第四十一話 跪拝
オーマー様はふうっとため息をついた。その仕草だけで少しばかり年かさが増したように見えた。
「そうなるね。多少手荒いことをしてもいいから二人を円満に別れさせる。上手くやってくれてありがとう」
「お役に立てたようで何よりです」
民事トラブル全般に言えることだが、交渉が行き詰まったとき、相手の頭が上がらない相手を巻き込むという手法は結構使える。親や上司など人間には一人くらい口答えできない相手がいるものだ。
ちなみに私は前世で教団にいちゃもんをつけてきたおっさんをこの手法で撃退したことがある。いい年のおっさんがしどろもどろになっているのは痛快だった。
昨日アテシン家に電話した際に依頼され、様々な支援を裏で受けることができた。法律の解釈が間違っていないかを調べたり、それとなく話を終わらせるきっかけを作ってくれた。一夜漬けの知識でこの騒動を鎮められたのはオーマー様のおかげだろう。
実際この手のトラブルではヒートアップしているのは本人だけで周りはどうでもいいからさっさと終わってくれと願っているのは珍しくない。
だからこそ私もかなり思い切った作戦をたてることができた。勝負は戦う前に始まっているのだ。もちろんこの事実を菜月様も黄ノ介様も知らないはずだ。
「では、こちらが約束の報酬だ」
小さなカバンを手渡してくれる。その中身を確認し、十分であることを確信した。
「ありがとうございます」
丁寧に感謝を述べるとオーマー様は再びため息をついた。
「少しばかり愚痴に付き合ってもらっても構わないかな?」
「私でよろしければ」
オーマー様は先ほどまで菜月様がいた窓に向かって歩き出す。爽やかな風と沈んだ表情が対照的だった。
「私は黄ノ介に正しくあれと、弱きを助けろと育ててきた。その教育そのものは間違っていなかったと信じたい。だが……それがああも容易く暴走するとは思わなかった」
「正義感が強いのは事実です」
「気休めにならない言葉だね。それにあの言葉は私にも効いた。法は人に代わって罰を下す、だったか。我々の世代にとってルールは自分たちのものであり、自分たちが優れていると信じて疑っていなかった」
私は自分に嘘をつける人間だ。なので自分の信念とは真逆の言葉を平気でまくし立てられる。ただ、今回の場合それほど演技が必要ではなかった。
嫌いなのだ。自分の正しさを信じて疑っていない奴らが。まあだからこそ……おっと思考を脇道にそらせてはいけない。
「結局二人の婚約を強引に推し進めたのも私の傲慢だったのだろう。マフタの家が荒れているのは知っていたからね。せめて彼女だけは救ってやりたいと思ったのだが……あの二人の相性があれほど悪いとは思わなかった」
……どうやらツンデレは一般化していない概念らしい。結局菜月様が素直だったらこんなにこじれなかったと考えれば一番の原因はあの人だ。それが罪ではないし、責任があるとも言えないけれど。だが、そもそも菜月様があんな性格になったのは別に原因がありそうだ。
「それにエルフと結婚など……うまくいくとは思えん」
「難しいのですか?」
「ああ。エルフは正真正銘の平和主義者だ」
「それは、良いことなのでは?」
「いいや。もう何十年も前の話だが……あるとき奴隷狩りがエルフの集落を襲った。エルフたちは武力を持たない。逃げ遅れたものは捕まるはずだった」
「そうならなかったのですか?」
「……自害したのだよ。老若男女問わず」
「戦うくらいなら死んだ方がマシだと……?」
オーマー様は重く頷いた。平和主義などという生易しい主張ではない。もはや狂気だ。
「我々とは違うのだ。百を超える寿命を持つとか、人間とは子供ができないとか、そんなものはたいした差ではない。まあ、その平和主義のおかげで勇者様に気に入られたようだがね」
エルフに人権があるのはそういうわけか。戦時において平和主義は堕落だが、平和な法治国家においては崇高な理念だ。
「木村珊瑚との婚約は黄ノ介と私の問題だ。むしろ菜月君はこれからどうなるか……」
「できればお力添えいただけると助かりますが……菜月様は御家族と不仲なのですか?」
菜月様の家庭事情はうっすらとしか聴いていないが、どなたかが不貞行為を行ったのではないかと推測している。
「……ああ。母と弟は彼女たちと別居している。籍は入れたままだよ。だけど……」
オーマー様の苦悩が一段と深くなった。今までの憂いの顔だけではない。怒りが踏みにじられるほどの恐怖、だろうか。
「あいつが……菜月君の父だけが悪かったわけではない。奴は……ケレム殿は……いや、私は運がよかっただけだ……」
とぎれとぎれにつながらない言葉が続く。意味がよくわからないが、尋常な事態ではないと察せられた。
「オーマー様や菜月様のお父君、そしてケレム様に一体何があったというのですか?」
「……そうだな。君には話してよかろう。いや、私が聞いて欲しいのかもしれないね……」
「……何でしたら誓約書でも書きますが?」
「必要ない。誰にも話せないし、そもそも私の世代では知っているものも多い」
知られているが言えない秘密。困惑しながらその真実を聞いた。それは確かに驚くべき真相だった。




