますね」
「そうね。ところでホムンクルスが開発したものの特許ってどうなってるの?」
「ホムンクルスには特許を取得することができません。よってホムンクルスが開発した技術や道具はその所有者のものになります」
「ちなみに、誰からも所有されていない異種族が開発したものはどうなるの?」
「道端に落ちている石ころと変わりません。誰が拾うか、早い者勝ちです」
「ま、そうよね。もしも新星教や生物学会がテレビの権利を取得できたら……」
「途方もない利益を得るでしょうね」
現時点でテレビは試作品しか完成していない。しかしこの論文の著作権を押さえておけばかなりリードできるし、何より花梨を所有しておけばテレビの量産すら夢ではない。
それにしても菜月様との会話はテンポがよくて、ストレスを感じない。すぐに状況が悪いことを悟ってくれている。相談相手としては申し分ない。この方にもっと協力してもらうためにも、少し煽っておこう。
「この件についてはアテシン家とも協力するために、雫を向かわせています」
「え⁉ 黄ノ介様に⁉」
「ええ。先ほど快く協力するという返事をいただきました」
「本当に⁉」
嘘である。まだ返事はもらっていない。
しかし黄ノ介様について持ち出せば確実に菜月様は乗ってくる。未練がましいことこの上ないけれど、だからこそ面白いんですよねこの人。
それに私は乗ってくると踏んでいる。
黄ノ介様にとっては女児誘拐を行った怪しげな団体を放置できないだろうし、オーマー様もアテシン家の当主として、また個人的な事情においても勇者の直系に当たる組織が甘い汁を吸うのは看過できないだろう。
「菜月様はいかがいたしますか? 無理に手伝っていただかなくても……」
「協力するわ! いくらでも!」
「感謝いたします」
マフタの家も協力していただけるかどうかは五分五分かもしれないけれど、もし協力してもらえるなら、強力なスポンサーが二つもつくことになる。
まことに偉大なるコネの力。どうせ宗教組織など後ろ暗いことをいくらでもしているに決まっている。叩けばいくらでも埃が出るに違いない。
予想に反して新星教はクリーンな組織だった。
菜月様と黄ノ介様からの報告書を雫から受け取り、書類を読みながら眉間にしわを寄せる。
「周囲への奉仕活動。社会的弱者への支援。犯罪被害者への経済、および心身のケア……行動だけを見るならこれ以上ないほど立派なんですけどね」
「アテシン家でも以前から新星教は商売敵のような関係だったらしく、その行動を注視していたと承っております」
つまり向こう側としては私が一泡吹かせることを願っているということですか。なら、この報告書は嘘ではないはず。
「新都での一件を踏まえればもう少しいろいろやらかしているかと思ったのですが……まあ、集会での騒音、抗議活動による破壊行為など、軽犯罪は行っているようですね。しかしそれでも思いのほか行儀がよすぎます」
「行儀……ですか?」
「ええ。カルト宗教というか、怪しげな団体というものは怪しまれたほうが結束力は上がるのですよ」
「?」
こてんと首をかしげる。小リスみたいで可愛い。
「周囲から疎まれることで自分の所属組織への忠誠心、いえ、依存心を無理やり高めるのです。私たちはここだけが心安らげる居場所なのだ、とね」
私も似たようなやり方でカルトを運営していたからよくわかる。洗脳の基本は反復と情報の遮断だ。
それにしてはこの新星教はかなりオープンな組織といえる。……あの勇というマスクや、明らかに過剰な忠誠心はまともな心理状態だとは思えないのだけれど。
「そっちはおいておきましょう。新星教の支持者の数はともかく……」
「はい。質が奇妙です。異種族の信者や支持者も相当数含まれています。あの松田平八郎というお方ももともとは帝国の人民だったそうです」
「帝国? 勇者様に滅ぼされたとかいう……あの帝国?」
「はい」
「それが今や勇者様の信奉者ですか。何が起こるかわかりませんねえ。てっきり異種族をひたすら排斥しているかと思いましたが……従順な異種族には寛大なようですね」
「オーマー様がおっしゃるには、人権などよりも明日の食い扶持が大事だと」
「まったくもってその通りですね。結局のところ人間にせよ異種族にせよ目の前の自分の幸せを重視します。明後日のことまで考えるのも億劫なのですよ」
「ですが支持者がどのような異種族でも関係ないのではないのでしょうか」
「いいえ。法律家としての私と支持層が被っています」
「それは……例えば動物愛護法を持ち出しても新星教を庇う人たちがいらっしゃるということですか?」
雫の密かな成長に少しだけ微笑む。きちんと人間関係や社会の複雑さを理解し始めている。
「ええ。裁判にせよ法律にせよ最終的に判断するのは当事者です。法として正しくなくとも支持者がいれば攻めにくいのです」
「あの、それでは……」
不安そうな視線が向けられる。先日のことがあるからか、花梨もまた届かないのではないかと気が気でないのだろう。
「安心してください。攻め方を変えればいいだけですよ。少しばかり気になることもありますし」
今回の相手は社会的な権力と信頼を持っている。だが同時に、それらは自らを縛る鎖でもあるのだ。その鎖に打ち込むくさびをすでに見つけていた。




