第四十二話 診療
雫が離反したものの、私の味方は増えつつある。
それでも圧倒的少数派であるのは変わりない。だからもう少しだけコネを使って勝ち筋を探さなければならない。
今度会うことにしたのは獅子ヶ浦の水銀中毒症状事件で縁があるカムラ様と初雪様だった。
二人も私が連絡するとすぐに例の獅子ヶ浦病院(再建中)で話したいことがあるとのことだった。
獅子ヶ浦病院はほとんど廃墟同然になり、信用も失墜してしまったためにもはや取り壊しは免れないと思っていたのだが、意外にも病院そのものの存続を希望する声は大きかった。
ただ声をあげるだけでなく、寄付金もそれなりに集まったというのだから、歴史に基づく獅子ヶ浦病院の信頼は想像以上だったということだろう。
ただ、獅子ヶ浦病院の医師のほとんどは逮捕されたため、他所から看護師や医師の補充を行い、建物の清掃、補修を行った結果、病院の形だけは取り戻すことができた。
そしてその一室。過去の反省からなのか、それとも引け目でも感じているのか、病院側は初雪様やカムラ様が病院を訪れると質素ながらももてなしをしてくれるようになった。
それをいいことに密談にはもってこいの貴賓室を借りた二人の神経もなかなか図太い。
杖を突きながらも以前よりは自由を取り戻したように見えるカムラ様はどっしりと椅子に座り、それに対して初雪様はリラックスしながらちょこんと座っていた。
挨拶を済ませてすぐ、私が勇者に反旗を翻す準備をしていると言うとすぐに二人は顔を見合わせてにやりと笑った。
「あんたならそうすると思ってたよ」
「うんうん。それでこそ私たちの法律家さんだもの」
二人とも親しみと明るさの籠った声音だった。……馴れ馴れしいと言えなくもないが、不快感はない。
「そうであれば説得する必要はありませんが、参考までに私に賛同する理由を聞かせていただけませんか?」
「だって、私の誹謗中傷の裏で手を引いていたのがエルフなんでしょう? それで、そのエルフを重用していたのが勇者様なのよね? じゃあ、勇者様を認めるわけにはいかないわ」
あまり子供に聞かせるような話でもないので、初雪様には裏の事情を説明していないので誰かがそのあたりを教えたはずだ。
ちらりとカムラ様を見つめると目を逸らしていた。
どうやら孫におもちゃを買い与える祖父のようにぺらぺらとしゃべってしまったらしい。説明の手間が省けたと思えばいいか。
「カムラ様も同意見ですか?」
「そうだな。付け加えんなら勇者の目が気に入らねえ」
「目?」
「ああ。あいつら、エルフやここにいた医者と同じ目をしてやがる。俺たちのことを人間だと思ってねえのさ」
私としては曖昧過ぎて嫌いな判断基準だったが、こういう衝動的な判断のほうが他人の理解を得やすいのも事実だった。
「では、失礼ながら遠慮なく頼らせていただきます。カムラ様は異種族のまとめ役を頼みたいと思っています」
「そう来るだろうと思ってミノタウロスの奴にもいろいろ聞いているぜ。やっぱり勇者は信用できねえってやつが多い」
「助かります。愚痴を聞いてもらうだけでも不満というのは収まっていくものですから、そのままの調子でお願いします。初雪様は携帯テレビの意見を監視してもらえますか?」
「うん。ちょっと意見誘導とかしたりもしようか?」
「できるのならありがたいですが、今はいいでしょう。藪をつついて蛇を出すマネはしたくありません」
報道機関を使って民意を誘導するのは古今東西で行われてきたことだが、転生者である勇者様もそういう手段をとってきてもおかしくない。
そうなるとまた初雪様に危害が加えられる恐れもある。それは避けたかった。
「ああ、それとよお。どうも新しく赴任してきた医者が見つけたもんがあるんだが……見てもらえるか?」
カムラ様はそう言って机のわきに置かれていた袋から紙束を取り出した。
「これは診断書ですか? 誰の……」
ぱらぱらと紙束をめくり、自分でも顔色が変わっていくのが分かる。
「これは……本当に事実ですか?」
「ん、いや、俺も詳しく内容を聞いてねえんだが……そんなにやばいもんなのか?」
やばいなどと言う生ぬるいものではない。
こんなものが現存していること自体がおかしい。真っ先に処分されてしかるべきカルテだ。
(誰かが意図的に残した? 誰が? 何故?)
疑問は尽きない。
だが一方で今まで足りなかったピースが埋まる感覚があった。
ただしもう時間はあまりない。
すでに内閣不信任案は可決されている。勇者様には国会議員は傀儡に過ぎないのだろう。
総理大臣を決める、総選挙が始まる。
それまでに勝負を決めなければならない。




