第三十四話 意外
教祖様と一応協力関係を結び、次に向かったのは拘置所だ。法律家でなければ入るのが難しいので、雫とは別行動をとっている。
現在収容されているエルフから何か情報を聞き出せないかと思ってのことだったが、思わぬ妨害が入った。
長身の法律家、アタ・メロウ様である。
「現在、エルフはすべて面会謝絶となっています」
「親族からの要請を受けて私はここにいます。例え接見禁止でも面会が可能なはずです」
格式張った、ある意味では法律家らしく淡々と会話する。
「それは相手が人間であればの話です。エルフは現在人間ではなく、弁護士を呼ぶ権利すらありません」
つらつらとよどみなく、まるで準備してきたかのような台詞をしゃべり、心を押し隠しているようだった。
それを容易に推測できるあたり、メロウ様はまだまだ駆け出し法律家を卒業できそうにない。
「その割には拘置所に拘禁しているようですね。動物ならば保健所に入れておくべきでは?」
「……エドワード先生からの指示です」
でしょうね。
エルフは今人権がないのだが、万事うまくいけば人権が復活するはず。そうなれば手厚くもてなしていないと後々訴えられる危険がある。
抜かりなく手を打っているあたり流石だ。
しいてエドワード様の計算外を述べるなら明確にメロウ様が岩のように固い顔をしていることだろうか。
「メロウ様。あなたはそれでよろしいのですか? 勇者様とエドワード様は社会正義の実現を目指していると?」
「……勇者様のお言葉に間違いがあるはずありません」
「そうですか」
失望したような視線を送る。半分演技だが、半分本気だ。
それに耐えかねたのか、それとももともとそうするつもりだったのかどうかはわからないが、ぽそりと呟いた。
「二階の書庫に行け。多分、彼はまだそこにいるはずだ」
彼。
それが誰なのかは見当がつかなかったものの、会わない理由はなかった。
拘置所内ですれ違う人々の視線は何とも形容しがたい。
敵対するように睨みつけてくる人もいれば、申し訳なさそうな表情をする人もいる。
共通するのは私を見るとそそくさと退散するということ。私が勇者様と敵対しようとしているということをエドワード様なら予想しているだろうし、手駒にそれを伝えていないわけもない。
一方で私に協力するほどの義理も義務もないのだろう。
性根とか気骨の問題ではない。
公務員というのは上司の命令には逆らわない生き物なのだ。だからこそメロウ様が合わせたい人が誰なのかわからない。
私に法律家同士の知り合いはそれほど多くない。もともとフリーで活動しているし、ホムンクルスというだけで舐められがちなので多くの法律家は私に対して非協力的だ。
こんな状況ならなおさら私に協力してくれる人がいるとも思えないのだが。
書庫の前に立つ。
鍵がかかっている様子はないので、特に声をかける必要もないだろう。
一気に扉をあけ放つ。
文書の倉庫らしい埃っぽい空気が鼻を突く。
そして一人の少年が振り向き、私の目をまっすぐ見据えた。かなり若い。十才ぐらいだろうか。
しかしその胸に法律家バッジが輝いていることから法律家なのだろう。ふと、エドワード様が最年少で法律家に合格した少年がいると言っていたことを思い出した。
多分彼がそうなのだろう。
だが、私の記憶に何か引っかかりを覚えた、
もっと古い記憶。数日前ではなく、数か月ほど前のこと。どこか記憶の片隅に何かがある。
いやそもそも。
私は彼を見たことがある。その証拠に彼は私を親の仇のように睨みつけてくる。
その視線でようやく思い出した。
「ああ。あなたでしたか。新谷明日斗様」




