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第十話 漁業

「ワレワレハ新星教司祭、松田平八郎です。ワレワレを見るのハ初めてのようなので重ねて自己紹介すると、グレイ、という種族です」

 何故に私ではなくワレワレ? しかも妙に立派な日本人名。改名したのでしょうか? 異世界でもグレイという名前なの? それとも翻訳の都合?

 違和感の塊にハリセンで頭を殴りたくなってきたけれど、名乗られたのなら名乗り返さなければ。

「法律家の小百合と申します」

「小百合さんですか。良い名前ですね。一つお尋ねしますがあなたハ先ほど我々の行動を器物損壊罪だと言っていましたね」

 助詞に妙なアクセントがついていて少し不愉快だ。

「ええ」

「それハおかしい。ここにいる人権のない異種族すべてガ、ペットであるわけでハないでしょう?」

 その言い方ではどうやらグレイは人権があるようだ。……少しは頭の回る奴が出てきたようですね。

 器物損壊罪は他人の所有物を破壊した罪。つまりペットではない異種族はそこらの野良犬と変わりない。よって器物損壊罪にはならない。

 だが。

「ですがそれはここにいる皆様を傷つけてよい理由にはなりません」

「何ですと?」

 松田様はピクリと眦を吊り上げる。

「この方々は鳥類、ないしは哺乳類に属していると考えられますので、鳥獣保護法によって保護されるべき動物です。魚人の方もいらっしゃるようですが、その方々は全て漁業組合の管理下に置かれているペットですのでこちらは器物損壊罪の対象になります」

 この辺りはここに来る直前に組合長から聞き出した。

「う、む。少し待ってくれ」

「どうぞ。いくらでもお待ちしますよ」

 妙なしゃべり方のせいでわかりづらいけれど、かなり焦っているように思える。

「鳥獣保護法ハ鳥獣を管理する目的の法律のはず。禁止されていない鳥獣を処罰することハ……」

「いいえ。それは逆です鳥獣保護法は許可された動物のみ狩猟できる法律です。よって原則として許可されていない動物は全て殺傷できません」

 ちなみに、これはケレム様との例の事件の後で他にも異種族を守るために使える法律がないか探した結果見つけたのだ。

「でハ、漁業法ハいかがです? 不許可で漁を行うのハ犯罪でしょう?」

 今度は殺傷していい理由ではなく、処罰する大義名分を持ち出してきましたか。妙に知識がある。誰かからの入れ知恵ですかね? いや今は松田平八郎様に集中するべきか。

「まず漁業法において個人で楽しむ釣りと漁業者が行う漁業に分類されます。ここは海ですので個人で釣りを楽しむ分には問題がありません。そして物を所有する権限がない異種族の場合、漁業組合などに所有されていない場合、自動的に個人の釣りとなります」

 かなり屁理屈ですけどね。内海を海と言っていいかは微妙だし、漁業組合と協力関係にある異種族の助力を漁業と分類することもできるかもしれない。だがしかし、法律とは屁理屈だ。

「しかし、漁業法でハ特定の貝などの狩猟も禁止されていたはずです。本当にそれらの法を守っている保証がありますか」

 随分食い下がってくる。そんなにこの海が大切なのでしょうかね? だがこっちも引き下がるつもりはない。

「ありますとも」

 私の断言に新星教の信者たちはたじろいだ。

「まず一つお聞きしましょう。アルバトロスなどはどうやって魚を獲りますか?」

「海に潜るに決まっているでしょう?」

「では、どこで魚を食べますか?」

「それハ……そのまま獲ってすぐ食べるはずでハ? 海の中でしょう」

「ええ。そうでしょうね。ですがそれでは漁業法に違反していることにはなりません」

「な、なぜ⁉」

「漁業法における漁獲とは、原則船や陸地に水産物を揚げた場合を指す言葉です。よって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「な、なんですとお⁉」

 驚いているようですね。私も調べて驚きました!

 よく考えれば当然ですけどね。だって人間が生で貝やら魚を食べ続けていれば絶対お腹壊しますしそもそも海中で食べるとか不可能ですから!

