第四十八話 似姿
「僕の愛を否定? そんなことできるはずないじゃないか」
「その証明をする前に一つ質問を。私の顔に見覚えはありませんか?」
「? 君と会ったのはこれで二度目だよ」
「もっと前に見覚えはありませんか」
胸に手を当て、なるべくおしとやかに見えるように尋ねる。
勇者様はしばらく思い出そうと努めていたが、やがて諦めた。
「ないよ」
「そうですか。では、こちらをご覧ください」
私が持ってきた袋から荷物を取り出す。菜月様やオーマー様にも尋ねられたが、中身は誰にも教えていない。
それは一枚の絵画だった。
勇者様を始め、ほとんどの人は疑問符を浮かべただけだったが、オーマー様だけは思わず目を剥いていた。
その絵には私が描かれていた。少なくともオーマー様以外はそう思った。
ただし目の色と髪の色は違う。それ以外の顔の輪郭や体つきはまさしく私そのものだった。
「ええと……これは君の似顔絵? こんなものを見せてどうしたいの?」
「勇者様。あなたにはこれが私の絵に見えますか?」
「そうじゃないの? 目と髪の色は違うみたいだけど」
「もう一度聞きます。あなたにはこれが私の絵に見えますか? もっと昔に見た記憶はありませんか?」
「しつこいね。こんな顔の人は君意外に見たことないよ」
勇者様は本日最大の墓穴を掘った。
オーマー様に振り向き、同じ質問をする。
「オーマー様。あなたはこの絵の人物に心あたりはありますか?」
「……あるとも。彼女は君の今の主、竜胆藤太の母親。……かつて勇者に体を捧げることになった女性だ。夫の名前は……思い出せない。精霊で裁かれたからか」
全員の瞳が驚愕に見開かれる。ただ、オーマー様の瞳だけは遠い過去を映していた。
私も同じ思いだ。
これを見つけたのは一年近く前か。
これを見つけたことで私は私の正体を確信した。
藤太様の母親を甦らそうとした彼女の夫、ケレム・ヤルド様は彼女のクローンであるホムンクルスを作った。それが私だ。
しかしクローンというものを誤解していた彼は記憶などを継承しないということを知らず、それゆえ私を失敗作扱いした。
その絵が今ここで勇者様を追い詰める証拠品になるとは、皮肉なのか、それとも因果というべきだろうか。
この絵が私に似ているということはすでに証明されている。何しろ勇者様本人がそう口にしたのだ。しかし坊ちゃまの母親を知る人には彼女であるということがわかるはずなのだ。
それができないのなら、単純に顔を忘れていたということになる。
「さて。ミステラ。質問です。果たして顔をあっさり忘れるような相手を愛していたと定義できるのでしょうか」
『そりゃ確かにおかしいな。愛情があるのなら顔なんて覚えてるもんじゃねえの?』
ぴしりと、亀裂が入った音がした。
それは脳内に存在する密室が砕かれつつある音なのだろう。
日本ならばこんなことはできなかった。ホムンクルスというものがあるがゆえに完全犯罪を打破できてしまったのだ。
「以上が証明になります。あなたは少なくとも一人、自らが同衾した女性を愛していませんでした。好意を持っていなかった以上、勇者様のお力は発揮されていないことになります。さらにこの絵の女性は勇者様が罹患している性病によって死亡していると診断書に記載されています。よって強制性交等致死罪は最低でも一例成立します」
ケレム・ヤルド様の願いとは違う形だが。彼の行動と執念は一つの実を結び、仇へと突き刺さった。
であればやはりこれは、因果応報なのだろう。
国会議事堂の廊下は雪の降る夜中のようにしんと静まり返った。




