第三十六話 倉庫
「さて。それではなんでも構いません。勇者様について知っていることを教えてもらえますか?」
「はっきり言うけど俺は何も知らない。でも、もしかしたらここに何かヒントがあるかもしれない」
「この書庫に? ここは法律家の本拠地ですよ? 勇者様が真っ先に調べているはずでしょう?」
あの無法ぶりなら自分に都合の悪い資料ぐらい処分するように命令するだろう。
「ラルサ王国の資料はそうだろうな」
「共和国時代なら別ということですか?」
新谷様は首肯した。
このラルサという国は二つの時代に分けられる。勇者以前のラルサ共和国。
もう一つは勇者が現れ、日本の法律が採用されたラルサ王国。
勇者のことを知りたいならどちらかというと昔の資料を調べるべきだ。
だが疑問もある。
「なぜそんな資料が残っていたのですか?」
「簡単だよ。読めないからだ。捨てるのにも許可がいるみたいだしな」
腑に落ちる答えだった。この手のお役所仕事だといちいち手続きが面倒で、しかも内容をきちんと調べなければいけないらしい。
厄介なのはラルサ共和国時代の資料は原則として日本語で書かれていない。だが、私たちは自動的に日本語を習得する魔法、バベルの影響で日本語以外を話したり書いたりできない。
新谷様も数字くらいなら何とか読めたようだが、そもそも書庫に保管される資料なので内容も多彩で難しい。
現在のラルサに当時の言語を読める人はほとんど存在しないだろう。
しかし新谷様に案内され、本の山を調べているうちに気づいた。
「……どうも、当時のラルサだけでなくかつての帝国公用語の資料もありますね」
ざっと見ると以前調べていた帝国語らしき文字も見えた。
「帝国を滅ぼしたときに接収したのか?」
「それもありますが、単純に帝国語がよく使われていたからでしょう」
「使われていた……?」
今一つピンと来ていないようだ。
そういえば新谷様の年齢を忘れていた。彼は日本語しか言語を知らない時代の人間だった。
「かつて世界では複数の言語が入り乱れていたのです。ラルサでも帝国語を話す人は多く、そういう方々に向けて帝国語の資料なども作成していたのです」
「ふうん。よく知ってるな。シュトートでも呼んで読もうか?」
知恵と風の精霊シュトートは言葉の意味を教えてくれる能力がある。が、この状況ではあまり意味がない。
「やめておいたほうが賢明です。言葉の意味を教えてもらっても結局文全体を書き記すのは自分ですからね」
シュトートはいちいち文字の意味を解説してくれるので、便利と言えば便利なのだが口語で読み上げるうえに単語の意味しか説明してくれない。
文全体のまとまりがないので結局翻訳するには辞書を使ったほうが早い。
前に帝国の資料を検証した時シュトートを使わなかったのはそれが理由だ。
「時間が惜しいので知り合いに頼みましょう」
新谷様と知り合って少し後に事件に巻き込まれた時に出会った元帝国人のドワーフたちだ。彼らは勇者と因縁があるため、敵に回ることはあるまい。異京にいるため連絡もすぐにとれる。
かつて帝国語を残そうと無駄な努力を続けていた彼らに帝国語を読ませる機会を与えることになるとは人生は何が起こるかわからない。
「あとはこの資料を借りられるかどうかですが……」
「いけるぞ。屁理屈をごねてここの管理権をもぎとっておいた」
にやりと笑う新谷様からは確かな法律家としての素質を感じた。いつだって屁理屈は法律家最大の武器だ。
「手際が良くて助かります。資料の翻訳はお任せしてよろしいですか?」
「いいよ。お前はこれからどうするんだ?」
「まだ調べるべき場所がありますね。せめて今日中にそこに行かないと間に合いません」
「どこ?」
「ペットカフェです」
こんな時に遊ぶのか。そう言いたげな視線が私に突き刺さった。




