第四十三話 教唆
「う、嘘でしょ? おじさまがそんなことするなんて……」
これまでの話を聞いた菜月様はあまりの衝撃にグラスを持つ手が震えていた。
「……ていうかこれ熱くない⁉」
……ただ火傷しそうだっただけらしい。
「適温ですよ。熱いのは苦手ですか?」
「ちょっとね。で、今の話ホントなの?」
「嘘でこんなこと言わないよ」
菜月様が説明していた私ではなく坊ちゃまに尋ねる。私は信用されていないのだろうか。悲しいですね。ちなみに内容が内容なので雫は席を外させた。
「それもそうよね」
「菜月様。旦那様を説得する、あるいは説得できる方を知っておられますか?」
「無理ね。おじさまは英雄だもの」
「それは以前の戦争で亡くなった医師の御子息、ということですか?」
「そうよ。誰もおじさまがそんなことをしたなんて信じないし、しても問題だとは思わないわよ」
逆を言えば菜月様は問題に感じるし、信じるということか。
「それに、一応それから何もしてきてないんでしょう? だったら……」
「菜月様。雫は男性を見るたびに震えています。せめて、逃げ道が必要だとは思いませんか?」
「……心の傷にはなるわよね」
実のところそれは方便だ。私は旦那様の真の目的によっては、私たちが被る被害が大きくなりすぎないか気をもんでいる。オーマー様の話を聞いてその思いは一層強くなった。
「まあ……ホムンクルスはそういう用途に使われやすいらしいけど……だからってなんでもしていいわけじゃないわ」
菜月様は顔を赤らめているが、私としてはちょっと話が繋がらなかった。
「何かそれ用に向く理由があるのですか?」
「あんた……頭いいくせに妙なこと知らないのね」
「?」
「ホムンクルスは子供を残せないのよ。いろんな種族のホムンクルスがいるけど、赤い目と子供を作れないこと。それ以外は元の種族とほとんど一緒なのよ。まあそれにホムンクルスの作り方も……その……」
ホムンクルスって人間以外も作成可能でしたっけ。あくまでもその種族のコピーのようなものなのだろう。子供ができないのなら、いちいち避妊なんかしなくていいから確かに向いている。
ところで何故口ごもったのだろうか?
「ホムンクルスの作り方が何か?」
「いや、そのあんた、ちょっと耳を貸しなさい」
「はい、どうぞ」
菜月様に耳を近づける。なるほど。ホムンクルスの作り方は地球の伝説に近いらしい。うぶですねえ。
そうしていると坊ちゃまから質問が来た。
「ねえ、ちょっと待って。どうして子供ができるとかいう話になるの?」
「え⁉ いや、それはだって……」
菜月様の顔がどんどん赤くなる。お嬢様だからか、この手の話題には免疫が強くないらしい。では。坊ちゃまはどうなのだろうか?
「お父さんが雫に暴力を振るったって話だよね?」
……うん。思いっきりすれ違っていますね! どうも坊ちゃまは襲う、という言葉の意味をそのままに受け取っているらしい。
菜月様とアイコンタクト!
(性教育はどうなっているのですか?)
(私に聞かれても困るわよ!)
(学校とかでは習わないのですか?)
(はあ⁉ そういうのは親から教わるでしょう⁉)
この間大体五秒。どうやら性教育は各家庭に任せてあるらしい。そうなると……無知な少年にあれやこれやを教える絶好の機会だ。なるほど。ではじっくり教えて差し上げなくては。
「ちょっと待って。あんた、何か邪悪な気配を感じるんだけど」
ち、勘がいい。その勘の良さの百分の一でも黄ノ介様に発揮すればよかったのに。
「はて? なんのことでしょうか?」
すまし顔で答える。だが通じなかった。
「……いいわ。藤太。ちょっとこっちに来なさい」
そう言って坊ちゃまを引っ張っていった。どうせなら私がしっぽりと教える、いや、いっそのこと実え……ゲフンゲフン。