 もしもこれから密猟を企てている不届き物は海中で調理可能な料理人と調理器具をそろえるといいでしょう。捕まりませんよ。そんな状況で食事を楽しめるならそれはそれでちょっと見てみたい。

「う、ううむ。ですがワレワレハ……」

 まだ反論しようとしている松田様を追い詰めようとしたところでまた別の声が響いた。

「もうその辺りにしておきなさい」

 松田平八郎様が乗っていた人力車から黒髪の女性が優雅に降りてきた。

 私以上の長髪で、十二単の如き派手な着物を着こなしている。薔薇のような気高さが溢れているが……造花の気配も漂っていた。

「教祖様!」

 松田様を含めた信者たちが一斉に平伏する。どうやら彼女が親玉らしい。

「初めまして法律家さん。名前は故あって名乗れませんのでわたくしのことは教祖とお呼びください」

「ご丁寧な自己紹介痛み入ります。法律家の小百合と申します」

「あなたの御裁断見事でした」

「教祖様のお耳を汚さずに幸いです」

 お互いに笑顔のまま、中身のない会話のキャッチボールを続ける。

「おかげで我々も初心を思い出しました」

「初心?」

「ええ。平八郎。我々に与えられた使命は何ですか?」

「ハ。ワレワレの使命ハ勇者様の偉業を讃え、勇者様の御威光を世に伝え、勇者様のお言葉を守ることです」

 飼い犬のしつけが行き届いているようで何よりですね。

「ええ。その通り。そして法こそ、勇者様より頂いた恩寵。我々は法を最も貴び、守らねばならないのです」

 教祖の言葉に信者は頭をより深く下げ、あらんばかりの敬意を示している。

 ちなみにこれ、雰囲気でいいことを言っているように見えるけれど、ようするに法律を守りましょう、という当たり前のことだ。

 どうにもお茶を濁されている気がしますが……教祖の策に乗っておこう。

「もちろんです。そして漁師の皆様は何ひとつとして法を破っておりません」

「まさしく。故にこの場は我々が立ち去るべきでしょう」

 あっさり退きますか。空気を変えられたせいで勝ち戦を勝ちきれなかったようだ。

 勝ちにこだわらず、負けを意味のある負け方に変えるタイプは厄介ですね。深追いすると藪蛇になりそうですし、こっちの目的も果たせるから静観が吉か。

「では皆さま。ごきげんよう」

 艶やかに身をひるがえすと、信者たちもそれに続いた。一瞬だけ松田様と私の目が合ったが、すぐに教祖を追いかけていった。


 新星教の面々が去ると、漁師たちが私たちに群がり、感謝の言葉を並べ立てた。適当に相槌を打ちながら目当ての異種族を探す。

 目立つ姿は探すのも楽だった。全体は白く、鳥の頭を持ち、腕の代わりに先端だけが黒い長大な翼がある。特に鮮やかなのは黄色い嘴。これこそが鳥の姿をした人、アルバトロス。

 ただし想像よりも背は低かった。多分、体が大きすぎると飛べないのだろう。

 私が近づくと、よく言えば愛嬌のある、悪く言えば間抜けそうな笑顔を向けてくれた。

「法律家さん。何か御用ですか?」

「ええ。実は早急にある島に向かってニジイロゴケの採取をお願いしたいのです」

「ああ、ニジイロゴケですか。確かにあの島は船での上陸は難しいので我々の力が必要ですね」 

 これがどうしてもアルバトロスに早急に助力を願いたい理由。花梨はできれば栽培できるようにしたいらしいが、その実験のためにも数が必要だ。

「わかりました。本来はやるべきことがありますが……」

「あ、あの!」

 私が話しかけているアルバトロスとは別の……女性らしき声の高いアルバトロスから声をかけられた。


「いかがなさいましたか?」

「あなたは首都の異京からいらっしゃったんですよね」

「はい」

「じゃあ、私を異京に連れて行ってもらえませんか?」

 唐突な提案に面食らったが、私よりもアルバトロスたちが驚いているようだった。

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迷宮攻略企業シュメール 次回作です。時間があれば読んでみてください。中東のメソポタミアと呼ばれている地域で生まれた神話をモチーフにしています。
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