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第五十六話 炎氷

 精霊についてわかっていることは少ない。異界の存在であること。人知を超えた力を持つこと。

 そして……階級によってその権能が異なること。

 下位精霊は触れた物質を異界の法則に晒し、中位精霊は触れずとも自らの力を及ばせる。上位精霊は退去してもなお異界の法則を残し続ける。

 そして大精霊は……異界そのものを顕現させる。


 私が目にしたのはこの世の物ではないような、否。正真正銘私が今までいた世界とは違う世界だった。

 その空中に、赤と青に明滅する宝石のような二つの目が合った。それに鎖のような何かが絡み、二人の女性がむつみあっているように見えた。あれが、炎と氷の大精霊ポリアフペレ。

 異界の地面には透明な氷柱が剣山のように連なっており、天井にはマグマが血液のように脈動している。

 ポリアフとペレ。どちらもハワイの女神で、ポリアフが雪の神。ペレが火山の神だ。たまたま同じ名前なのか、翻訳の過程でそういう名前に変わったのか。いずれにせよ人知の及ぶ存在ではない。

 たじろいだ私は思わず氷柱に触れてしまう。

「熱っ⁉ え……氷柱が、熱い?」

 ありえない。氷は熱を吸収する。火は熱を放出する。それが地球とこの世界の常識だ。

 だが、ポリアフペレはその法則を破壊する。熱に関する物理法則を覆す。

 この氷は太陽の表面に着地しても溶けず、この溶岩は液体窒素の海でも凍ることはない。

 マクスウェルの悪魔すら嘲笑う、この世界で産まれた生き物では理解できない何か。それが、精霊。

 当然だが、体温を大体三十六度ほどに保たなければ生きていられない人間如き矮小な存在はこれの前には風前の灯火に過ぎない。大精霊に打ち勝つということは物理法則を覆すことにほかならず、それは世界一つに勝利することに匹敵する。

 私と旦那様が未だ存命なのは精霊が全力で死なないように気をつけているからだろう。すでに私たちはまな板の上にいる。


「満足か? 私を玩弄し、あの人を弄んで、我々を見下して、満足か⁉」

 ぎりぎりと歯ぎしりしながら血を吐くように叫ぶ。

「そうですね。愉しいか愉しくないかなら—――――とっっっても愉しいですね!」 

「この……性悪め! 子供の遊び場で親から借りた剣を振り回すように自らの力を誇示して楽しいか⁉」

「あははは! 自分より弱い相手をなぶるのは愉しいですよ! 何故皆さま弱い者いじめを愉しくないというのでしょうね! 他人がぼろっぼろになって擦り切れるのを見て嗤えばいいじゃないですか!」

「悪魔め。何故、お前のような奴に力を与える奴がいる。そんなものが正義だというのか!」

「おや。じゃああなたは他人を踏みにじりたいと思ったことはないですか? 例えば憎たらしい勇者をそれ以上の力で蹂躙したいと思ったことはありませんか? 正義を望む心と悪を成す欲望に大差はありません。私はそれに少しばかり忠実なだけです」

 私の口を封じるためにぶうん、と右腕が唸りをあげる。しかしその腕は一瞬で蒸発したかのように消え去った。

 旦那様は呆然とそれを眺めている。多分、ポリアフペレが何かをしたのだろう。

「それに信じてもらわなくても構いませんが、私は神から何か特権を与えられたわけではありませんよ。私に与えられた力は……これから使えるかどうかはっきりします」

 残った左腕を血が垂れるほど強く握りしめ、私を睨みつける。もはや立場は完全に逆転した。

「いかがいたしますか? ここで降伏すれば次の機会があるかもしれませんよ?」

「……次などない。例え大精霊が」

 言葉は言い終わらなかった。私に対して一歩を踏み出した瞬間旦那様は物言わぬ氷像と化していた。

 これが大精霊。強いとか弱いとかそんな次元ではない。そもそも戦いが成立してすらいない。そこにいる時点で勝敗は決している。これに勝ちたければ温度という概念のない世界に引っ越すしかないだろう。

 すべてが終わったことを確信した私は次の命令を精霊に下した。

「ミステラ。退去なさい」

『あいよ。じゃあな! つまんねえおばさん!』

 誰がおばさんですか。

 ミステラが捨て台詞と共に消え去る。いつの間にか菜の花畑に戻っていた。

 吹き抜ける風が少し寂しい。

「さて。終わりはあっけないものです。とりあえずあの子たちが今どうなっているかを確認しなければ」

 ガサリ。

 ふと、物音がして振り返る。そこには……死体がいた。

「な⁉」

 骨と皮、血管が飛び出たようなそれは私の喉元に飛びつき首を絞めた。私は樹に張り付けられているような態勢になった。

「あ、アアア。わだ、しは、あの人を、救うううう!」

(これ、旦那様⁉ どうやって⁉ 何で⁉)

 ろれつの回らない舌でつぎはぎのような言葉を紡ぐ。どんな仕組みで動いているのかさえもわからない。

(まさか、愛の力で復活したなんて言わないでくださいよ⁉)

 右手で首を掴む腕を引きはがそうとしつつ、左手の掌で顎を打つ。しかし全くひるむ様子はない。追撃として黒魔法を撃つが、これも効かない。むしろ徐々に人としての輪郭が形作られていく。

 よく見ると、旦那様の氷像から管のような何かが伸び、それと目の前の死体がくっついていた。

(再生したというより新しく自分をもう一人作った⁉ プラナリアですか!)

 動物の中には頭がつぶれても再生する生物がいる。もちろん人間では不可能だ。勇者の遺産を甘く見ていた。

(まずい。声が出せない……精霊が、呼べ、ない)

 精霊は名前を呼ばなければ姿を現さない。口を物理的に閉じさせるのは精霊への対策として有効だ。

 視界が黒くなり、力が抜け、腕が垂れ下がる。こんな時だというのに口から出たよだれが顎を伝っていくのが不快だった。

「わだじはあの人、を、守る! そうぢかったあああ!」

 叫びと共に喉を締める力が強くなる。そして——。

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迷宮攻略企業シュメール 次回作です。時間があれば読んでみてください。中東のメソポタミアと呼ばれている地域で生まれた神話をモチーフにしています。
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