第三十二話 学校
私は雫を伴って坊ちゃまや菜月様が通っている学園の前にいた。すでにアポイントメントは取ってある。旦那様の名前を出すとあっさり学園長との面会は受け入れられた。コネは偉大だ。
「お姉さま。私もついてきてよかったのですか?」
「構いませんよ。あなたはしばらく私の傍に居なさい。これは命令です」
男性とすれ違う度に身をすくませていれば次善の策を巡らせなければならない。全く、姉という生き物は楽じゃない。
「……ありがとうございます」
か細い感謝の声は心にしまっておく。その方が心労は少ないだろう。
案内されたのは学園長室だった。当然ながらそこに鎮座していたのはこの学園の学園長だった。
「本日はお越しいただきありがとうございます」
丁寧に挨拶されたのでこちらも丁寧なあいさつで返す。恰幅がよく、人のよさそうな中年男性だった。
「まずアテシン家とマフタ家の婚約騒動について、私共は一切関わりません」
まあそうでしょう。家同士のもめごとなんか教師が一番敬遠しそうな事柄だ。
「不干渉を貫く。ケレム様にもそうお伝えして構いませんか?」
「はい」
慇懃に頷く。裏はなさそうだ。
「では、エルフの里からやってきた留学生、木村珊瑚様がいじめられていたというのは事実ですか?」
「私どもは存じておりません」
「調査などは行ったのですか?」
「いいえ。我々は生徒を信じております。清廉潔白な生徒がそのような蛮行に及ぶはずはありません」
いけない。頭痛がしてきた。
「……仮定の話ですが、いじめが行われていた場合どうなさいますか?」
「生徒同士で話し合わせ、和解するように対話を尽くします」
一切の迷いない回答。それを正しいと信じて疑っていないのだろう。
結論。ダメだこいつ。もうどうにもならない。まあ私としては予想通りかつありがたい。いじめはなかったという言質は取れた。
有益だが馬鹿馬鹿しい会話を終え、次の場所へ向かう。坊ちゃまが上手くセッティングしてくれればいいのだけど。
「お姉さま。あの学園長先生のいうことは正しいのでしょうか」
「あなたはどう思いますか?」
「……正しくないように思います。何がとははっきり言葉にできませんけど……」
「そうですね。まず善人が必ずいじめを行わないという前提が間違っています。いじめとは集団における風邪のようなもの。放置すれば必ず発生します。さらにいじめの加害者と被害者を面と向かって話し合わせるのもよくありません。被害者は萎縮して事実を話せない危険があります」
精神論と希望的観測の合わせ技。平成を飛び越して昭和の感覚だ。もっともここはそれ以前の世界のようだが。ある意味昭和の価値観で生きている頑固おやじには生きやすいかもしれない。
そんなことを考えていると、私たちの前に見知らぬ二人の女生徒が目の前に立ち塞がった。
「いた! あなた達ね⁉ 菜月様を探っているのは!」
「失礼ですがどなたでしょうか」
「菜月様の友人よ!」
「そうですか。私たちは……」
「あんたたちでしょう⁉」
いや、何がですか?
「あんたたちがあの妙な噂を流したんでしょう⁉」
噂? 何の話ですか? 勘違いをされているようだ。
「いえ私たちは……」
「いい加減にして! あの人は誤解されやすいけどいい人なの!」
ダメだ。代わる代わる話すからこちらが言葉を挟む暇がない。
「あの、お嬢様? 人の話を……」
「うるさいわよ!」
かっとなった少女が手のひらで私をひっぱたこうと腕を振りかぶる。
坊ちゃまがいない今こちらが手を出すわけにはいかない。これも必要経費だと覚悟を決める。
しかし痛みはない。それどころかなぜか私をぶとうとした女生徒が地面に転がり、目をぱちくりとさせている。何が起こったのかわかっていない。
少女の手を握っていたのは雫だ。雫が女生徒を……投げた……? 雫は微動だにしない。それが余計に凄みを強めていた。
(柔道? いえ、合気道?)
明らかに異常な早業。天性の才能だけでは説明がつかない。バベルの知識や教養に武術が含まれているとも思えないのだけれど……?
ようやく何が起こったかわかってきた女生徒が表情を怯えのそれにかえる。
「あ、あなた一体何を……」
まずい流れだ。最悪精霊を呼ばれて処刑されかねない。私を守ろうとしてくれたのはありがたいが、余計窮地に陥っている。
だがそこで助け船が現れた。
「そこで何してるの?」
藤太様がぽかんとしてこちらを見ていた。




