第二十五話 特産
食事は豪華ではなかったが、素朴で味わい深かった。レンズ豆のスープに野菜とヨーグルトを和えたサラダ。そしてやっぱりチーズとパン。肉類はどちらかと言うと村の外で販売されるらしく、食卓には上がらなかったが気にはならないほどボリュームがあった。
そしてデザートがカユス、つまりアンズ、それのドライフルーツにクルミを挟み、バターや甘味と一緒に加熱したお菓子。
ドライフルーツやナッツなどの種実類もこの国ではよく食べられるらしい。噛み応えのあるカユスとクルミのサクサクとした食感が楽しく、優しい甘さのデザートだった。
「これは村で採れた蜂蜜を使っているのよ」
「なるほど。道理で滋味に富んでいるわけです。後でレシピを教えてもらっても?」
「ええ。いいわよ」
「もしかしてお父さんや雫にも作ってあげるの?」
「そうですね。二人とも喜ぶでしょう」
(あっぶな! 自分で食べることしか考えてませんでした!)
内心を悟られぬように笑顔を浮かべながら話題を転換。
「この村の蜂蜜は何から採取された蜂蜜ですか?」
「大王の樹よ。ここの特産品なの」
そんな樹あったっけ? この世界の樹木ですかね? 困惑が伝わったのか奥様は言い直した。
「ユリノキよ。背の高い樹があったでしょう?」
ああ。甘い香りの樹がありましたね。
「何故、大王の樹と呼ばれているんですか?」
「昔、大帝国を建設した大王が海の向こうから持ち帰ったらしいよ。征服欲の強い人でね。『東には何もなかった。だから今度は西に行こう』なんて言ったらしいよ」
……はっはっは。一体何サンドロス大王なんだ。全く心あたりがありませんね。
海の向こう。確かユリノキの原産地はアメリカでしたっけ。ここが地球における中近東なら大西洋とよく似た海を超えたのだろうか。地球と同じような地理ならば、だが。
「そういえばチューリップやユリもあるんですか?」
ユリノキはチューリップに似た花をつける樹だ。そして百合とユリノキは全く関係がない植物だ。だからなぜユリノキと呼ばれるようになったのか知りたかったのだが……。
「百合? チューリップ? 何だいそれは?」
もしかしてこの世界にはどっちも存在しない? あれ? それなら知識の持ち込み禁止は? いや、この世界のどこかには百合やチューリップが存在するのかもしれない。だから知識制限には引っかからなかったのかな?
(チューリップをあしらった装飾を見ましたが……あれはユリノキだったのかもしれませんね)
地球と同じ植物や動物がある保証なんかどこにもないか。
「以前植物の図鑑か何かで見かけた気がしたのですが、私の記憶違いだったのかもしれません」
少々無理のある言い訳だったけれど、特に疑われはしなかった。
腹も膨れたところで本題であるここに販売したホムンクルスの様子を見に行くことにした。
結果からみれば期待外れもいいところだった。ホムンクルスたちは家畜として満足しており、だからこそ私の手下にするのは難しい。こっそり手ごまを増やしたかったのだが……あの夫婦はうまく手なずけていた。
収穫がないまま戻るしかなかった。
「あ、小百合。おかえり。どうだった?」
サヒン様宅に戻り、私たちにあてがわれた部屋、かつては子供部屋だったらしいそこでは藤太様が少し早めの就寝の準備をしていた。
「ホムンクルスたちは問題が無いようでした」
あれを味方にする価値は感じない。雫をきっちり手懐けたほうがよっぽどましだ。
あの子は今頃何をしているでしょうかね。旦那さまやアイシェさんとうまくやれているといいのですが。あの子の出来が悪いとアイシェさんが長居するかもしれない。それは避けたい。今のところ要領よくやれているはずだ。
そんなことを考えていると、藤太様が神妙な顔をしていた。
「ねえ小百合。本当にあのホムンクルスたちはここにいた方がいいと思っている?」
「ええ。そう思っていますよ。何か問題でも?」
「僕は家族が一緒に居るべきだと教わったんだ。だから、ここにいる人たちはみんな僕たちの家で引き取るべきじゃないかと思っているんだけど……」
どうも坊ちゃまは家族という言葉に敏感で、同時に飢えている。
「坊ちゃま。ここのホムンクルスたちは皆、幸せです。家族の在り方は多様です。一緒に暮らすだけが家族ではありません。大事なのは心が通じ合い、幸せを享受することですよ」
我ながら嘘くさい言葉がよくもこんなに口から飛び出るのだと感心した。正直、あいつらを引き取るのは現実的でないし、不利益しかない。
「そっか。うん。そうだよね」
「先ほど教わった、と言いましたがどなたから?」
「お母さんから。でも、直接教わったんじゃなくて、むかしお父さんがくれた手紙の中に書いてあったんだ。人にも、そうでなくてもやさしくしなさいって。家族は仲良くしなさいって」
「素晴らしいお母さまだったのですね」
「うん。僕が小さいころに亡くなってしまったみたいだけど、優しくて、いい人だったんだ」
母親のことを直接聞くのは初めてだ。しかし、これはもしや……いや、まだ憶測でしかないですね。
それにしても、引き取るだの家族だの……どうにもこういう言葉と私は縁がある。もっともいいイメージは抱いていないけれど。
その後も特にトラブルはなく、早めに床に就いた。
私は前世においてある家族に養子として引き取られた。
優しくされたのだが、あの場所に家族はいなかった。というのもあの二人は仮面夫婦だった。
義父母は同性愛者だった。それを自分たちの家族にも隠しており、どんな縁かはわからないが知り合った二人は、親族を誤魔化すために結婚したらしい。私を引き取ったのも世間体を気にしたためだ。
ちなみに養子を私に決めた理由は男にも女にも化けられそうだったからだそうだ。マジか。容姿で選ぶなとは言わないけれど、せめてもうちょっとましな理由であって欲しかった。
ただ、私の性的指向はあの二人の影響を大いに受けている。もともとそういう素養があったのかもしれないけれど、男女ともに愛情の対象であり、男装にも女装にも抵抗がない。
もしかすると義父母は自分たちの個性を同時に受け入れてくれる誰かを探していたのかもしれない。
でもやはり私たちは家族ではなかったのだろう。二人は私を何とか自分の子供として扱おうとしていたようだけど、どうもあの二人は子供が好きではなかったらしい。結局私たち三人はお互いに信頼できる友人、というような関係に落ち着いた。
あの人たちのことは嫌いじゃない。少なくとも私を受け入れる努力はしてくれた。お金も結構あった。私にとって自由に扱えるお金、すなわち小遣いがあるというのはかなり衝撃だった。
悪くない生活がしばらく続いたけれど、終わるときは一瞬で終わってしまうのだ。
世の中は無慈悲だ。




