第十二話 工事
「ふーん。それで結局アルバトロスがベビーシッターになったのね?」
「ええ。求婚者たちにはニジイロゴケを一番早く持ってきた方にプロポーズをする権利がある、という条件を提案しました」
私と菜月様が、ばたばたと木屑やほこりが舞う工事風景を、日傘を差しながら眺める。
「アルバトロスの女は随分生意気ね。結婚相手を自分で選ぶなんて」
その声には非難がましい色が浮かんでいる。男性社会のある意味模範的な女性である菜月様にとって女性が主導権を握っていることが気に入らないらしい。
「男の方もそんな女見捨てちゃえばいいのに」
「さすが、婚約破棄を叩きつけられたお嬢様は言うことが違いますね」
「ぐは⁉ あ、あんたも遠慮が無くなってない?」
「蝶のように、花のように丁寧に接した方がよろしいですか?」
「いいわよ。たまにはその……口の悪い、友達がいても」
「少し意外でした。私のことをそんな風に思っていただいているとは」
「ホムンクルスとか、種族とか、そんなのは関係ないわ。大事なのはその人が何をしたかよ。あんたには世話になっているもの」
胸を張って断言するその姿は確かに人の上に立つ器が見える。
この方は何故その器量を婚約者に見せられなかったのか。いや、この男性社会であるラルサには女性が大器を持つこと自体忌避されているのかもしれないが。
「それでこれも私にとっての利益になるのよね」
現在進行形で続けられている工事を見ながらの言葉だった。
「もちろんです。ひとまずこれをご覧ください。色々な意味で役に立ちます」
ニジイロゴケを使ったテレビを見せる。
「確かにすごいけど……金稼ぎ以外で何の役に立つの?」
「例えば、テレビが何万人にも売れたとして、その映像を多くの人が見たとします。そこで尋ね人の名前でも放送すればどうなるでしょうか」
「そっか。わざわざ誰かを訪ねる必要なんかないし、一度にたくさんの人に情報を送れるのね。だからこそ、真偽を確かめるのが難しそうだけど」
「確かにそこは精査する技術を高めるしかありませんね」
やはり菜月様は利発だ。ビジネスパートナーとして申し分ない。頭の固いおっさんよりもよほど柔軟で、何よりも私の話を聞いてくれる。
何度か法律家として活動してわかったことだけれど、やはりホムンクルスの女というのはかなり舐められる。特に偉ぶっている男性にはまともに取り合ってさえもらえない。日本の方がまだましだ。
「それでテレビを作るためのニジイロゴケを栽培する施設がここなのね?」
「はい。花梨からの要望です」
安く買い叩いた土地に簡単な実験室を建設する。自宅だと少々手狭なので新しい場所が必要だったのだ。今回ここに菜月様を招いた理由は二つ。
「いいわ。私の名前を使って特許を取ってちょうだい」
「ありがとうございます」
まず菜月様の許諾を得ること。そして、地球からの知識を与えること。
転生者は元の世界の知識を伝えることに制限を受けているが、ヒントを与えたりするくらいならそれに引っかからない。
菜月様や花梨を利用すればルールの抜け穴をつけるだろう。
万事つつがなく進行している。そう心中で自画自賛していると工事している大工が私を呼んでいた。
「小百合さん! 妹さんからお電話です!」
雫から?
大工たちが上司との連絡などの都合で外に持ち歩いていた電話鳥にわざわざ連絡しなければならないような事態。考えるまでもなく、非常事態。……何故こうも上手くいっている時に限って邪魔ばかりはいるのか。
やる気が砂のように零れ落ちながらも大工が運んできた電話鳥の前に立つ。私が何か言うよりも先に、憔悴しきった声が聞こえた。
『お、お姉さま。ご、ごめんなさい。ごめんなさい……わた、私、私!』
悲鳴のような嗚咽から、動揺を察するに余りある。ここまで感情が振り切れている雫はケレム様に襲われて以来か。もっとも雫はその時の記憶が消去されているはずなので主観的には初めての経験だろう。
「大丈夫ですよ。私はあなたを責めたりなんかしません。ゆっくり。ゆっくり、息を吸ってください」
雫の呼吸音が小さくなるにつれ、私も気を引き締める。これは想像以上にまずいことが起こっている。
『お姉さま……ごめんなさい。取り乱してしまって……』
「構いませんよ。あなたが悪くないことはわかっています」
『いいえ……私が悪いんです……私の、せいなんです』
底なし沼に自ら飛び込むような気分を味わいながら義務のように質問する。
「一体何が起こったのですか?」
『鳥子様が……エミ様の子供を殺したそうです』
一瞬だけ、目の前が真っ暗になった。




